2017年9月 3日 (日)

(612) 失敗に学ぶ

発達障害の子は、他者の行動を見て自分の行動にうまく取り入れることが苦手です。

よく言われることは、「動作を模倣することが苦手」であり、加えて見ただけでその動作を身に定着させることなどは更に苦手なこととなります。

これは、脳内の認知能力からくるものであって、本人の努力による克服は限界があります。でも、このことって、意外と理解されにくいことが多いです。

ですから、料理人の世界に顕著な「仕事は教わるものじゃない。見て覚えるんだ」、「技術は目で盗め」は、発達障害者にとってはまず無理な理屈となります。

他人の行動を客観視し、自分が同様に振舞うためには何をどうすれば良いか、更にそれを身に着けたらどうなるか、を推測しにくいことが原因となっていることから考えると、失敗経験から学ぶことはかなり困難であることは、容易に推測ができると思います。

最近、ちょっとブームが沈静化した感がありますが、少し前に失敗学が一世を風靡したことがありました。過去の失敗例を参考に、何が本質的な原因であるのか、それがどのように良くなかったのか、更に今後どうすれば良いかを考えることは、自分も有益なことだと感じています。でも、これは、明らかに健常者でなければできないことであって、発達障害者にはものすごくハードルが高いことだと思います。

何度も失敗してでも身に付けることができるのなら良いのですが、そこにたどり着くよりも前に意気消沈してやる気を根こそぎ奪われてしまう可能性の方が遥かに高いことを考えれば、やみくもにやらせて失敗させるよりも、正しい方法をキチンと最初に教える方が、発達障害者の学びにとって遥かに有益だと思います。

失敗に学ぶことができるのも、一つの能力と問われるべきでしょう。ですから、全ての人ができることではないと考えるべきもの。そう理解しています。

2016年12月 4日 (日)

(581) 多様な発達障害とその親の思い

発達障害の歴史は、レオ・カナーが自閉症の研究について1943年に発表したことが嚆矢とされていると認識しています。そしてその翌年(1944年)、ハンス・アスペルガーが後に彼の名を冠して呼ばれるアスペルガー症候群についての論文を発表しています。

敗戦国で忘れられかけていたハンス・アスペルガーの業績を、1981年にローナ・ウイングが論文で再評価し、主流だったレオ・カナーの自閉症概念を広げた時に、今の発達障害という大きな枠組みで捉えられる原形ができたと思っています。

ものすごく端折った概略であり、また私の知識など大したことありませんので、間違いであればご指摘をお願いします。

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2015年11月15日 (日)

(533) 不妊と子の障害

発達障害に関わっていると、ともすれば忘れがちになることに、我々は子を授かっているという事実があります。

何を言っているのか? と疑念を感じられる方もおられることでしょう。ここで当方が感じているのは、そもそも子が授からずに悩んでいる方も、決して少なくはないということです。

子を授かるのは、当たり前のことではないのです。更に、人によっては、辛い不妊治療を経てやっと授かった子が発達障害だった、ということもあると伺っています。

何かが解決した途端、そのことで悩んでいたことは記憶の向こうに飛んでいき、別の悩みに捉われてしまう。このことを考えた時に、人間のサガとは何と罪深いものだろう…と思わざるを得ません。

不妊に悩んでいる夫婦と、子の障害に打ちのめされている夫婦。どちらも、心安らかには中々なれないでしょう。ともすれば生物学的、遺伝的な原因が夫婦の片方、あるいは双方にあると考えがちにもなりますが、最後は順列・組み合わせと運の問題もあります。あれこれ考えても心が晴れるような回答が出て来ない確率が高いことを考えると、そういう迷妄に時間を費やし心をすり減らすよりは、今与えられている境遇の中で精いっぱい生きることに注力した方が、美しいと感じます。

もちろん、楽ではないでしょう。でも、例えれば人生劇場において俳優・女優としてその役を演じ切ることって、それはそれなりに充実感が得られると思うのです。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ではありませんが、置かれた境遇の中で精一杯のことをして、今日も頑張ったという満足感を積み重ねていくことは、心の平衡に役立つ有効な手段ではないでしょうか。

2015年7月26日 (日)

