2017年6月 4日 (日)

(603) 運動会終了

先週末は息子の体育祭、この週末は娘の運動会でした。

先週に引き続き、今週も良く晴れてくれました。それは良いことだとは認識しつつ、おとなになると日に当たることによって、体力の消耗が激しく感じられることを、更に確信しました。

運動会において、娘の場合は特に困ったということもないので安心して見ていられるものの、健常者世界での面倒臭さというのがあります。

具体的に言うと、クラスの中で赤と白が混在していることによる、どっちが勝った負けたといった面倒くさくかつ子どもならではの争いが発生する、ということです。

この点は、むしろ中学校の方が楽だと思います。中学校では、紅白ではなく基本的にクラス対抗となります。よって、クラス内で勝者敗者が出るということはありませんので…でも、それはそれで負けた原因の犯人捜しみたいなことは起こるかも知れませんが…。

以前、娘が属した側が勝ったことをクラスでちょっと喜んでいたら、それを聞きとがめた負けた側の子と言い合いになったそうで、それ以来、娘はその手の話にナーバスになっています。

でも、やはり勝ちたいのは人情。この屈折した感情の表出が、親としては面倒臭いのです。

さて、娘は徒競走で2位に入り、得点には貢献したものの、、結果を言えば所属する側は惜敗することとなりました。ただ、本当に僅差で、もし娘が1位を獲得していたら、かなりの確率で結果がひっくり返っていただろうと思います。それくらいの差でした。

今までは、自分の所属した側が負けると、かなり落ち込んで家で涙を流したりしてしまっていたのですが、今年は割と淡々とそれを受け止めていました。もちろん、このようなことは大人にとっては大したことではないのも重々承知しておりますが、子ども社会ではそれなりにインパクトのあるできごとであると感じており、その中で娘が成長を見せてくれたことを寿ぎたいと思います。

この週末に運動会をご覧になったご父兄の皆さま、お疲れ様でした。

2017年5月14日 (日)

(600) 娘の自我?

今朝、GW明けの5日連続出勤という、とても過酷な状況を無事に乗り切った達成感を味わっていたsmileところ、妻がこんなことを言ってきました。

「この前娘ちゃんがね、『私、発達障害なのかな』って聞いてきたのよ」。

いきなりそんなことを言われて私もびっくりしましたが、冷静に考えるとこのフレーズには、いろいろな論点が含まれています。

それは、以下の3点だと思います。

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2017年2月 5日 (日)

(590) 女子力の低さ

我が家には、健常の娘がいます。

しかしながら、小学校でも学年が上がってくるに従って、健常ではあるのだけど、ちょっと…と感じられることが散見されるようになってきました。

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2016年6月 5日 (日)

(556) 娘の塾通い

昨年度までの娘の学校のテストの状態を見る限り、この子は中学受験させてみても良いかと思い、塾に通わせ始めて2カ月…かなり厳しい状態です。

そもそも、親である私と妻が地方出身で高校まで公立でやってきていた、それが普通だと思っていたということが一つのネックになっています。中学受験というものへの感覚が、親の側でまだよく身に付いていないため、適切な導きができないということです。

そして、受験勉強と学校の勉強は基本的にリンクしていないことがわかりました。いきなりやったことがないようなものを次々に教えられても、中々消化できないということかと思います。

更に、どちらかというと幼い感じの娘ですので、今やっているものが例えわけがわからなくても、頑張った先により良い環境を得られる可能性が高まる、ということを想像・実感できておらず、そのためにモチベーションが上がってこないということもあるかと思います。

結局、健常域にいても精神発達の早い遅いは当然あって、精神発達の早さも受験の重要なファクターになるんだな、ということが分かってきました。

また、算数の問題は意外と空間認知能力を要求するものが多いと感じています。これは、今までの学校生活であまり問われてこなかった部分だと思っており、もしかしたら弱点になるのかな、とも感じています。

