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2016年6月 9日 (木)

(557) 息子の体育祭(運動会)

先週、息子の体育祭(運動会)が開催されました。

息子の行事嫌いは相変わらずで、体育祭前には「大地震が起きないか…」等と極めて物騒かつ不謹慎なことを言っていて、当日はどうなることかと心配していました。しかも、娘の運動会とは異なり、奇麗に晴れ渡った空の下…というとすごく良さそうに聞こえますが、参加者にとっても、見に行く親にとっても、この時期の太陽の下にいるということ自体が、かなりの苦行とですよね。

不安はありながらも妻と見に行きました。結果から申せば、彼は自分のやるべきことをキチンとすべてやっていたと思います。100mも走り切りましたし、なぜか全員リレーもあって、それもバトンを受け取り、走り、次の子に渡し、という一連の行動を若干の不器用さはありながらも全てこなしていました。

入場行進から閉会式まで、周囲から奇矯だと思われる行動も全く無く、集団に紛れられており、この点ではもう大丈夫だな、と胸をなでおろしているところです。

ただ、むしろ今回の体育祭やその前の練習等に関わり学校とのやり取りをする中で、息子への認識が小学校までとはかなり違っていることが浮き彫りとなってきました。

要因は二つあると思っていて、一つは一般通常の社会的な視点から普通に中学生に対し求める集団秩序の水準が高くなっており、息子にもそれを求められるようになったこと、もう一つは、幼少時から長く息子と関わってきた小学校での「あの子は、こういう子」という認識・受け止めが全く無くなったことから、ある意味双方の信頼関係の醸成が不十分となっていることが主因で学校側から疑心暗鬼で見られていること、です。

妻から聞いたところでは、ある日体育祭の練習から帰宅した息子は「初めて会うのに、あの体育の先生は何であんなに偉そうなんだ!」と怒っていた、学校の担任からは「今日、こんなこと(具体的なことは避けます)がありました。ご家庭でもよくお話をして下さい」と電話がかかってきた、というようなことがあったそうです。

やや乱暴ですがまとめてしまうと「まあ、これくらいならあの子は言いそう、でもこれまで練習ではブツブツ言っていたけど、本番ではちゃんとやってこれたよね」というベースができていた小学校と、そういう予備知識や経験が無く、しかも上級学校として生徒により厳しくあるべきと考え息子に接してくる中学校では、双方共に折り合わない部分が出てくるのは当然で、ある程度はやむを得ないと感じます。

親だからではなく社会人として両者を公平に見ようとした時に、学校の先生って必要以上に厳しくしていると感じる部分があるため、私はやや息子寄りになってしまいます。会社で集団行動なんてそんなにしょっちゅう求められるわけでもありませんし、時間や期限を厳格に守る人ばかりではない、ということも分かってきますし。

ただ、そうは言っても今いるところでそれなりに適応しなければなりませんから、改善に向けた努力や息子への働きかけはしていこうと思っています。

置かれたところで咲くためにも、これは親としての務めだと覚悟しています。

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