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2016年5月 8日 (日)

(553) 表面的な取り繕い

最近は、暴力はもちろん暴言も公共の場・教育の現場で許さない風潮が広がってきています。

これは、とても結構なことだと思うのです。少なくとも私が子どもの頃は、ひどいからかいや悪口は当たり前、時には取っ組み合いのケンカもあったことを考えれば、隔世の感があります。

とはいえ、それが本心と結びついた行動なのかについては、疑問符がつきます。周囲からそういう風に指導されているから仕方がなくそうしている、という子も少なくないでしょう。

問題は、それが沈潜して別の形で表出してきているのではないか、ということだと思っています。昨今はちょっと聞かなくなりましたけど、学校裏サイトでのひどい誹謗中傷、LINEをめぐる軋轢・グループはずし等のイジメなど、何かの拍子に心の闇が噴き出すようになってしまっている感があります。これらは、ますます隠れた方向でしっかり残っていきそうです。

こういう風潮になると、表は何事も無かったように振る舞われていたとしても、裏で何をされているか分からない、知らぬが仏状態なのではないか、という疑心暗鬼が広がって、攻撃対象とならないようますます「空気を読む」ことに精力を注ぐようになる結果、それだけで疲れてしまう子が出てきてしまうのもやむを得ないですよね。

こういう風潮では、発達障害の子は極めてやっていきにくいだろうと思います。表面的には何も無いなかで、自らの感覚では察知できない何かがやはりあって、それによって確実にやりにくく生きにくくなっていく。

異質なものを「放置する」「生温かく見守る」というソーシャルスキルは、健常児でも発達途上では皆が身に付けられるものではなく、ある程度の衝突は不可避であろうと思います。

発達障害は、ブームと揶揄される程度には人口に膾炙するようになってきましたけど、それによって何も変わらないのだとしたら、まさにブーム以上にはなりません。表面的な取り繕いを越えて健常者の理解を得られるようになるのには、まだまだ時間がかかると思います。

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