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2016年5月

2016年5月29日 (日)

(555) 娘の運動会

この週末は、娘の運動会でした。

今年度から息子が中学に進学したため、息子と小学生の娘の運動会は、場所はもちろん日程も異なっています。同じ校区内の小中学校だから、当たり前と言えば当たり前ですけど…(もし、同じ日にやったら、うちみたいな家からは苦情が出るでしょうし、来賓の取り合いにもなりますし…)。

息子は「母校」の行事になど全く興味が無いwobblyため家に残し、妻と二人で見に出掛けることとなりました。ほぼ全くと言って良いほど不安を感じることもなく(せいぜい、転んだりしなければいいな、くらいです)、のんびりと運動会を見ることができました。こういうのは、初めてと言っても良い経験です。

娘は、踊りも上手にやっていましたし、走る方もまずまずでした。とにかく「崩れる恐れ」や「奇矯なふるまい」が無いので、安心できます。

余裕があるから目に入ったのかも知れませんが、中学生もチラホラ見に来ていることに気が付きました。そういうのを見ると、「友達との懐かしい思い出の場所」「旧友と会えるかもしれないという期待」とはほど遠い息子と比較して、やっぱり違うなあと感じます。

なお、運動会は最後の最後に娘の組が逆転負けを喫してしまいました。そのことがショックだったようで、娘は帰宅してもグッタリしていました。こればかりはねえ…と思う一方で、「『勝ち負けにこだわる』ってもしかして特性?」と不安をかすめる一幕もありまして…coldsweats01。まあ、多少はあってもしょうがないのでしょうけどね。

それでも、お兄ちゃんのいない環境で両親と時を共有できたことは、本人にとっても良い経験となったのだろうと思っています。

その前提として、息子が一人で家で留守番できるようになった、というのも大きいのですけどね。

2016年5月21日 (土)

(554) 中学の通級

息子の中学校進学に当たり、小学校に引き続き通級指導を希望しました。

こちらの希望は通り、通えることとなったのですが、入学後現在までは、まずは在籍校や中学校のしくみ自体に慣れることを第一義としているためか、まだ始まってはおりませんdespair

妻から話を聞く限り、中学校での通級指導では、定期試験という中学校から始まる試験のやり方への対応も指導してくれるようで、結構良さそうだと思っているのですが、小学校時代と比べて通級指導の応募者は少ないようです。

やはり多感な中学時代、人と違うことをやることへの本人の抵抗が強まるのもありますし、一日別の場所で授業を受けることによる学業の遅れへの親の懸念もありますから、そうなるのはやむを得ないことかと思います。

そうは言っても、相変わらず学校がイヤな息子にとって、少人数での指導の場は息抜きの場所ともなり得るし、文字に表されていない中学校生活の「当たり前」のルールやその他の指導はやはり必要だろうと考え、本人の同意を得て申し込んだのが実態です。

来月からいよいよ始まることもあり、その様子を見ながら少しずつ改善できるところを見つけていくしかないだろう、と考えています。

中学校は3年間、あっという間に過ぎて行くのでしょうし、その後の受験もありますから、学業の「欠け」の補完に多大な負荷がかかるようであれば、やめることも考えなければなりませんし。

2016年5月 8日 (日)

(553) 表面的な取り繕い

最近は、暴力はもちろん暴言も公共の場・教育の現場で許さない風潮が広がってきています。

これは、とても結構なことだと思うのです。少なくとも私が子どもの頃は、ひどいからかいや悪口は当たり前、時には取っ組み合いのケンカもあったことを考えれば、隔世の感があります。

とはいえ、それが本心と結びついた行動なのかについては、疑問符がつきます。周囲からそういう風に指導されているから仕方がなくそうしている、という子も少なくないでしょう。

