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2016年3月 4日 (金)

(546) 純粋培養

息子の小学校生活も残り1カ月を切りました。

中学に進学するにあたり、思ったことを述べてみます。

息子は、中学受験をするに足りるほどの発達段階にはありませんでしたが、発達段階に達していたお子さんの大半は、受験をして公立中学校には進学しないこととなりました。つまり、一定以上の富裕層で、かつ発達段階に達していたお子さんで全滅しなかった者は、公立中学には通わない、ということになります。

中学受験は、究極的には有名な大学に進み、そこから官庁や一流とされる大企業への就職を目指すためのステップですから、その道を先に進んだ方々がその目的の端緒となるステップを達成されることは、それなりに意義があることだと思います。

ただ、それでも当方が懸念するのは、そういう環境にいることが、多くのムダを削ぐことによる弊害もあるだろうな、ということです。

私もオジさんになって、管理職として日常的に若手社員と接することはあるのですが、彼らは我々が若かった頃によく言われた「まずやってみろ」に素直に従わないことが多いです。そして、すぐに「やり方を教えて下さい」と言い出します。

一応、それなりに難関とされている大学の出身者ではあるのですけど、彼らは試行錯誤というものに重きを置かない、それどころかムダなことだと思っているように感じられます。

これも世の流れだと言えばそれまでですけど、最短ルートで効率よくを実践してきた者からすれば、当然の思考だと言えます。でも、それだとちょっと型にはまらないものがあった時に、立ち往生することになるのではないか、と危惧します。

ブレーキにもアソビと言われる部分があり、何でもギチギチに詰まっているといざという時に機能を発揮できないことが少なくないことを考えれば、自分と同じ、或いは似た属性の集団の中に居続けることは、メリットばかりではないと強く感じます。

ダイバーシティという言葉も人口に膾炙するようになっていますが、純粋培養よりも多様性に富んだ集団の方が生き残る確率が高いことは周知の事実です。このことを考えると、勝てば官軍なのか、雑草の強さなのか、その間でどのあたりに我が子が立つべきかを再確認した方が良いだろう、とは思います。

効率重視、最短距離志向、コスパだけでは得られないものに、今一度注目してみても良い頃ではないだろうか…行き詰まりつつある世相を見てそう思います。

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