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2015年9月

2015年9月27日 (日)

(526) 息子との外出

先週は、息子ととある乗り物系博物館に行ってきました。

大宮の鉄道博物館は規模も大きく、それを目当てに来る大人もいるのですけれど、今回行ったところは規模も小さいせいか、もっぱら幼稚園~小学校低学年の子がほとんどでした(もちろん、その子供達を連れてきた親はいますけれど)。

こういう環境になると、やはり息子は頭2つ分くらい大きく、場違い感が漂います。でも、本人は至って楽しそうで、展示物を眺め、模型電車の運転をしたりと満足したようです。

乗り物系の博物館って、どこもそれが売りなんですけどね。本当は、地味な展示物である昔の路線図だとか、当時の写真だとか、鉄道の装置の説明等がメインであるべきなのでしょうけれど、そういうものにはほとんど興味を示しません。

他の趣味ができれば良いのに、という思いと、まあこれで済むならこれでも良いか、という思いが交錯します。人に迷惑をかけたりすることはありませんしhappy01

思い起こすと、昔は少しも目を離せませんでしたけど、今は普通に時間を決めて「11:45にまたこの場所に集合」と約束して別れられるようになっています。時間はほぼきっかり守りますし、当時は将来をかなり心配していたことを思うと、悲観し過ぎてはいけないな、と思います。

とはいえ、相変わらず乗り物への興味は強いですし、余暇の過ごし方も、ワンパターンになってきている傾向があるので、何か無いかな、とは思っています。

それとは別に、こうやって親子で一緒に出掛ける機会も、今後段々減っていくのだろうなあ、と思います。ありがたくもあり、寂しさもあり…

「手がかかって大変」と「手持無沙汰で寂しい」は、表裏一体の感情なのでしょうね。

2015年9月20日 (日)

(525) ゆっくりとした心の成長

シルバーウイークも2日目、それでも残り3日も休めるのかと思うと、天にも昇る気持ちになります。恐らく息子もそうでしょう。

シルバーウイークの後、2日学校に行けば又お休み。9月もほとんど終わっていきます。残り半年で卒業です。

入学後現在に至るまで、結局最後まで学校好きにはなりませんでしたけれど、不登校にはならずに済みました。不登校については、読者の方もいろいろとお考えはあるとは思います。

私はイジメ等が無い限りは、ここは譲らない方が良いと考え、そのように対処してきました。遅れても良いから(本当は良くないけれど)学校には行かせる、お休みをするのは体調が悪い時だけ、体調が悪くて休むのであれば、その理由から考えて当然ゲームしたり遊んだりは不可、おとなしく寝ている、というルールを徹底して、休んだ方が得にならないようにしてきたことが、それなりに奏功したものと考えています。

何度か着陸寸前までの低空飛行を経験しましたが、一貫してそのルールを徹底してきたことにより、今では前ほど学校に対する「イヤ」の声が小さくなってきました。そして、少しずつですが、やっぱりみんなと一緒に行動したい、という気持ちが大きくなってきたように感じます。

発表会での楽器演奏等苦手なことがあった時、親としては「やっている真似だけでも良いよ」と譲っても、本人が「それではイヤだ」と一緒にやることにこだわりを見せるようになってきたことは、一般の人から見れば「大したことない」「当たり前」のことなのでしょう。でも、昔を知っている親としては、格段の進歩だと思うのです。

いつの間にそのような心持ちになったのだろう、ゆっくりだけどやはり心は成長するのだな、と親バカながら嬉しく思います。

どうなることやら…と心配し続けてきた息子の小学校生活ですが、今後急に波乱があることは想定しがたく、このまま行けるのではないかと思えるようになってきました。

そうなることを期待しています。

2015年9月12日 (土)

(524)それぞれの進路(2)

(前回の続きです)

妻は、通級指導教室の保護者会だけでなく、その他の療育先でも、それなりに親御さんと知り合いとなっていることもあり、彼女たちと今後の進路について情報交換をしてきたようです。

読者の方からすると期待外れcoldsweats01かも知れないですが、そのまま公立中学校に上がって引き続き通級指導教室に通う、という子がメジャーです。それでも、中には普通学級しかない私立を受けようとする方もおられます。

こういう時、健常児の親同士なら「あら、勉強できる子は良いわね~」等と素直さとやっかみが入り混じったリアクションをするのでしょうけれど、こちらの世界の方々の場合は、そういうところよりも「入って何の支援も無くて大丈夫?」という心配の方が先に立ちます。

もちろん、成績がギリギリだという意味での学習支援についての話ではありません。人とのコミュニケーションが苦手な我々の子供達が、バリバリの健常者の世界に支援なしで入って、本当にやっていけるのか? ということを心配してしまうのです。他人の子だから放っておけ、という見方もあるでしょうけれど、やはり我が事のように感じてしまうのですよね。

その親御さんは、「書字をあまりしなくても良くて、宿題が多量に出る等学習指導があまり厳しくない学校を考えている」のだそうです。こういう基準で学校選びをする親って、世間一般ではあまりいないだろうな、と感じるとともに、やっぱり子の特性を良く見て考えておられるのだな、との思いを新たにしました。

親とはかくもありがたいものだ、ということなど今の段階の子供達にはまず理解されないことでしょうね。

残された小学校生活も半年近く、お受験までは4ヶ月半(のところが多いと思っています)となっていますが、皆がそれぞれの希望を達せられると良いな、と感じます。

2015年9月 6日 (日)

(523)それぞれの進路

新学期が始まって、一週間が経過しました。息子が通ってる通級指導教室も始まりました。

学期の初めに、早速通級指導教室の保護者会も開催され、妻が出席しました。

6年生で残り半年ということもあり、今後の指導や行事についての説明もありましたが、どちらかというとその後の進路(わかりやすく言えば通級指導教室の設置されている中学校)の説明会日程等の説明の方が周囲の関心が高かったようです。妻にとっては、そういう公的な情報の入手も大切でしたが、それ以上にママ友との情報交換が有意義だったようです。

あるお子さんは、結構遠くの学校の受験を考えている、別のあるお子さんは、それまで通っていた手厚い支援のある学校での進学をやめて、別の学校を志望する、というようなお話を聞き、それなりに感じるところがあったとのことです(もちろん、聞いた私もそうですけれど)。

ここから先は、完全に一個人の感想となりますが、昨今の療育事業者の増嵩を見ると、これまではこの世界で第一人者と目されるところも、保護者ニーズの取り込みをしっかりしないと、保護者側から見限られることとなるのではなかろうか、との思いを強く感じます。

もちろん、第一人者と目されるところは、それなりに安定感があって、古くからの繋がりやたくさんのOB・OGとの関わりもあるのでしょう。でも、仮にどなたかに選ばれなくても他に多くの希望者がいるからそれでも甘受する、というスタンスではいない方が良いのだろうな、と感じます。

そして、逆に新しいところは、新進気鋭と言えば恰好良いですけれど、玉石混交あるいは経験不足ということもあり得ます。こんなはずではなかった、という思いにかられる方も、少なくないだろうと思うのです。

高機能で、健常の荒波にもまれつつ、それでも何とか沈まずに来られた子の場合、この先をどう過ごすのが良いのかは、大きなテーマになると思います。これについては、小学校入学の時も感じたことではあるものの、そもそも我が子に最適な学校というのは無いという事実を受け止め、足りない部分がどこで、そこは他で代替できるのか、或いはそこは捨てても良いのか、といった判断をしていかなければなりません。

皆さん、それなりに考えて選んだ進路だと思いますし、是非その進路に進めるように願っております。

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