2019年4月16日 (火)

(669) 親同士の係わり

発達障害児を育てていると、療育施設や学校の保護者会等で、他の親と出会うことがあります。

 

我が子に障害があるという同じ境遇・立場の人との出会いは、確かに力強いものです。心情を理解し合える数少ない仲間と出会えたことは、孤独感に打ちひしがれそうになっていた人にとっては、一筋の光明のように感じられることでしょう。

 

そういう人たちが寄り集まってランチ会をしたり、お茶を飲んだりするようになることもあります。それは、息抜きであるとともに、情報交換や愚痴吐きの場ともなります。

 

多くは、「まあお互いに大変だけど頑張ろう」という程度で終わります。それでも、リフレッシュできるし、仲間がいるという安心感は代えがたいものです。

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2019年4月 7日 (日)

(668) 座して死を待つよりは、出でて活路を見出さん

ここのところ、発達障害に関わる治る・治らない論争が復活しています。

本件についての当方のスタンスは基本的に

現状において、治ると医学的・科学的に確かめられた方法が無い以上、治らない

です。

未来永劫とまでは言いません。逆にロヴァースによる早期集中介入という有意に治ったエビデンスもあるとは思いますが、それはそれで費用と労力が莫大で一般的ではないと考えています。

 

発達障害の診断は、まだ子供が小さい時に行われることが多く、幼いわが子を見て「まだ生まれて数年ではないか。これから何かをやれば、挽回できるはず」との思いを持つのは自然です。そのことを否定するつもりはありません。

 

タイトルの「座して死を待つよりは、出でて活路を見出さん」は、諸葛孔明の言葉と聞いています。国力で劣勢な蜀は、今のままでは更に国力の差がついて、強大な魏に滅ぼされてしまう。そうなる前に、魏を伐とう、と考えました。これはこれで一つの考え方だと思います。

 

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2019年2月11日 (月)

(664) 逃避願望

 「××でガンが消えた」。

新聞のサンヤツ(新聞広告面の大きさの一つで、紙面の下三段を横に八等分したもの)には、書籍の新刊広告などが載っています。そこはまさに玉石混交で、冒頭のようなものも、チラホラと見ることがあります。

昨今の「〇〇で障害が治る」という表現についても、私は同様の印象を受けます。なぜなら、これらに共通するのは、しかるべき学会に論文を発表し、査読を受けていないと思われるからです。

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2016年9月 3日 (土)

(568) 親の側の長期展望

障害児育児において、親がその主体であることは間違いないものの、目的から見るとあくまでも脇役となります。

何を言っているのかというと、子どもの育ちがメインであって、親そのものには注目されていないということです。

だから、ついつい療育に熱心になるあまり燃え尽きてしまう、或いは健康を害してしまうということも起こります。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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