(518) 健常社会に踏みとどまる

夏休みに入って、1週間が経ちました。

一学期を振り返ると、最後の方になるにつれてまた登校渋りがひどくなってきました。そこを何とか持ちこたえた、という状態です。

そんなこともあり、息子の件で学校の先生とお話する機会を持つこととなりました。担任の先生は、昨年度からの持ちあがりで、息子の特性をよく理解して下さっています。

そのお話の中で、「授業中の集中力が下がっている、指示を出してもボーっとしていてすぐに動こうとしない。作業に取り掛かるまでに何回か促しが必要」、「クラスメートに仕切りたがる子がいて、他者の指示に従う意欲の低い息子は当然そういう子との相性がイマイチで言い合いになったりする。この子とのやり取りもストレッサーの一つになっている」「息子から話を聞く機会も作っているが、その際にネガティブな発言が増えた。例えば、「自分なんてどうせ…」「学校なんて、無くなってしまえば…」といったことを言う」というようなご指摘がありました。

ただ「クラスでの係の活動は、キチンとやっている。((510) 息子、小学校最後の運動会に書いたように)運動会の得点係も全校生徒の前で良くやっていた(過去担任になるなど息子と関わりのあった先生は、皆息を詰めて大丈夫かなと思いながら、見守って下さっていたそうですw)、と思っている」「友達と仲良くなりたいという気持ちが芽生えているように感じる。一方でどう振る舞って良いのかがまだよくわかっていない印象」というようなお話も頂き、健常社会での生活で苦労しているなあ、と感じる一方で、適応不全が起きていることも認識しました。

夏休みの間、学校ストレスが無くなることもあり、まずは気持ちがのんびりするように持っていくとともに、2学期に備えどのように対処していけばよいか、今の問題点についてかかりつけの児童精神科の先生と相談してみようと思います。やみくもに何かをやらせようとすると大抵うまくいかないでしょうし、ここは慎重に対処していこうと考えています。

健常社会で踏みとどまってやっていけるよう、できることを考えていこうと思います。

2015年7月18日 (土)

(517) 面白さのツボ

息子は、基本的にはひょうきん者なのだろうと感じています。いつもそうではないのですが、面白そうに話しかけてくることが多いもので…。

ただ、本人が面白そうに話してくれる内容が、少なくとも私の能力ではイマイチ理解しきれないことが多いのと、たまに内容が理解できても今度はそのツボが少なくとも私のそれとはズレていることがほとんどなため、残念ながら私はそれを面白いと感じたことがほぼありませんhappy02

ただ、楽しそうに話すこと自体は良いことで、楽しそうに話してくる人と接することによって、こちらも少し心が晴れると言うか、気が楽になったりはします。

そういうこともあって、息子の話を聞くと、こちらも張っていた気が抜けて口元が緩むことはあります。

周囲から見ると、この二人は話が通じていてお互いに面白いと感じているに違いない、と受け取られるかも知れませんが、両者の思いを詰めて比べてみると、実態はそうではない、ということです。

面白さを感じるツボについて、もう少し一般の人と同様であれば良いのだけどなあ、と思うことはありますが、こればかりはどうにもなりませんよね。もちろん、本人がつまらないと思っているものをお追従笑いさせるようなことは避けたいと思いますし。

逆に言えば、こちらも自分の笑いのツボを敢えて息子に合わせようとは思っていない、ということでもあります。

さて、夏休みになりました。長い休みの間にも、面白いと感じる体験がたくさんできると良いな、と感じています。

2015年7月12日 (日)

(516) 理解してもらうことの大切さの理解

発達障害のある子どもは、幼少期に言葉の発達が遅れることが多いです。アスペルガーの子はそうでもないと言われることがありますが、やはり言葉のニュアンスを正確に把握していることは少ないようです。

幼少期に遅れた言葉の発達を、そのまま引きずりながら成長していくことも多いと感じます。

こうなると、周囲の子がストレスなく普通に話をしていることでも本人はすごく難しく感じますし、その内容を理解をするのにも時間がかかったり、分からずにスルーしたりせざるを得なくなります。発信機と受信機のレベルが合わない以上仕方がないことなのでしょうけれど、こういう経験を繰り返した結果として、本人がコミュニケーションを取ろうとする意欲が減退することで、流してしまうことが多くなる結果、益々その能力差が大きくなりコミュニケーションレベルの差が広がる、という悪循環に陥ってしまいます。

