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2015年12月

2015年12月30日 (水)

(539) 今年の終わりを迎えて

今年も残すところ2日を切りました。

息子の小学校生活も、あとは三学期を残すのみとなります。やむなく普通学級を選んだ時期からすれば、既に6年を経過しています。中学への円滑な移行のため、近所の中学校の説明会に行ったり、通級指導が行われている中学校の説明会にも出向いたり、とやるべきことはやってきてはいるのですが、まだ近々中学生になることを、今一つ実感を持って感じられていません。

本当に行けるか、行って大丈夫なのか、とかなり不安を感じてスタートした息子の小学校生活ではありますが、爾来5年9カ月、何とか普通学級に在籍したままで過ごしてくることができました。

でも、普通学級を選択した当時から、「いずれ普通学級だと限界が来る時があるかも」と考えており、特別支援学級の一つである情緒障害学級があれば、迷わずそこを志望したのに、という思いは今でも多少あります。息子の通う学区には、情緒障害児向けのものが設置されていないことから、やむを得ず普通学級を選択しました。今の普通学級に通級指導教室を加えた形が、最善では無いものの次善ではあったのだろう、とわかってはいつつも、「でもねえ…」との感をぬぐいきれません。

私の住む地域では、通級指導教室は現在形を変えつつあります。

具体的には、これまでのように子供が通級指導教室の設置されている(自分の在籍校とは別の)学校に通うのではなく、それぞれの在籍校の中で通級指導教室で実施されている内容を受けられるよう先生の方が各学校を巡回する「特別支援教室」の準備を進めており、その準備が整ったところから順次そのような対応を実施していくというもので、週に一度とはいえ親の設置校までの送り迎えの負担が軽減されますし、同じ学校内ですから個体の情報の共有もこれまでよりは容易、ということになろうかと思います。もっとも、息子は卒業してしまうので、この制度改革の恩恵にあずかることは無いのですけれど…。

この時期、どうしても過去の振り返りと、それに伴いもう少し良い方法があったのではないかという無いものねだりの気持ちが強くなります。

今年一年の中で一番思い出深かったことというと、(510)で書いた運動会での息子の成長ぶりです。中でも、紅白各組の得点を集計し、全校生徒の前でそれを発表するという大役を果たした時の感動は、今でも印象深いものでした。

得点係であることは知っていたものの、その係の仕事の中にそのような大役も含まれているとは知らされていなかったので、いざその場面が始まった時には驚きましたし、不安で祈るような気持ちにもなりました。無事に大役を務め終えられたのは、息子の成長とたまたま息子の属する組が勝ったという偶然の相互作用によるものだろうと思います(まだ、勝ち負けにこだわりが多少残っているのでcoldsweats01、もし負けていたらどうだったろう? と考えると背筋が寒くなりますが、それも含めて「持っている」子なのかも知れないと思い直しています)。

そのほか、秋には2泊3日で実施された校外学習(修学旅行)にも参加し、無事に帰ってきました。家族のために、ちゃんとお土産も買ってきてくれました。ただ、よくある旅先のクッキーで、本人の食べるものでもあったため、厳密に100%家族のためのものだったのか、疑問は残りますけれど。

たまに、友達と約束して家に遊びにきてもらえたりもしますし、入学当初にはこのような友人との交友ができるようになるとは想像できませんでしたし、それが継続できるとは思いませんでした。親としては嬉しい誤算でした。

一方で、学校嫌い、学校への拒否感・否定感はまだまだ継続しています。何がどうイヤなのか、を本人に具体的に指摘させるのに苦労しているものの、聞き出せたことは担任の先生と話をしてできるものは改善するようにしています。

この一年、過去経緯も含めて考えると本当にいろいろあったな、と思います。残りの3か月が、実り多いものになることを願っています。

皆様も、良いお年をお迎えください。

2015年12月20日 (日)

(538) 通級指導教室での変遷

息子の通級生活も5年目。

通い始めてしばらくは、親の方も勝手がわかりませんし、先生が立てた予定を基に日々の「お勤め」をこなすような感じでした。

在籍校に通級指導教室が設置されていないことから、通級がある日は、親の側も妻や私が通級指導教室設置校まで送り迎えをすることとなります。娘が幼稚園に通っている間は、もっぱら私が朝の出勤を遅らせて送ることが多かったです(こういうのは、フレックスができない会社にお勤めの方だと厳しいですよね)。

私の送りの道中は、振り返ると結構ストレスが大きいものでした。まず、在籍校よりもはるかに遠いので、そのことでブツブツ言われることも少なからずありました。そして、横断歩道には在籍校が配置した交通監視のおじ(い)さんがいて、在籍校とは逆の方向に向かう私達親子に対して、かなり奇異な目で見られたりもしました。まあ、そりゃそうですよねgawk

一方で、道中の草花の成長、家の改築、通り過ぎる猫、気温や天気などで、息子と会話のトレーニングをしたりもしていました。こういうありふれたネタでの会話は、社会人になっても必要だろうと思ってのことでしたが、それなりに回答が返ってきました。ぎこちない内容ではありましたがcoldsweats01

何はともあれ、通級にも慣れ、妹が幼稚園を卒園して通級への送りも妻にバトンタッチするようになる頃には、息子もそれなりに大きくなってきたことに加え、我々も慣れてきたことから、通級の有効活用方法が段々わかってきました。

