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2015年11月

2015年11月29日 (日)

(535) 子離れ

健常児育児においては、子が受ける親からの影響力は、段々小さくなっていきます。健常児が大多数を占める世の中では、それが普通とされています。

成長過程において、生まれた当初は親だけしかなかった世界。そこに友達やその親、更に学校の先生やお店の人等が加わって、影響を与える存在が増えていきます。そうなると、相対的に親の影響力は低下せざるを得ません。

でも、障害児育児ではそうではないのですよね。どうしても、できないこと・不得手なことが多く、親が関わる割合が多くなります。健常児同士であれば、子供同士で解決させるような場合でも、自分の状況を説明できなかったり、考えをうまくまとめて伝えることが難しかったりする場合も少なくありません。かえってこじれることを避けるためには、やむなく親が介入する等関わり度合いが多くなってしまうことは否めません。

ただ、それをいつまでも繰り返していてもいけないとは思うのです。腹を括って、一度は一人でやらせてみる、特に本人がやりたいという意思を示した場合は、その発意を認め、取り組ませてみるということは、成長のためにも必須であろうと思います。

キツイ言い方をすれば、親は自分が面倒なことに巻き込まれたくなくて、騒動の発生を未然に防ぐことを優先していないか、もっと言えば自分がラクをしたいために、介入していないか、を考えなければならないと思うのです。

もちろん、生死にかかわるようなチャレンジングなことを、いきなり一人で全部やれ、というのはやり過ぎです。ここまでなら一人でもできるだろうという判断をしたことについて、例えば困った時の連絡先と連絡手段を手配する、世の中では、こういう時はこうした方が良いとアドバイスする、等のサポートをして、最後はエイヤーでやらせてみる。そういうことをいつかはやらなければならない…そう思います。

世間様よりも遥かに遅くなってはいつつも、親はいつまでも生きられません。見守れる時間には限りがあることを視野に入れ、子離れ準備をしていかなければなりません。見ていてハラハラさせられても、グッとこらえる。何もしないことも、時に子供のためになると思います。

2015年11月21日 (土)

(534) 文集

これまでもお伝えしてきたように、息子は筆記が苦手です。

これは、発達障害そのものの特性というよりは、神経のつながりの弱さ・不具合から派生する協調運動の問題だろうと認識していますが、やはりどうにもぎこちないのです。おまけに、小学校って漢字の留める・跳ねるにかなり厳しい面があって、息子の苦手意識に拍車をかけてしまいます。

漢字なんて、元々象形文字からスタートしたものが多かったわけで(だから、欧米人はまさに「漢字が絵に見える」とおっしゃるわけですが)、視覚で意味を伝えられれば良く、些細な留める・跳ねるにこだわるのはナンセンスだと思うのですけどね。おまけに、大人になって「読めない」字を書かれる方は、珍しくないけどそれなりに生活できているのに、そこにこだわってどうする? とは思います(「ワープロで清書して」と渡された手書き原稿が、本当にミミズの這ったような「字らしきもの」で、困った経験をされた方ってきっとおられますよね)。

…話を本題に戻します。息子は、一年生の時には、かなり大きなマス目の中に字を収めるのにも苦労していました。それでも、今では普通の原稿用紙にキチンと収めて字を書くことができています。これは決して当たり前にできたことではなく、通級指導教室や妻のたゆまぬ指導の賜物であってその労苦に深く首を垂れるものであります。そして、小学校卒業まで残り半年を切った中で、そういうのあったなあと思い起こさせられているのが、標題に記載の文集になります。

これについては、卒業式頃に配布されるものである以上、その前に書籍の形に印刷する必要があり、原稿を書くのは今頃からになるのです。この原稿を書く作業については、①テーマを何にするかを決め、②それに基づいてキチンとした内容となるよう頭の中で構想を練り、③下書きをしてみた後に、④奇麗に清書することが求められます。息子にとって、見事に苦手なものが並んでしまいます。

私は、一応ブロガーの端くれであり、書くことには全く苦手意識がありませんが、息子にとってはかなり辛い作業のようです。それでも、通級指導教室の先生の粘り強いご指導を得て、若干意味不明なところはあるものの、途中で投げ出したり書くことを拒否したりすることなく何とか形になるところまで持ってくることができつつあります。ありがたいことだと、改めて思わざるを得ません。