本来、人に自分のことを理解してもらうためには、自分が口を開いて自分の思いや考えを相手に伝えるようにしていかなければならないのは当然で、これは健常者同士でもよくある普通なことです。

だからこそ、人に理解してもらうこと、そのことはとても大切であること、それは話をしないと始まらないこと、を本人が理解して、少しでもその方向に努力をし続けることってとても大切なことになるのですが、幼少期からのうまくいかない経験の積み重ねがそれを妨げてしまっているのではないか、と感じることも多くあります。

物事を成し遂げるためには、小さな努力の積み重ねが大切であるとはよく言われることです。この逆に、小さな失敗の積み重ねによって下がった意欲というのは、どのように持ち上げていけば良いのだろうか、と悩んでしまいます。

ただ繰り返しになりますが、伝えようとしなければ伝わらない、あくまでも伝えようとすることは不可避なことではありますので、少なくとも親としては、何かあってコミュニケーションを取らなければならない時に、急かさず、中々話が始まらずにイラッとしてもその思いを表情や態度に出さず、とにかくゆっくりでも良いから考えていること、感じていることを話してもらうように促し、聞く姿勢を保って待ち続けるしかないのかな、と感じています。

当たり前ですが、コミュニケーションは片方だけではできません。周囲の忙しい人達にまでこのような対応をお願いするのは気が引けるし実際できないことかも知れませんが、それでもあなたの話を聞こうとする人がいる、こういう態度で接してくる人がいたら、話をすることで何か得られることがある、ということを体験し理解できるようにするためにも、このような対応を継続していくしかないだろう、と考えています。

こういう地道な努力をしていかないことには、どうにもならないだろうと思いますし。

2015年6月27日 (土)

(514) 異動の時期

人との距離感というのも、まさに人によってさまざまかと思います。

昨今は株主総会時期にあたっている会社も多いでしょう。上が代われば下も代わる。サラリーマン社会の風物詩であったりもする異動の時期を迎えて、そのたびに感じることの一つとして、過去にお付き合いがあった方との距離感の差異があります。

こちらはたくさんの関わりがあった、お世話になったと思っていた人に挨拶に行ったら、素っ気ない対応であったり、その逆にこちらがそれほどお付き合いが無かったと思っていたら、丁重な挨拶を頂いたり、ということは、皆さんにも経験があることだと思うのです。

これも、本当はもう一段の深掘りが必要で、関わりへの認識の差異のみならず、その認識に対して挨拶回り等でどの程度自分の思いを表出するかの差異が複合・重畳することだと考えられるので、それらを踏まえるとなると出方もいろいろでかなりややこしくなるのですけどね。

健常者(だと思う)同士でもこのような経験は少なくないことからすると、発達障害により人との関わりが苦手な子にとって、この時期って負荷がかかって辛いだろうなあと思うのです。ある人が挨拶に来たなと思ったら、しばらくしてまた別の人が挨拶に来て…と周囲の雰囲気も、多少ワサワサして落ち着きがなくなるということもそれに拍車をかけます。更に自分に直接関わることとして、異動を踏まえて、次に自分のカウンターパートになる人との新たな人間関係の構築や認識合わせもしなければなりませんし。

顔を覚えるの(相貌認知)にも苦手な場合がある彼らにとって、まさに鬼門となります。

常々人と自分の感覚の違いに戸惑い、ナーバスになっている彼ら。挨拶回りでもその差異を痛感することとなるでしょう。

でも、ここから先は身過ぎ世過ぎで、相手が自分の期待したリアクションをしなくても、自分はとにかくにこやかに頭を下げる、という単純な対処方法を教え乗り越えてもらうしかないだろう、と思うのです。

それはそれで、今度は「あの人って、何か表面的よね」という目で見られるかも知れませんが、無礼者だと思われるよりはマシでしょう。

優等でなくても、赤点を取らなければそれで良い。こういう割り切りも必要ではないでしょうか。

チラホラ始まった挨拶回りの光景を見ながら、そんなことを考えています。

2015年6月20日 (土)

