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2016年10月

2016年10月30日 (日)

(576) 息子の余暇

息子は、土日のいずれかは外出します。

一人で、電車に乗っていろいろなところに出かけて行きます。

昨年までは、親が付いていかなければ不安でできなかったことです。そのため、私が付き合わされることも多々ありましたが、今ではすっかり一人で出かけるようになりました。しばらくは、家で昼食を食べていた(言い換えると、外で一人で食べることができず、帰宅せざるを得なかった)のですが、今では一人で昼食も食べてきます。

何にせよ、余暇活動ができるようになったことは良かったと思っています。

発達障害児の余暇は、結構重要なこととなります。決まりきったことはできても、逆に決まっていないことが苦手という特性のため、空いた時間に何をして良いかが分からず悩むことも多いと言われていますし。

親としては、もっと他の、より生産的なことだと良いのだけど、という思いもありますが、しばらくはこれで行けるというのもあり、納得しています。

2016年10月23日 (日)

(575) 同窓会シーズンに思う

一気に秋も深まってきました。

先月中旬より、私や妻宛に同窓会の案内状が送られてくるようになりました。

私の同窓会についての心境は、複雑です。

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2016年10月15日 (土)

(574) 正しいけど本質ではない

息子が小学校時代に通級指導教室に通っていたことは、既報の通りですが、そこで一緒に学んだお子さんというのが何人かいます。

先日、その中の一人の保護者の方と妻がバッタリ会ったそうで、双方のその後の様子について、ひとしきり話に花が咲いたようです。

ただ、その保護者のお子さんは、今は通級には通っていないそうです。何でも、小学校時代にクラスの男の子から「お前、○○学級に行っているんだろ、バカなんだな」とからかわれたことがあったそうで、そういうことがあって行くことを嫌がるようになり、中学では通級に通うことをやめてしまったとのこと。

こういう話を聞くと、ものすごくもったいないなあと思うのです。

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2016年10月 7日 (金)

(573) 本音は素晴らしくない

「本音で語り合おう」「君の本音を聞きたい」…などなど、本音って妙に持ち上げられている印象があります。

「人間の真正直な思いを言って何が悪い?」と問われたら、なかなか言い返すのも難しくなりますが、大人になるということは、本音を奇麗に包み隠しつつも、自分の意図を実現できるようになることでもある、と思っています。

本音と建前という対比は昔からよく行われてきましたが、社会をうまく回すためには、本音だけでは生々しくてむき出しの利害が出てうまくいかないからこそ、みんなが納得できる建て前を打ち立てて、周囲を説得するというやり方が生まれ、広く行われるようになったと考えます。

この点、子ども達はまだまだ本音ベースが基本となっており、大人にならないと建前を使うことは身につかないでしょう。大人になると基本は建前で取り澄ましつつ、ここぞという時にブッチャケ本音トークで片を付けるという、硬軟両様の対応こそが「できる人」の嗜みである、という認識が一般的のように感じています。

昨今の世相を見ていると、本音と建前の乖離が拡大してきていて、双方の話し合いの基本となる事実認識の共有も難しくなってきている印象があり、これが結論としての落としどころを探ることを困難にしていると思っています。

「本音で話そう」は、議論がある程度進んだ時に更に話し合いを促進し結論に導くために用いる手段であり、それを軽々に持ち出すのは美しくも素晴らしくもない結果を招来しがちであることを、私たちも改めて認識すべきだと思います。

2016年10月 2日 (日)

(572) 行事ごとへの対応

秋は、学校でもいろいろと行事ごとがあります。

息子も、とある行事に参加することとなったのですが、そこでひと悶着ありました。

校外でのテーマ学習ということで、学校の外で社会経験を積む活動を実施することとなったのですが、基本的にいくつかの班に分かれ、各班ごとにテーマを決めて取り組むこととなっている一方で、その活動における息子の動静については、補助してくれる(大人の)人員が必要である、という学校側の申し入れがありました。

当方の基本スタンスは、学校行事の一環であり、もし補助する人員が必要なのであれば、その人員の確保は学校側で実施すべきである、というものでしたが、学校からは、保護者による手配も考えて頂きたい、ということでした。

何回かやり取りをしたところ、学校側で手配して頂くこととなり、行事実施までに補助してくださる人も見つかり事なきを得ました。

ただ、この補助者って基本的にはボランティア扱いであり、手当もものすごく低額です。このような条件であれば、なかなか引き受け手も見つからないだろうということは、容易に想定されました。

もし、親の側で見つけることを真剣に考えたらどうなるか。そんじょそこらの方にお願いするわけにもいきませんが、思いついたのは、療育施設で知り合った親御さんか、金を払ってでも療育施設の先生にお願いするか、といった対応かな、と。そういう人であれば、子の特性に対する理解も深く、一から説明する必要もありませんし。もしもどうにもならなければ、それもやむなしかと考えておりました。

このようなことをつらつらと考えると、学校側の特別支援教育への理解、通常学級にも6.5%程度の発達に問題のある子の存在への認識が足りないのではないか、という思いを抑えることができません。

妻とは、今後も同様のことがあるなら、敢えてこれらの行事に参加しなくても良いのではないか、と話し合っているところです。

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