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2017年11月 4日 (土)

(618) 親と療育の専門家

気が付くと早いもので、我が家が息子との療育的関わりを始めてから、10年が経ちます。

10年という期間は、大人にとってもそれなりに長いものですが、子どもにとっては更に重みを伴った長さ、とでも言えば良いのでしょうか。まだ幼稚園に通い始めて間もなかった頃から中学生生活が折り返しを迎えるまでの10年というのは、大人に比べて格段に変化も大きなものでした。

当初は、

指示が通らない、こだわりが強い、偏食、オウム返し、不器用、お遊戯に参加できない、友達との関わりができない…

という状態だったものの、本やネットから発達障害に関わる情報を集め、この子に今必要なものは何だろう、と常に考えて療育施設に通わせてきたこともあり、これまでに

やるやらないはともかく、指示は理解できる、こだわりらしいものはあまり感じられなくなった、食べ物も、新奇なものでも試してみよう、一口は食べてみよう、というスタンスになった、会話は成り立つようになったし意外に助詞は間違えなくなった、不器用さは相変わらずで今でもお箸トレーニングをしているものの、息子独特の発展形による橋遣いが奇異に見られないのであれば、日常生活で困るレベルではなくなっている、集団での行事ごとに対する不満は今でも言うけれど、合唱コンクールの始業前の練習にも早起きして出るようになった、おまけに口パクでも良いよ(本当は良くないけれど)と言っても、それは嫌だというようになった、友達がたまに我が家に遊びに来るようになった…

というように、かなり変わってきました。

親としてはやれやれと思いつつも、この後高校、更に就職をどうする?という問題に関心が高まってきた一方で、その分、かつてそれなりに精力を傾けて行ってきた療育についての興味は薄れてしまっている、忘れかけているというのが正直なところです。

この点、専門家の方々は、その時々に必要なことについての知識を持ち、更に勉強会等でアップデートを心掛けており、とても頼りになる存在だと思っています。彼らの大部分はそれぞれの持ち場において、ベストを尽くしてくれていると思います。それが仕事だ、と言えばそれまでですが。ある意味、専門家は発達障害児の成長マラソンにおける給水所の役割を担っているとも言えるでしょう。

昔に比べれば、療育施設の数も格段に増えています。選ばなければ以前のように療育施設に申し込んで通えるようになるまでに1年待ち、みたいなことも減ってきています。また、NHK等でも、発達障害を取り上げる機会が増えていて、「発達障害? 何それ?」的なリアクションを受けることは、まず無くなりました。

一方で、療育に携わる人員の数は増えても、子の人生に長くかかわるのは親、成長に対して一義的に責任を負うのも親です。成長マラソンの支援者は親であり、専門家の側で随意につないでいってくれるわけではありません。

更に、中学生になって課題が大きくなってくると、個々の課題についての療育の専門家はいるとしても、本質的な問題である、「どのように生きていくことがこの子にとって良いのか?」に対して総合的に考えられる専門家というのは、基本的にいないのではないか、と感じるようになりました。

具体的には、専門家は「こういう仕事は特性から向いている」とは言えても「その仕事が今後も継続していくという見通し、賃金はいくらくらいか、その仕事に従事している者の中で、発達障害の人間の割合はどれくらいか、逆に本人の適性の中で、その仕事が最適だと言える理由はあるのか」等の問いに対しては、答えを持ってはいないだろう、ということです。

発達障害児なりにも成長はするものであり、こうすればできないことができるようになる、というそもそもの「できないこと」が減っているという要因もあり、個々の療育テクニックも、それ自体が手段となるというよりは、会話や指示の中での間接的な行使に移行してきます。

これを「障害をある程度克服できてきた」と、前向きに捉える見方もあるでしょう。でも、その先には、専門家がおらずフローチャートもない、健常児育児に近い子育てとなっていく、ということを頭の片隅に置く必要があります。

そうなることを望んでいた10年前、一定程度そうなってはきたものの、不得手な部分をどうすれば良いのかに対する解がない無い今、手探りであることは、やはり変わりません。

ただ、やるべき課題が目の前にあって、それに対応するというこれまでの育児スタンスを変えていく必要があるな、と感じています。

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