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2019年2月11日 (月)

(664) 逃避願望

 「××でガンが消えた」。

新聞のサンヤツ(新聞広告面の大きさの一つで、紙面の下三段を横に八等分したもの)には、書籍の新刊広告などが載っています。そこはまさに玉石混交で、冒頭のようなものも、チラホラと見ることがあります。

昨今の「〇〇で障害が治る」という表現についても、私は同様の印象を受けます。なぜなら、これらに共通するのは、しかるべき学会に論文を発表し、査読を受けていないと思われるからです。

複数の学会員を納得させられる根拠のある内容と、彼らを含めた第三者による後追い検証、更に批判とそれに応えた更なる追加検証に耐えられたものでなければ、学問としての成果として認められません。そういう状況を念頭に考えれば、単なる「思いつき」を軽々に信じて自らの生活に取り入れるべきではないということになります。その道のプロ、を軽く見てはならないのです。

本件については、昨年のノーベル賞で、医学生理学賞に輝いた本庶佑・京都大特別教授へのマスコミの質問内容とも通底するものがあると私は感じています。

率直に言えば、研究内容に畏敬の念を持ち正確に理解すべきところ、科学に対する苦手意識もあってか、それを避ける傾向が今の日本に蔓延していると感じます。

科学者、それも偉大な業績を上げた一流の人間への質問として、その貴重な時間を使わせているにも関わらず「東海三県で一番好きな県」を聞いたり、若者へのメッセージを求めたりするのは、失礼以外の何物でもありません。難しくてもその研究内容を理解しようとし、それをかみ砕いて読者に伝えようという姿勢が無いならば、それはマスコミの存在意義を自ら失わせてしまうものだと考えます。

詰めた内容把握・理解は、確かにシンドイことです。でも、そこをすっ飛ばしている限り、科学の重みが社会一般に伝わることはないと思います。

このようなことを踏まえれば、サンヤツに跋扈している査読を経ないセンセーショナルかつ科学を装った記述内容に対しては、相当程度厳しめに見る必要があるということは自明です。将来証明されるかも知れないと言いつつ、自分で証明する努力を放棄した内容に、全面的に依拠するのはかなりリスクが大きいと考えて良いはずなのですが、残念ながらそうしてしまう人が出ている実態は、とても残念なことだと思います。

医療者や福祉の方の不用意な言葉に傷つけられた方が、不信感を抱いてそういう冒険をしてしまう傾向って少なからずみられるようですが、率直に申し上げて「江戸の敵を長崎で討つ」ということわざに近い印象を受けます。

不満や憤りは理解するものの、だからと言って未検証のモノにすがる理由にはなりませんし、未検証による不測の事態という大きなリスクを抱えるのは、親ではなく何も知らない子供たちということになります。

このようなことを考えると、親はわが子に障害がある事実に顔をそむけることなく、またその状況から逃げることなく、受容したうえで正しい対処法に従って周囲の行政や福祉の担当者と相談しながら地道に対応していくしかないのだろうと思います。

療育に派手さは不要、遅くとも着実に取り組んでいくべきだとの思いを強くしています。現実逃避はわが子に返ってきますし。

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