地頭の良さと精神発達の両方がそろわないと、受験しても期待した成果が得られないかも知れない…ではどうするか、をこれから考えていきたいと思います。

2016年5月29日 (日)

(555) 娘の運動会

この週末は、娘の運動会でした。

今年度から息子が中学に進学したため、息子と小学生の娘の運動会は、場所はもちろん日程も異なっています。同じ校区内の小中学校だから、当たり前と言えば当たり前ですけど…(もし、同じ日にやったら、うちみたいな家からは苦情が出るでしょうし、来賓の取り合いにもなりますし…)。

息子は「母校」の行事になど全く興味が無いwobblyため家に残し、妻と二人で見に出掛けることとなりました。ほぼ全くと言って良いほど不安を感じることもなく(せいぜい、転んだりしなければいいな、くらいです)、のんびりと運動会を見ることができました。こういうのは、初めてと言っても良い経験です。

娘は、踊りも上手にやっていましたし、走る方もまずまずでした。とにかく「崩れる恐れ」や「奇矯なふるまい」が無いので、安心できます。

余裕があるから目に入ったのかも知れませんが、中学生もチラホラ見に来ていることに気が付きました。そういうのを見ると、「友達との懐かしい思い出の場所」「旧友と会えるかもしれないという期待」とはほど遠い息子と比較して、やっぱり違うなあと感じます。

なお、運動会は最後の最後に娘の組が逆転負けを喫してしまいました。そのことがショックだったようで、娘は帰宅してもグッタリしていました。こればかりはねえ…と思う一方で、「『勝ち負けにこだわる』ってもしかして特性?」と不安をかすめる一幕もありまして…coldsweats01。まあ、多少はあってもしょうがないのでしょうけどね。

それでも、お兄ちゃんのいない環境で両親と時を共有できたことは、本人にとっても良い経験となったのだろうと思っています。

その前提として、息子が一人で家で留守番できるようになった、というのも大きいのですけどね。

2015年11月 8日 (日)

(532) 娘の女子力

娘も小3になって半年。

登校について、小2の後半くらいから若干嫌がるそぶりを見せてはいましたが、ここのところは毎朝、あれこれ理由を作って登校したがらない姿勢を見せます。もちろん、親も簡単に折れてはいけないと思っており、こちらもあれこれ策を弄しつつcoldsweats01今までのところ不登校に至らせることにはなっておりません。

この対応は息子への対応と一貫させています。逆に、もしそうしていなければ「お兄ちゃんは許されていたのに、どうして私は?」という問いにつながったでしょうから、それは正しかったと自負しています。

ただ、娘の様子を見ている限り、女子力は高くないと感じます。女子力を私なりにレッテル貼りをするならば、「寄り添う(ふりができる)力と華麗にスルーする力」だと思っていますが、違いますかね? これは、それほどハズしてはいないと思うのですけれど、娘はやはりそういう力が弱いように思います。

もし、女子力偏差値があるとしたら、50以下であろうことは確実で、もしかしたら40ギリギリくらいかも知れません。

やはり兄妹である以上、診断が下りるほどではないものの人付き合いに関わる遺伝的要因はある程度似通ってきていることが想像され、それがために学校の中で段々やりにくさを感じるようになっているのではないか、と憶測しています。従って、登校渋りが発生するのもやむを得ないのかな、と感じます。

人の話を聞いて共感し「うん、そうそう! わかるわかる!」と本心でなくても言える力、危なそうなものを瞬時に読み取って近寄らない力は、女子の中でもばらつきがあるでしょう。そういう力が弱い子は他にもいるので、当面はそういう子と仲良くするように促していますが、これも対処療法的だな、と感じてはいます。

それでも、先日友達を家に呼んで仲良く遊ぶことはできています。そういう機会を増やしながら、少しずつでも「女子力」が上がっていくことを期待しています(でも、これはオトーチャンには教えられないことなのですよね…)。

2015年6月 6日 (土)

