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2015年10月24日 (土)

(530) 親の会の困難さを検証(2)

親の会に関わり、設立目的は主に①行政・議会への請願と②相互の情報交換の2つがあること、でも特に②について、設立者のキャパシティとその後に入る人のニーズがかみ合わない場合があることを、前回お話しました。これをもう少し深掘りしてみましょう。

もう少し親の会の構成員を俯瞰すると、皆に共通するのは、子が障害を持っているという一点のみである場合が多いということに気付きます。加えて、しかもその唯一かもしれない共通点も、子供の障害の種類や程度は個体により千差万別です。

もし、子に障害があること以外にも共通するものがあれば、お互いの交流ももっとスムーズになる可能性が高いでしょう。しかしながら、育った環境も学歴も勤め先も趣味も嗜好も興味関心も違うとなると、元々一点だけの共通点でみんながまとまることって、かなり難しくなりますよね。

しかも、せっかく集まっても、子の障害の種類や障害の軽重によって、参考にならない部分も少なからずあるとなると、唯一の共通点により集まって活動することにより達成・獲得される成果がかなり大きく充実感の得られるものでない限り、活動が盛り上がりにくくなるのは仕方がないと思います。先輩親に学べるものが多くある、というのはかなりの部分で運とタイミングが作用します(∵そもそも障害児の人口密度は低く、その中で種類や軽重度合が同じ人と出会えることは、僥倖だと捉えた方が的確だと思います)。

そうこうするうちに「親が自分の家庭の足元課題の解決に追われてしまい、周囲と関わる余裕がなくなってしまう」状態になって足が遠のく、集まりが間遠になるのもむしろ当然だ、くらいに受け止めるべきことだと考えます。

一方で、そのような状況であっても、行政や議会に届かせようとする声の内容が、あらゆる障害種別、障害の軽重に共通するものであれば、皆が必要性を感じ、取組みも盛り上がるでしょう。そういうテーマを発掘する余裕と熱意を、運営するコアメンバーがどの程度持続的に維持できるか、それができない限り、親の会の持続可能な発展は難しいと言わざるを得ません。

それでも、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」ということで、情報交換以前のおしゃべりの場、もしかしたら単なる愚痴吐き場としての機能というのもあって、その存在意義は、意外にあると思っており、緩やかな繋がりを持てる場として、細々と続いていく、というのはそれはそれでアリではないでしょうか。

壮大な理念と目的のために一瞬で燃え尽きるよりも、細く長く地味に続くことにこそ重みがあるのではないか、と捉え直すことも必要だと感じています。

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