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2018年1月 8日 (月)

(625) 冬休みの終わり

今日で冬休みが終わります。息子は今日までかかりましたが、何とか宿題を仕上げることができました。

スキーにも行けましたし、それなりに充実した時間を過ごすことができたのではないかと思います。

中学校の宿題って、結構なボリュームです。改めて見ると、こんなことを覚えても将来使わないよなあ、と思う内容も多いです。息子は理科が嫌いなんですが、実験器具名を覚えることに生理的な嫌悪感を感じているようです。

数学もイマイチで、発達障害にありがちな理系で何とか身を立てていく、ということは難しそうです。

でも中学校生活もあと1年3カ月を切り、受験までを考えると約1年ですから、何とか本人がやる気を持てる進路を見つけて欲しいし、親としても探してあげたい。

今年の我が家の抱負と言えば、このことになるでしょうか。

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はじめまして、検索ワードから初めてブログ読ませていただきました、広汎性発達障害グレーゾーンの息子がおります(5歳)みーとと申します。
興味深く読ませていただきました。
まさに私の悩み、今後の不安がブログに書かれてあり驚きました。

私は息子に2歳よりABA療育を徹底的に行ったことにより、息子の知能(発達検査の数値という意味での)は飛躍的に伸び、また、問題行動の減少や正しい行動の理解も格段に増えました。
ABAなくして現在の生活はあり得なかったです。

今後普通級に就学することになりそうですが、、同じような思いを抱いています。
幼児期の問題には対応できるテクニックはつきました。
が、本来の本人の能力、思考、に発展性がなく、
問題なく過ごせている、、ように見える、、気がしてならないのです。

生活は格段にしやすくなり、できることも増え、成長を喜ぶ気持ちと、
今の数値が本人の能力値として判定されて普通級へ進学しても、本質が理解できていない本人が就学以降、本来の能力の伸びなくして対応できなくなった時に、一気に崩れてしまう気がしています。

そうかといって、現状では他に息子に合うと思われる療育方法はなく、
これでよかったのか、本来の能力のまま支援の枠での未来の方が本人は幸せだったのではないか、等、親として苦悩しています。

手帳の取得は療育により伸びたことにより、現状では絶望的になりました。。
支援の枠から離れるということは、出来て当たり前の世界で生きていくしか選択肢がなくなります。
特性は消えませんので、不安しかありません。

つい、深夜にこうして情報を求めてネットにかじりついてしまうのですが、
私のように悩みながら先を歩いていかれている方のブログは
本当に参考に、また励みにもなります。

また時々ブログ読ませていただきます。

みーとさま

コメント頂きありがとうございます。
当方、風邪で寝込んでおりまして、返信が遅くなりましたことをお詫びします。

以前、(571) ABAで持ち上がった知能 http://deliberation.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/571-aba-13e9.html

で、私も同様の悩みを感じていました。そして、それは1年半近くが経っても解消されていません。

とはいえ、みーとさまのお子様はまだ5歳です。そもそも、子どもが皆本質を理解しているとは限らず、中学受験向けの塾の教室では、理屈は分からなくても解けさえすれば良い、という指導が健常児に対しても普通になされており、もちろんそれは望ましくないでしょうけれど、さりとてあまり過大視する必要もないかと思います。

当方の息子よりももう少し知能が高い同系統のお子さんは、公文式で更に学力を伸ばして無事に私立中学に合格しています。発達障害の子にだけ特化した療育ではなくても、それなりに学力を伸ばすことは可能ではないかと思います。

もちろん、手帳の取得をあきらめざるを得ないという点はありますが、それは療育手帳であって、精神障害者保健福祉手帳であれば、高機能児であっても取得することは可能です。

自省も込めて申し上げるなら、高機能の子に対しては、発達障害というある種の負の側面の撲滅に過大に力を注ぎがちになりますが、それをグッとこらえてご指摘の「出来て当たり前の世界で生きていく」ために敢えて健常児としての育ちを見る、ということも必要なのだろうと思います。

差し出たことを申し上げましたが、一緒に頑張りましょう。

体調優れないところ返信本当にありがとうございます。

とても参考になります。

息子の様子に違和感を感じた2歳より3年間、振り返れば息子の障害にどう向き合うか、息子のできることを伸ばすにはどうすればよいか、が私の大部分を占めた生活でした。

子育て、という感覚がわからなくなっていたと感じます。
障害児である前に一人の子どもであるということを考えたとき、ハッとする瞬間があります。

そんな事を思う余裕すら以前はなかったのですが。。
それだけ息子が成長したということなのかもしれません。

そうですね。それなりに学力を伸ばすことも可能だと前向きに考えて、あまり起こってもいないうちにアレコレ先回りして悩まないようにしたいです。

とはいえ、出来て当たり前の世界で生きることは、今の私には予想もつかない悩みも出てくるのだなとも思います。

悲観しすぎず楽観もせず、、息子の成長をみていけたらと思います。

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