(511) 娘の運動会

前回、運動会に関わり息子を中心に記載しました。今回は、娘(妹)を見ていて気付いたことを書いてみます。

娘は、生まれてこの方、特段問題となるor解決・対応が必要になるような課題はありませんでした。幼稚園時代も、先生からは「全く手がかからないお子さんで…」「何でもよくできていますよ」と言われていました。

けれども、今回の小学校の運動会にあたっては、課題がいくつか見つかってきました。

まず、これまで体を動かすことは全く問題がない…どころかむしろ得意なことだと思っていました。けれども、今回の運動会を前に、練習で「疲れた~」を連発し、ともすれば休みたがる娘の様子から、「あれ、今までと違うな…」と感じたことから、恐る恐る学校での様子をお伺いした担任の先生からは「運動会で学年全体演技となる踊りなのですが、あまり上手じゃないようなので、いろいろと指導をしています」とのお話を頂き、こちらとしてはまさに青天の霹靂でした。娘については、大丈夫だろうと思っていたので、これにはかなり驚きました。

今まで娘についてそういう話を聞いたことが無かったので、その点ではやむを得ないことではある一方で、うっすら「この子、人の話をちゃんと聞いていないな…」「ここで、そういう受け止めをする?」と思うことがチラホラあって、(505)で書いたようにこの子も発達障害系の要素を持っていると思って接した方が良いな、との思いを強くしていたところではあり、松坂選手とは異なり「懸念が確信に変わった」という心境になりつつあります。

ちなみに、娘本人に「踊り、苦手なの?」と聞いたら「うん、どう動いたらよいかがわからなくて…」というご返事。更に「今まではそんなこと無かったよね~」と問うたところ「何かできなくなっちゃった」という答えが返ってきました。

そういう不安がある中で、前回書いた息子の振る舞いが更に不安に拍車をかけることとなった運動会本番では、結局踊りでそんなに周囲から逸脱するようなことはありませんでした。少なくとも、そういう情報を何も知らずに見れば、そう気にならないレベルではありました。一方で徒競走は昔だったら圧勝一位だったのに、結局二位になってしまいました。明らかに、運動面での優位性が下がってきています。

まあ、そうは言ってもまだ相対的には上位な方ですし、運動会自体も幸い兄(息子)と同じ赤組で、今年は赤が勝ったことからヤレヤレと思っていたところ、そこで更に一波乱がありましたbearing もう一つの課題であり、こちらの方が厄介だと感じています。

娘は、運動会後に泣きながら帰ってきました。「もうヤダー」と言いながら。勝ったのにどうして泣いているのだろう? と思うのは当然で、何があったのかを聞くと「私が悪口を言っていないのに、○○さんに「お前が悪口を言った」と責められた」というのです(○○さんは、男の子です)。

本人の言うことだけに乗っかるわけにもいかず、妻が担任の先生に確認したところ、

・教室で、娘が「赤組が勝った」を何度も言っていた。

・それを聞いた○○さん(白組)が、腹を立てて「悪口を言うな」と怒った。

という事情が明らかになりました。

これって親としては微妙、もっと引いて考えればどっちもどっちだな、と思います。もちろん、悪口を言っていたという○○さんの受け止め方は、やはり間違っていると言わざるを得ません。でも、敗者の前で「勝った勝った」とはしゃいで何度も言いたてるのは、当然慎むべきことです。しかも、3年生ですからね、そろそろそういう配慮ができないと、と思うのです。

娘は、これからさらにややこしい女の子社会で生きていかなければなりません。息子はある意味峠を越えた感がある中で、社会性の観点で足りない部分の垣間見える娘は、この先どうなるのだろう…?といにしえのゲームのテトリスミュージックが頭の中で鳴り響いています。

2015年5月10日 (日)

(507) 学校に行きたくない人が…

息子の登校渋りについては、以前にも書きました。

最近、妹も若干その気配が漂ってきて、鬱になっていますbearing 我が家で学校に行きたくない人が、増殖していますwobbly

妹は、具体的に学校に「行くのがイヤだ」と言い出してきているわけではありません。でも、朝起床すると頭、足、お腹、背中等々体のアチコチが痛いと言い出して、学校に「行けない」という言い方をしており、広義の登校渋り、或いは登校渋りの前段だな、と判断してます。これに対し、親としてどう対応すべきなのか思案投げ首です。