息子は、日々の在籍校での授業において、一斉指示中心の普通学級ではどうしてもついていけない部分が出てきており、しかもうまくついていけていないことを先生に適切に伝えられない息子は、結果として本当にわかっているのか怪しい部分も少なくない状態となっています。それを、家と通級の担当の先生で情報を共有して、補習していくような形を組むことができるようになりました。

もちろん、情緒面での指導も継続して実施して頂いています。

特に、学期末に通級に通っているクラス全員で実施するクラス親睦会に対しては、当初息子はかなり否定的で参加させるのも大変でした。それでも今では、それなりに自分の意見を適切なタイミングで述べることができるようになり、企画にも積極的に参加できるようになりました。またゲームで負けても、かんしゃくを起こしたりすることが無くなっています。

加えて、在籍校で発生するトラブルについても、通級の授業の合間を使って、言葉でうまく説明できない息子からうまく聞き出してくれたりもします。これは、息子と信頼関係を構築でき、かつ指導も適切な担当の先生の力量という偶然によるものも大きかったと思いますが、このことは通級を選んだことがかなり奏功した部分だと感じています。親に対しては言いにくいことも、通級の先生には言えるようで、この情報を基に、全部ではないにせよ改善に向けた取組み・在籍校の担任への働きかけをすることができるようになりました。

このように学業・情緒とも継続的かつ家庭と一体となって取り組んできたことは、100点満点とは言えないまでも、それなりに意義があったと思います。

我が家が小学校の通級を利用するのは、残り3か月となりました。今後、通級に通わせようとお考えの方は、最初はともかくいずれは親がコーディネートして全体最適な形を構築・実践していくことが大切で、そのことが通わせる効果を最大限引き出すために必要である、という認識を持って頂きたいと思います。

2015年12月13日 (日)

(537) 雄弁は銀

我が子の言葉の発達が遅くヤキモキしてきた親にとって、やっと言葉が出るようになった時の喜びは、とても大きなものがあったと思います。でも、発達障害児・者においては、それで言葉の問題が全て解決するわけではありません。むしろ、言葉を発することができるようになった後で、問題は更に複雑化・深刻化します。

それをひとことで言えば、「発言の不適当さ」に尽きます。ここで言う「不適当」は、内容のみならず表現の仕方、タイミング、状況といったさまざまな側面から判断して、一般的な価値観からすれば、不適当となるということです。

発達障害児・者は、健常者が暗黙の了解としている内容を理解しにくく、周囲が「ここでこの人にそんなことをそこまで言うのか」と驚き、呆れてしまうようなことを言ってしまいます。しかも、無邪気に。

無邪気とは、悪気が無いという意味では全くそうであるものの、それだけに時に人の肺腑をえぐるような鋭さを持っていることもあります。そして、かつてはそういう特性を持つ人がいて、脳の器質的なところが原因のためその無邪気さを治すことも難しいということが知られていませんでしたから、徹底的に排除の対象となってしまってきました。これは、一面ではやむを得ないことだったと思います。

私達発達障害児の親は、言葉の遅さに気を病むことが多かったと思います。実は、言葉が出てからも常に周囲の子と比較して、言葉の発達の遅さは歴然としていましたし。そして、やっと言葉が増えてきたなと思ったら、今度はその不適当さで悩むようになるのは、とても皮肉なことです。人よりも周回遅れで社会性の芽が育ってくることが多い彼らにとって、既に周囲の大多数が通過し、その年齢では許されない発言をしてしまうことが多いという事実は、否めません。

世の中において、「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉があります。これは、「沈黙」を銀よりも高価な金にたとえたもので、よどみなく話せることも大事だが、黙るべきときを知ることは、もっと大事だ、という意味だそうです。

この言葉は、恐らく発達障害児・者を念頭に置いたものではないでしょう。そして、恐らくは健常者と言えどもこの手の「口はわざわいの元」により痛い目にあってきた人が多いからこそ、共感を得て人口に膾炙してきた言葉だと思うのです。

発達障害児・者には、ADHDを合併している方も少なからずいて、不用意な発言を本人もやめたいと思っているのに、思い浮かんだことをそのまま言ってしまう場合もあります。衝動性を抑える薬というのもありますが、個体による相性に加え医師によっては薬を使うことに消極的な場合もあって、なかなか思うような結果につながりにくいことが多くなります。

ただ、だから放置というわけにもいきません。少なくとも我が家では、「本当のことだから言って良い」のか、「自分が言われても不快に思わない」のか等、家族での会話の中で、この発言はどうかなと思う時には、流さずに問いかけ、「周りの子は、そういうことを言われたくないと思うよ、お父さんはイヤだよ」と伝えるようにしています。これが正しい最短距離だとまでは思いませんが、少しずつ「黙る」技術を身に付けるためには、理解し納得することが必要だと思っています。周囲との関係を決定的に悪化させてしまっては、本人も辛い思いをしますし。まだマシな状況でいるためには、そうするより他にないだろうと思います。

奏功すると良いのですけれど。

2015年12月 6日 (日)

(536) 続・子離れ(息子の一人旅)

今日、息子は一人旅に出ました。

この一人旅に名を付けるならば、都内の電車乗り継ぎツアーですtrain

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