(513) 子の障害への意識差

少し前にtwitterでかなり注目を集めた、男女の意識に関するこの漫画(👈クリックしてみて下さい)。

いろいろご批判もあろうかとは思いますけれど、私は「あぁなるほど~」と腑に落ちました。多少デフォルメがきつめだとは思うものの、恐らく読者の皆様も、こんなのデタラメだ、と言いきれない程度には納得性があるだろうと推測しています。

実は、我が子が障害を持っているという事実に突き当たった夫婦の間でも、このような意識の差があって、齟齬が生じがちになっているのではないか、だからこそその意識の差を軽視・無視してしまうと、後々に大きな禍根を残すのではないか、と思うのです。

もちろん、夫婦双方とも我が子の障害という事実に直面すれば、第一にはショックだろうと思うのです。これは疑いのないところでしょう。でも、その次に妻の側は、子の障害という事実を前に自分の受けたショックに対する共感を求める一方で、夫の側は、子の障害に対して何らかの解決に向けた具体的なアクションを起こさずにはいられなくなる、という状況に陥ることは、そう珍しいものでもないのでは? と考えます。

しかも、良し悪しは別として、妻の方が子に関わる時間がどうしても長くなるという事実がこれに加わるでしょうから、夫が解決に向けたアプローチを行い情報探しに奔走し、何とかそれを見つけたのは良いけれど、妻にその対応の大部分を投げてしまう、しかも、初めてで戸惑う妻の気持ちへの共感や配慮が手薄になってしまうようなことがあると、夫婦それぞれが役割分担しながら、できることを精一杯頑張ろうとしているはずなのに、ものすごくストレスフルな雰囲気が家庭内に充満する、というパラドキシカルな状況に陥ってしまいます。

ここまで絵に描いたような典型的なパターンに陥ったわけではありませんが、我が家でもこうなりかかったこともあり、夫婦の性差に基づく意識の差についても、「そういうことはあるものだ」との認識をしっかり持つことって結構大切だと感じます。

なお、あれこれ情報収集に奔走する私に歯止めをかけたのは、妻の冷静な「息子君のことばかり考えるのは、やめましょう」というひとことでした。妻もそれなりに不安だったのでしょうし、確固とした根拠も無いものの「何とかなる」という直観を持っていたようです。そして実際に今の状況を考えてみると、当時想定していた最悪の状況よりははるかにマシなところまで持って来ることができており、当時のそういう何気ないやり取りが意外に後につながることを実感します。

もし、妻がこのような直観を持つことなく、かつ共感を強く求めるタイプであったら、今はどうなっていたのだろう? と考えてしまいます。

2015年3月21日 (土)

(500) 天の試練

このブログも、めでたく500回目の節目を迎えることとなりました。

何か記念っぽい記事を…と無い知恵を絞って考えてみた結果、やはり孟子のこのフレーズかな、と思い至りました。障害児を育てている人が、少しでも元気になることを願っています。

■孟子とは

孟子は、古代中国の戦国時代の儒学者です。儒教は「孔孟の教え」と言われる程で、儒学では孔子に次いで重要とされる人物です。ただ、少し偏屈なところもあったようです。

その言行を集めたものが、「孟子」という書物としてまとめられています。

今回取り上げたいのが、孟子の以下の一節です。

■孟子-告子章句下

天の将(まさ)に大任を是の人に降さんとするや、必ず先づその心志(しんし)を苦しめ、その筋骨(きんこつ)を労せしめ、その体膚(たいひ)を餓やしめ、その身を空乏(くうぼう)にし、行いその為すところに払乱(ふつらん)せしむ。 心を動かし、性を忍ばせ、その能(あた)はざる所を曾益(ぞうえき)せしむる所以(ゆえん)なり。 人は恒(つね)に過ち、然かる後に能く改む。 心に困しみ、慮に衡(はか)りて、而る後に作(おこ)る。 色に徴(あらは)し、声に発し、しかる後に喩(さと)る。 入りては則ち法家、払士(ひっし)無く、出でては則ち敵国、外患無くば、国は恒(つひ)に亡ぶ。 然る後に憂患に生き、安楽に死するを知るなり。