ただ、様子を見ているとどうも本当に痛いらしいので、無下に仮病だと否定するわけにもいかず、そうは言っても学校には行ってもらいたいと思っており、なだめすかして学校に行かせている、というのが実態です。

この点、まだ兄妹ともに、不登校には至っておらず、まだ余裕があると言えばありますけれど…。女の子の場合、周りのお友達も含めてそろそろ女の子らしさが出てくるお年頃でもあり、その中で「うまくやる」ことには、それなりの精神的な苦労があるのだろうと推察しています。

学校は集団生活の第一歩、とはよく言われます。でも、学校ほどの規律が本当に社会に出て必要なのかは大いに疑問です。

実際、自分が会社に入って感じることは、マイペースな人って結構同僚にもいて、「集団生活の和を大切に、集団行動を乱さないように」という学校時代の指導が、どの程度浸透しているのかについては、甚だ心もとないように感じます。また、マイペースな同僚が、もちろん会社の主導的地位にいることは少ないものの、そうかと言って会社の業務遂行の妨げになっているかと問われれば、決定的にそうなっていることもないわけで、一般的に言われているほど重要度って高くないのではなかろうか、と感じています。

集団の中でうまく振る舞うことも、本来は「できないよりはできた方が良い」という程度のもののはず。でも、気が付いたら「できなければダメだ」に置き換わってしまっています。本来個性を伸ばすべきなのに、個を殺して集団に合わせることのみに専心するようになってしまったら、本末転倒ですよね。もっとも、実際そこまで極端に行ってしまうことも少ないのでしょうけれど。

集団の中で、どこまでなら許容できるのか、どこからが行き過ぎなのか、を改めて社会が考えるべき時なのではないかと思います。また、一人で過ごすことも大切だと教える必要もあるでしょう。少なくとも、その呪縛で大学生になっても「ボッチが怖い」から便所飯、を選択してしまう風潮は、やはりおかしいですし。

2015年4月25日 (土)

(505) 娘ももしかして

一応、健常だと思っている娘ですが、それでもやはり「?」となる言動はあります。

例えば、何度言っても「お兄ちゃんいじり」が止まりません。ケンカになるのはイヤだと言っている割には、わざわざ挑発的なことを毎日のように息子に言って、ケンカが始まって親が割って入るまでケンカが終わらない、という事態が継続しています。ツボに入ってしまうと言うか、もうやめよう、という反省の気持ちを持続できず、頭から抜けてしまうのですね。

また、普通なら物事の本質ではないと考えられることを、本質だと考えられることよりも優先してしまうことがあります。例えば、プリントをやる時に、きれいに、早く、正確にできれば一番良いのですけれど、それが困難な場合、どれを犠牲にしますか(或いは、どれを最優先だと考えますか)。

私であれば、「正確に」を一番に考えます。次に「早く」、最後に「きれいに」が来ると思うのですが、娘は「きれいに」を最優先させてしまいます。だから、できるのにやたらと丁寧に字を書くことに集中してしまう結果、時間内には終えられない、という事態に陥ってしまいます。

更に、言葉をその通りに受け取ってしまう傾向もあります。漢字の書き取りテストで間違えた文字は、家で練習することになっています。ここで、娘は上の段落に記載した「きれいに」へのこだわりが仇となって、時間内に終えられず手つかずのままになってしまう文字があります。これはまあしょうがないとしても、家で間違えた文字の練習をするという約束事を全くその通りに受け止めて、手つかずの文字は何もやろうとしません。理由を尋ねると「間違えたわけではないから」…orz

