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2017年5月14日 (日)

(600) 娘の自我?

今朝、GW明けの5日連続出勤という、とても過酷な状況を無事に乗り切った達成感を味わっていたsmileところ、妻がこんなことを言ってきました。

「この前娘ちゃんがね、『私、発達障害なのかな』って聞いてきたのよ」。

いきなりそんなことを言われて私もびっくりしましたが、冷静に考えるとこのフレーズには、いろいろな論点が含まれています。

それは、以下の3点だと思います。

  1. 娘は、発達障害という単語を、いつどこで仕入れたのか。
  2. 娘は、発達障害をどのようなものだと認識しているのか。
  3. 娘は、なぜ自分が発達障害だと思っているのか。

1.については、どうも発達障害を取り上げた番組を録画して、私や妻が観ていたのを、聞くとはなしに聞いていた、というのが真相のようです。これは、親が迂闊だったと思いました。

実は、息子君については、本人が薄っすらと気にし始めていることもあり、息子がいる時には、そういうものは視聴せず、話題にも出さないようにしていたのですが、娘も成長して理解力も上がり、そういうものに興味を持つようになっていたのですね…以後気を付けたいと思います。

2.については、どうも娘の話を聞いていると、偉人には発達障害が多い、逆に言えば、発達障害がある人は、偉人になりやすい、と思っているようです。これは明確に誤りなので、少しずつ話をして思い込みを修正していく必要があると思います。

そして、3.です。

本を読むことは好きな娘ですが、自分の思いや考えを言葉にすることが極端に苦手であり、そのことを本人は発達障害だと認識しているようです。

これは、一面では正しいものの、十分条件を満たしているかは要検討、という評価になると思います。確かに発達障害の人は、言葉での表現が苦手な場合が多いでしょう。そして、娘がその特性を持っているのも事実としてあります。ただ、その一点だけで発達障害だと言えるかと問われたら、明確にNo!です。他の診断基準を満たしているか、成育歴はどうだったのかを踏まえる必要があると思います。

一方で、娘は人とのコミュニケーションに秀でてはおらず、いわゆる女の子らしい女の子とは言えません。女子力は低いです。そして、親としてひいき目に見ても、まん丸な発達をしているとも思えません。でも、それが障害域に達するレベルなのか、は慎重な判断が必要だと思います。少なくとも、息子と比較すれば、その程度は明らかに低い、誤差の範囲に収まるかも知れず、最後はお医者さんとも相談しなければならないと思います。

むしろ、これは「自分とは何か?」という自我が目覚めてきているのではないか、と捉えることもでき、この点から親としても襟を正した対応が必要になるな、と感じています。

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