ぶっちゃけ、文語体だと何を言っているのかわかりにくいですよね。多少雰囲気は伝わるかも知れませんけれどcoldsweats01

身の程をわきまえず、私なりの解釈を以下に書いてみます。

天がその人に大きな役目を与えようとする時は、必ず最初にその人が困窮するような環境に追い込むのである。すなわち、その心を苦しめ、その体を疲労させ或いは餓えさせ、貧困へと貶め、やることなすことすべてがうまくいかないようにしてしまうのだ。

なぜならば、その心を発奮させて、忍耐力を育て、できないことをできるようにして大きく成長させるためなのである。

人は誰しもが過ちを犯し、それを改めることで正しいことを知る。思いを巡らした後にやる気が湧いてくる。感情を激発し、声を上げた後にどうすればよいのかを体得する。

国の中に法を厳正に適用する官吏も君主を命がけで諌める側近もなく、国の外に敵国も脅威となるできごとも無いようであるならば、その国はやがて必ず滅ぶであろう。このように考えると、憂患に生きることにも意味あること、そして安楽に身を任せることが死につながる危険があることを知ることができる。

■障害児を育てていて

人によっては、「別に大任なんて降して頂かなくて結構だったのに」「もう良いから、楽にして」というお気持ちの方もおられるだろうと推察します。

けれども、今それを言ったところで、何も変わらないのは明らかです。そうであるならば、辛くても顔を上げて、時に歯を食いしばり涙をこぼしながらでも、できることに一心不乱に取り組む。そうこうするうちに感情の激発を抑え、やるべきことが見え、視野が広がり視点も上がって物事をワンランク上から見られるようになってくる。この循環を確立することが、どうしても必要になってくると思うのです。

どういう巡り合わせでこうなったのかは、まさに人知の及ばざるところだとしか言いようがありませんが、今ある諸条件の中で最高の、もしかしたら最高ではなくても次善の人生を生きることは、ひとえに各人の心構えやその選択にかかっていることに思い至らせ、それをしっかり認識したならば、この孟子の一節を信じて、辛くても立ち上がり、前に進んでいって頂きたいと思います。そうするより他に無いのですから…。

■エピソード

実は、孟子のこの一節については、幕末に吉田松陰と共に小伝馬町の牢屋に投獄されていた佐久間象山が、日に一度は朗読していた、と吉田松陰が著作「講孟余話」に記しています。これは、天の意思への確信があった、とも言えますし、ある意味、歴史に名を残すような人間であっても、大任を意識するようにしないともたなかった、という理解もできますよね。彼らでもそうだったのだ、と思うと、少し気が楽になりませんか。

■エピローグ

発達障害児を育てている方は、皆十分頑張っていると思います。これからも、まだその頑張りを継続しなければならないとは思いますが、張りつめ過ぎないよう、お互いに適度に休みながら、一緒に前を向いて歩いていきましょう。

これからも、よろしくお願い申し上げます。

2014年9月24日 (水)

(474) 蚊を叩く

最近はめっきり涼しくなりました。でも、困ったことにまだまだ蚊は健在です。

唐突ですが、お子さんは蚊を叩けますか?

「虫が嫌いで触るのもイヤ」という場合は、もちろん無理だと思います。なお、ここでの主題は、「生物の命を無闇に奪ってはならない」という道徳的な意味は考えないものとします。

単に「物理的に飛んでいる蚊を両手でパチンと叩いて殺すことで、蚊に刺されてカユミにしばらく不愉快な思いをすることを未然に防止することができますか?」ということです。

息子は、できません(キッパリ)。アッチ行ったりコッチ行ったり不規則に飛ぶ蚊の動きを目線で追い、方向を換える一瞬の動きが緩やかになったタイミングで決断し、両手を協応させて素早く仕留める、ということはとても難しいことのようです。

本人に、自分が運動が下手であるという自覚があって、かつその分うまくやらなきゃという気負いが加わって、中々叩く決断できないのですよね。しかも、両手を一緒に動かすということがとても困難なようで、いざ叩いた時にはもう蚊は別のところに余裕で逃げている、ということになっています。

発達障害というと、他者とのコミュニケーション不全に注目が集まりがちですが、こういう不器用さによってできない自分を思い知らされること、更には生きることにも困難を生じやすいということは、軽く考えてはならないなあと感じます。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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