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2015年7月12日 (日)

(516) 理解してもらうことの大切さの理解

発達障害のある子どもは、幼少期に言葉の発達が遅れることが多いです。アスペルガーの子はそうでもないと言われることがありますが、やはり言葉のニュアンスを正確に把握していることは少ないようです。

幼少期に遅れた言葉の発達を、そのまま引きずりながら成長していくことも多いと感じます。

こうなると、周囲の子がストレスなく普通に話をしていることでも本人はすごく難しく感じますし、その内容を理解をするのにも時間がかかったり、分からずにスルーしたりせざるを得なくなります。発信機と受信機のレベルが合わない以上仕方がないことなのでしょうけれど、こういう経験を繰り返した結果として、本人がコミュニケーションを取ろうとする意欲が減退することで、流してしまうことが多くなる結果、益々その能力差が大きくなりコミュニケーションレベルの差が広がる、という悪循環に陥ってしまいます。

本来、人に自分のことを理解してもらうためには、自分が口を開いて自分の思いや考えを相手に伝えるようにしていかなければならないのは当然で、これは健常者同士でもよくある普通なことです。

だからこそ、人に理解してもらうこと、そのことはとても大切であること、それは話をしないと始まらないこと、を本人が理解して、少しでもその方向に努力をし続けることってとても大切なことになるのですが、幼少期からのうまくいかない経験の積み重ねがそれを妨げてしまっているのではないか、と感じることも多くあります。

物事を成し遂げるためには、小さな努力の積み重ねが大切であるとはよく言われることです。この逆に、小さな失敗の積み重ねによって下がった意欲というのは、どのように持ち上げていけば良いのだろうか、と悩んでしまいます。

ただ繰り返しになりますが、伝えようとしなければ伝わらない、あくまでも伝えようとすることは不可避なことではありますので、少なくとも親としては、何かあってコミュニケーションを取らなければならない時に、急かさず、中々話が始まらずにイラッとしてもその思いを表情や態度に出さず、とにかくゆっくりでも良いから考えていること、感じていることを話してもらうように促し、聞く姿勢を保って待ち続けるしかないのかな、と感じています。

当たり前ですが、コミュニケーションは片方だけではできません。周囲の忙しい人達にまでこのような対応をお願いするのは気が引けるし実際できないことかも知れませんが、それでもあなたの話を聞こうとする人がいる、こういう態度で接してくる人がいたら、話をすることで何か得られることがある、ということを体験し理解できるようにするためにも、このような対応を継続していくしかないだろう、と考えています。

こういう地道な努力をしていかないことには、どうにもならないだろうと思いますし。

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