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2016年11月19日 (土)

(579) しつける側のハンデ

発達障害の子は、「人のふり見て我がふり直す」が不得手です。

人への興味が健常者よりも低いことにより、そもそも人に注目して見ることが少ない、更にその「人のふり」にどのような意味が込められているのかも読み取れないため、結果として「非常識」な行動を平気でして怒られる、ということも珍しくありません。

じゃあ、何とかしなければ、と親としては思います。しかしながらしつける側の親は、そもそものスタートラインが健常児よりも格段に下がった状態であることを思い知らされます。ゴールからの距離が、健常児よりもはるかに遠いところに設定されるようなものですから、ものすごいハンデを負うことになります。

次に、しつける親からすると、精神発達年齢が遅くなりがちなわが子に対し、いつ頃、どのようなことをどのように教えたらよいのか、という問題が生じます。教育番組等で、しつけをテーマとする特集が組まれることは少なくありません。でも、その番組において、「〇歳〇ケ月程度になると、・・・な反応が見られるようになります」或いは「大体〇歳くらいになったら、…を教えていくようにしましょう」等といった説明が行われることが往々にしてあって、これは発達障害児育児においては、何の目安にもなりません。この点、海図のない航海を強いられるようなもので、思うように理解してもらえないことも多く、これもハンデとなります。

更に、言うまでもなく世間様は厳しい。しつけがなっていない、と怒られる場合も多々あり、それが精神的なプレッシャーとなる分、ハンデとなります。

以上のことから、しつける側はハンデだらけの育児となってしまうのは明らかで、むしろこれでは成果が出ない方が当然、それを責めるのは酷というものですよね。

親がわが子のしつけに責任を負うのは、一義的には正しいとは思うものの、私たちの場合、人並みレベルに達成するための努力がとてつもなく大きいという事実について、社会の理解を得られるように私たちも伝える努力をしなければならないと思います。

すぐには理解を得られなくても、あきらめて何もしなければ現状のままとなることを思えば、これは不可避です。後から来る人のためにも、もちろん自身のためにも、少しずつ理解してくれる味方を増やすように、お互いにがんばりましょう。

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