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2018年12月14日 (金)

(658) 障害の受容時の心の痛み

我が子の発達障害の受容について考える時に、私はどうしても遠藤周作の『沈黙』のクライマックス部分を思い浮かべてしまいます。そのクライマックス部分とは

「夜明けに、ロドリゴは奉行所の中庭で踏絵を踏むことになる。すり減った銅板に刻まれた「神」の顔に近づけた彼の足を襲う激しい痛み。そのとき、踏絵のなかのイエスが「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。」と語りかける。」

というくだり(出典「Wikipedia」)。

我が子の障害を受け入れることは、親である私たちにとっても、かなりの重大事です。私たちのこれまでの生きざまからの決別、これまで築いてきた実績の放棄、これまであたり前だと信じてきた未来像の瓦解にもつながることです。軽々に受け入れることはできません。理屈では分かっていて、そうしようとしても、心にかなりの痛みが伝わってくることなのです。

我々が我が子の障害の受容に直面した時、残念ながら『沈黙』のようにイエスが話しかけてくれることはありません。全く孤独な作業となります。

誰も理解をしてくれないという孤独感、そこから派生する絶望感は、私も分からないわけではありません。その痛みは重く強く私たちにのしかかってきます。

ただ、障害を持つ子の親は、自分たちが初めてではなく、そういう辛い場面を乗り越えて先人たちも生きてきたということ、だから自分は孤独ではないことを、後から来る親たちにも知ってもらいたい、とは思いますし、その努力はこれからもやっていきたいと思います。

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コメント

久しぶりにコメントさせていただきます。
いつも拝見させていただいております。興味深い記事楽しく読ませていただいております。

私も障害告知・受容は残酷と感じています。
幸い就学前の療育で子供との接し方が身に着いたので、
ある意味で「あきらめ」が芽生えて
少しずつ受容することができたことを覚えています。

ですが、特に知的に問題のない発達障害の場合
親の方が「徹底してやればできる」と躍起になり
子供に合わない対応がつづいてしまい
結局つぶれてしまうところも目の当たりにしています。

自分と同じように受容してほしいなど
そもそも受容がとても苦しい事なので、周りに求めることは一切ありませんが
これから子供の年齢が上がるにつれて本当に保護者が受容してきたのかが
見えてくるかと思うと複雑な気持ちです。

ぱんだ様

コメント頂きありがとうございます。

最近、障害告知直後の親御さんと話す機会があり、自分が忘れていた当時の感覚を思い出すことがあったことから、今回の記事を書きました。

自分も、100%受容できていると言うつもりは毛頭ないです。
「這えば立て立てば歩めの親心」
という川柳にもあるように、親はどうしてもわが子の成長を期待してしまう癖を持っていますし、それは否定してはいけないことだと思います。

でも、そうは言っても、障害児にその能力を上回る成長を期待してあれこれやってしまうと、ぱんだ様のご指摘のようにつぶれてしまうことも、残念ながらあるかな、と。

私たちは、砂場の山崩しのように、「砂山に突き立てた棒を倒さないように、でもできるだけ多くの砂をかき取る」というギリギリのところを意識しながら、日々の療育や育児に取り組まなければならないのだろうなあと、思っています。

筆頭療育従事者としての思いと親としての思い。その狭間でこれからも、私たちは悩み続けることになるのでしょう。でも、それもそういう役回りだと割り切るしかないのでしょうねえ。

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