こういう苦労をしている者がいながらも、残念ながら文集なんて卒業してしばらく経てば、そんなものがあったことすら記憶の向こうに行ってしまうようなものではある一方、それでも形として残るものでもあり、何か機会があると、それが取り上げられることがあったりする点で、厄介なものだなあと感じています。

振り返ってみると、学校でやらなければならないことは、息子にとって多大な苦行になってしまう性質のものも多くありました。中学に進むに当たっては、そういうものをうまくかわすテクニックを身につけ、うまく妥協を図りつつ自分の興味関心の世界を広げて行ってもらいたいと感じます。

2015年11月15日 (日)

(533) 不妊と子の障害

発達障害に関わっていると、ともすれば忘れがちになることに、我々は子を授かっているという事実があります。

何を言っているのか? と疑念を感じられる方もおられることでしょう。ここで当方が感じているのは、そもそも子が授からずに悩んでいる方も、決して少なくはないということです。

子を授かるのは、当たり前のことではないのです。更に、人によっては、辛い不妊治療を経てやっと授かった子が発達障害だった、ということもあると伺っています。

何かが解決した途端、そのことで悩んでいたことは記憶の向こうに飛んでいき、別の悩みに捉われてしまう。このことを考えた時に、人間のサガとは何と罪深いものだろう…と思わざるを得ません。

不妊に悩んでいる夫婦と、子の障害に打ちのめされている夫婦。どちらも、心安らかには中々なれないでしょう。ともすれば生物学的、遺伝的な原因が夫婦の片方、あるいは双方にあると考えがちにもなりますが、最後は順列・組み合わせと運の問題もあります。あれこれ考えても心が晴れるような回答が出て来ない確率が高いことを考えると、そういう迷妄に時間を費やし心をすり減らすよりは、今与えられている境遇の中で精いっぱい生きることに注力した方が、美しいと感じます。

もちろん、楽ではないでしょう。でも、例えれば人生劇場において俳優・女優としてその役を演じ切ることって、それはそれなりに充実感が得られると思うのです。

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ではありませんが、置かれた境遇の中で精一杯のことをして、今日も頑張ったという満足感を積み重ねていくことは、心の平衡に役立つ有効な手段ではないでしょうか。

2015年11月 8日 (日)

(532) 娘の女子力

娘も小3になって半年。

登校について、小2の後半くらいから若干嫌がるそぶりを見せてはいましたが、ここのところは毎朝、あれこれ理由を作って登校したがらない姿勢を見せます。もちろん、親も簡単に折れてはいけないと思っており、こちらもあれこれ策を弄しつつcoldsweats01今までのところ不登校に至らせることにはなっておりません。

この対応は息子への対応と一貫させています。逆に、もしそうしていなければ「お兄ちゃんは許されていたのに、どうして私は?」という問いにつながったでしょうから、それは正しかったと自負しています。

ただ、娘の様子を見ている限り、女子力は高くないと感じます。女子力を私なりにレッテル貼りをするならば、「寄り添う(ふりができる)力と華麗にスルーする力」だと思っていますが、違いますかね? これは、それほどハズしてはいないと思うのですけれど、娘はやはりそういう力が弱いように思います。

もし、女子力偏差値があるとしたら、50以下であろうことは確実で、もしかしたら40ギリギリくらいかも知れません。

やはり兄妹である以上、診断が下りるほどではないものの人付き合いに関わる遺伝的要因はある程度似通ってきていることが想像され、それがために学校の中で段々やりにくさを感じるようになっているのではないか、と憶測しています。従って、登校渋りが発生するのもやむを得ないのかな、と感じます。

人の話を聞いて共感し「うん、そうそう! わかるわかる!」と本心でなくても言える力、危なそうなものを瞬時に読み取って近寄らない力は、女子の中でもばらつきがあるでしょう。そういう力が弱い子は他にもいるので、当面はそういう子と仲良くするように促していますが、これも対処療法的だな、と感じてはいます。

それでも、先日友達を家に呼んで仲良く遊ぶことはできています。そういう機会を増やしながら、少しずつでも「女子力」が上がっていくことを期待しています(でも、これはオトーチャンには教えられないことなのですよね…)。

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