そもそも、書き取りは、字が書けるようになるために実施するものであり、間違えた文字の練習も当然字が書けるようになるために取り組むべきものです。であるならば、手つかずの文字も書けるように練習する、或いはせめて一度は書いてみて、できるかどうかを確かめるべきだと考えるのが、健常者多数一般社会の常識だと考えており、娘の「え、そうなの? 知らなかった!」という驚きに、私も驚いております。

娘ももしかして…と、スペクトラム、連続体という言葉の深さを改めて感じています。

2015年1月31日 (土)

(493) 友達を連れて来る

昨今では、お互いのプライバシーへの配慮からか、昔ほど子ども同士がお互いの家に遊びにいくことも少なくなっている印象を受けます。

大人になってから知ったこととしてはcoldsweats01、誰かを家に呼ぶ際にはそれなりに部屋を片付ける必要があったり、お茶やお菓子を用意したりするのがマナーであり、そういう準備にはそれなりに手間がかかる、という事情もありますしね。

なお、私の幼少期にはそういうことをやった記憶が無いのですけれど、遊びにくる子が何か一品お菓子を持ってくることも多くあります。そうやって、お互いに負担をかけないように配慮する、悪く言えば貸し借りを作らないように気を付ける、風潮になってきていることを感じます。

前置きが長くなりました。我が家の場合、息子と妹が、たまにそれぞれの友人を家に呼ぶことがあります。

娘に対しては、特段このようなことを考えはしないのですけど、息子の方は障害特性もありますし、幼少期には「友達が家に遊びに来るなんて、そんな日が来ることがあるのかなあ」とかなり疑問と悲観を持って、療育に勤しんでおりました。それでも、小学校に入ってしばらく経つと、お友達の名前もポツリポツリと聞くことがでてきました。そして、なぜか変わった子と遊びたがる子や面倒見が良い子って一定の割合にはいるようで、ついにそういう日がやってきて、夫婦で「こんなことが起こるなんて…」と驚きと喜びを感じることとなりました。

でも、親としてはまた後でガッカリしたくないという気持ちが先に立つため、「まあ、そう長くは続かないよね…」「きっと、物足りなくて寄らなくなっちゃうよね…」といつまでもそういう交流が続くわけでもないだろう、また一人になってしまうのだろう、という予想を立てて、心のバリアを張りつつ日々を過ごしてきました。

…でも、不思議なことに、途切れずに現在に至っています。妻とは「どこが良いんだろうねえ?」「他に遊ぶ子がいないのかな~?」と思いながらも、複数の子が遊びに来てくれているので、ありがたい限りです。

細くても良いから、できるだけ長くこの交流が続くことを願っています。

息子の友達が遊びに来て何をやっているのかと言うと、Wiiで遊ぶことが多いようです。そして、特段トラブルもなく遊べているので、まあ今はこれで良いかと思っています。敢えてトラブルを一つあげるならば、やたらと妹がその中に加わろうとするところですかねcatface。これは、息子から止められてスゴスゴ戻る、を何回か繰り返すようですconfident。この妹のチャレンジは、自身の少年期の状況を振り返ってみても、やはり無理だろうと思います。

妹も、そういうことに触発されて「じゃあ、今度は私の友達を家に呼びたい」と言って、連れて来るようになりました。これには、もう一つの要因があります。実は、こういうことって女の子が通る道だと(勝手に)思っていますが、近所の友達と段々合わなくなって遊ばなくなってきている、ということも関係しています。

妹達もゲームで遊ぶのですが、この時には(当たり前ですが)息子はその中に入ろうとはしません。この点、息子のソーシャルスキルが高いのか、単純に人との交わりが苦手なのかは謎ですけど。ただ、「もう5時だぞ」と暗に帰宅を勧めるようなことを言ったりするあたり、若干仲良く遊んでいることへの嫉妬心が垣間見られるように思っています。

子ども達も、成長するにつれて他者との関わりが増えてきました。その分、親の関わる部分が確実に減ってきていることを実感します。子の親離れが、少しずつ着実に進んでいきますね。喜ぶべきことであるのでしょうけれど、寂しくも感じます。

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