問題は、それが沈潜して別の形で表出してきているのではないか、ということだと思っています。昨今はちょっと聞かなくなりましたけど、学校裏サイトでのひどい誹謗中傷、LINEをめぐる軋轢・グループはずし等のイジメなど、何かの拍子に心の闇が噴き出すようになってしまっている感があります。これらは、ますます隠れた方向でしっかり残っていきそうです。

こういう風潮になると、表は何事も無かったように振る舞われていたとしても、裏で何をされているか分からない、知らぬが仏状態なのではないか、という疑心暗鬼が広がって、攻撃対象とならないようますます「空気を読む」ことに精力を注ぐようになる結果、それだけで疲れてしまう子が出てきてしまうのもやむを得ないですよね。

こういう風潮では、発達障害の子は極めてやっていきにくいだろうと思います。表面的には何も無いなかで、自らの感覚では察知できない何かがやはりあって、それによって確実にやりにくく生きにくくなっていく。

異質なものを「放置する」「生温かく見守る」というソーシャルスキルは、健常児でも発達途上では皆が身に付けられるものではなく、ある程度の衝突は不可避であろうと思います。

発達障害は、ブームと揶揄される程度には人口に膾炙するようになってきましたけど、それによって何も変わらないのだとしたら、まさにブーム以上にはなりません。表面的な取り繕いを越えて健常者の理解を得られるようになるのには、まだまだ時間がかかると思います。

2016年5月 1日 (日)

(552) GWの帰省終了

昨日は、日帰りで私の実家に帰省していました。

「日帰り? モッタイナイじゃん!」と思われるのはごもっともではありますが、親の側も年を取ってきて体調不良を訴えており、長居して気を遣わせるのは後で疲れが出る心配があること、こちらも長居するとボロが出るcoldsweats01恐れがあること、おまけに子供達の体が大きくなってきており、一部屋に収まって寝るのが難しくなってきていることから、今回はこのような帰省方法を取りました。

その代わり、これまでは車での移動であったところ、往復新幹線というゴージャス(?)な旅をすることとなりました。こちらは、単純に私が一日で往復するのはシンドイ、渋滞に巻き込まれたらさらにキツイ、という事情によります。今まで、必ず往路か復路のいずれかで渋滞に巻き込まれてきたのですよね…bearing 新東名は豊田東まで延伸しましたけど、復路の御殿場での合流はやはり無理があるよなあ、と思っています。

さて、鉄ちゃんの息子に「新幹線に乗れたのは嬉しいか?」と聞いたところ、意外にも「前も乗ったことがあるから、それほど嬉しくはない」そうでした。何だかな~。

それでも、事前に「おじいちゃん、おばあちゃんに会ったら「お世話になります」と言うんだよ」、「帰りには「お世話になりました」と言うんだよ」と言っておいたところ、それはキチンとこなせていました。さすが中学生のお兄ちゃんですねhappy01

また、こういう機会には、私の姉夫婦もやってくることとなっており、そちらには一人女の子(息子から見れば従妹)がいます。我が家の娘も含めて一緒に遊べるよう、UNOを買って行ったところ、ひとしきり一緒に遊ぶことができました。なおUNOは昔、ある療育機関で課題の合間にやったことがあり、それなりにルールを知っていることから、選択しました。

その後、女の子同士の遊びが始まると、息子を連れだして夕飯を買いに行ったりなどして何とか時間を過ごし、無事に今年の帰省を終えることができました。

息子の障害について話をしてこなかったことが良かったのか、若干疑念はあります。でも、もし障害発覚の時点で話をしていたら、情の深い親がここまで長生きできただろうか? とも思っており、少なくとも何とか変わった子という認識の範ちゅうで収まっている中で、今更障害の話をすることもないなあ、と思っています。

そもそも、中学生になると多忙であり、またお年寄りと会話が弾むこともあまりないため、普通のご家庭でも必ずしも子供を連れて行かなくなるような例も少なくないようです。今後は、例えば妹の方だけ連れて行く、というやり方もあるなあと考えています。

取りあえず、年に一度の「お勤め」を無事に終えてホッとしています。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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