« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2019年8月

2019年8月24日 (土)

(677)治ると譲ってみる

発達障害は治らない。

これは、今の医学的には「公理」だと認識していますが、治ると言い張る一群の方々がいます。

そういう方々は、個人的な経験至上主義であって、科学的な検証ステップを踏まないし踏もうともしない時点で一般論として語ることに無理があるとは思いつつ、それでも治るとしてみましょう。

発達障害が治るメリットって何だろう? を私なりに考えると、人との円滑なコミュニケーションを取れることだと思うのです。興味が限定されたり、ルールに厳格だったり、パニックに陥ったり、というのは、健常者に取っても流そうと思えば流せる部分ですし。

一方で、事細かに全て必要な情報を伝えないと動かない動けない、表情を把握したり場の雰囲気を読んだりできない、不測の事態が発生しても何ら対応しない、ということが続くと、発達障害に不慣れな人たちにとってはストレスが蓄積することになります。

ここをキチンとクリアできているならば、治ったと言えるだろうと私も思います。ただ、ここには更に本人が職場の上長となって下位者をうまく使えるようになっていることまでも含むべきだと考えています。上長から使われる立場の場合、言われたことだけをやっていれば取りあえず優は付かなくても可は付くわけですから。

 

続きを読む "(677)治ると譲ってみる" »

2019年8月16日 (金)

(676)子は母を選ぶか

障害のある子を持った親に対して、「子どもは、親を選んで生まれてくるから。あなたには、育てる能力があるのだから大丈夫」等と言う人がおられます。

私は、この説には強い違和感を覚えます。その子は、障害を持って生まれることも選んだのでしょうか?

こんなことを考えたのは、たまたま以下の記事を見かけたからです。 

高嶋ちさ子 「ダウン症」の姉の面倒をみさせる為に…母は私を産んだ/芸能/デイリースポーツ online 

ご本人は、親に言われたことでめげることもなく育たれたそうですが、「きょうだい」と呼ばれる障害者の兄弟姉妹は、やはりその親を選んで生まれてきたのでしょうか?

親に対する慰めの言葉が、きょうだい達に対しては自己責任とされかねない剣の言葉となってしまうのを感じます。幼い時から葛藤を感じがちなきょうだい達が育つことを考えると、少なくとも私はきょうだい達にに対して「選んで生まれてきたんだよね?」等とは言えません。

そもそも、親と子だけの関係で社会ができ上っているわけではありません。むしろ、子は加齢に伴い(障害者であっても)社会との関わりを持つこととなります。そう考えると、親よりも社会を選んだ方が本人にとって生きやすい環境を手に入れられるのではないか? と思うのです。

そうであるならば、昨今の風潮に鑑みて障害者に対する社会の対応が未成熟な日本を選んで生まれてくるのってどうなのだろう? と考えてしまいます。

« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