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2015年5月

2015年5月30日 (土)

(510) 息子、小学校最後の運動会

先週は、息子・娘が通う小学校の運動会でした。息子にとっては、小学校最後の運動会となりました。

前々からお伝えしている事実として、「息子は極めてプレッシャーに弱い」という性質があります。

運動会の前日までは、特段変わったこともなく安心していました。けれども当日の朝になり、中々起きて来ない息子を妻が起こそうとしたら「イヤだ、絶対に行かない」と言い出したそうです。ちなみに、私はその頃、観覧場所確保のために小学校に行っており、単身残った妻が対応しておりました。

当然、妻は息子に対して早く行くように何度も伝えたそうです。そして、不承不承玄関から出て行ったものの、その後に妻がベランダから見る限り、マンションの出口を出て行く姿を視認できなかったことから、「アレ?」と思って玄関から外に出てみたところ、息子はグズグズ私達の住んでいる棟の下でウロついていたことが判明したそうです。

私が息子と出会ったのは、観覧場所確保を終えて戻ってきたタイミングでした。棟の前にいる息子に「あれ、まだいたのか?」と思って声を掛けたその直後には、中々歩みが進まない息子を連れて行こうと家を出てきた妻と出くわすこととなりました。私は、改めて家から家族全員分の弁当や飲み物等の荷物を持って行かなければならず、その先の対応は、妻に任せざるを得なくなりました。

どうなったのだろう? と気をもみながら待つ方も辛いです。結局、息子を送って戻った妻の話によると、途中まで一緒に行けば諦めて小学校に行くかと思っていたら、結局校門まで送ることになったとのこと。途中で何度も抵抗し続けていたそうですbearing

それでも何とか連れて行き、小学校の校門で担任の先生に引き渡すことには成功したものの、「今日、大丈夫だろうか…?」という大きな懐疑、不安が頭をかすめることとなりました。

そんなことがありながら、我々も荷物を持って小学校に向かいました。開会式直前に補助の先生と共に校庭に出てきた息子の姿を見ました。今日はダメかも知れない、と覚悟を決めました。

ところが、一旦出てきた後は、全く問題がありませんでした。(親の方でも)長くて閉口するcoldsweats01校長先生の挨拶でも、ウロウロすることもなくキチンと立っていましたし、その後の準備体操も、以前に比べれば格段に上手にやっていました。

100mも走り切りましたし、騎馬戦も「エキストラ」ではありましたがチームの一員として最初から最後までキチンと参加していました。入退場も、周囲の子の動きに合わせて行動していました。

そして、今評判の悪いbleah組体操では、一緒の組になった子の腕力に頼ることにはなりましたけど、倒立も決めましたし、相手の倒立もキチンと受け止めることができました。更に、二人が向き合って両手を持ちあう肩の上に立ち、ピッと奇麗に両手を開くこともできました。そして、一番の見せ場である人間の俵(世間の評判を気にしたのでしょうか、以前はやっていたタワーはやめて、人間が四つん這いになって3段程度積み上がって俵となる)の端で、一人でポーズを決めることもうまくできていました(このあたりの先生方の絶妙な配慮には、ただただ感謝です)。

ふと入学当初を思い出し、あの子が、ここまでできるようになったのか…と写真を撮りながら、涙腺が緩くなるのを禁じ得ませんでした。

なお、これで終わりではありませんでした。

息子が得点係だということは聞いていましたが、具体的に何をやるのかについては、ハッキリ言わなかったのでよくわかりませんでした。精々、集計するくらいだろうと思っていたところ、まさにその時まで本当にわからなかったのですが、閉会式の時に、何と全校生徒の前で、得点係として赤組と白組の点数を発表したのです。朝礼台の上に立ち、全校生徒が注目する中、落ち着いて点数を発表する息子…立派でした。

学校に入ったばかりの時は、運動会でもちょっと隙があるとウロウロしてしまうことから、補助の先生がピッタリマークしていました。だから、どこに息子がいるのかは、補助の先生を頼りにすぐにわかったものです。でも、今はその必要もなくなっています。だから、どこにいるのかも見つけにくくなってしまいました。でも、それが最高の喜びでもあります。

それでも、組体操では1人、2人、3人…と組んでいくごとに移動せねばならず、その行先について、周囲の子から指示を受けたりしている様子も垣間見えており、その点はまだまだだという評価もできるものの、総じて上出来だったと思います。

大任を果たし、帰宅してきた息子を褒めまくりましたが、そういう時のリアクションは意外と淡々としています。それがちょっと物足りなくはあります。

息子が成長したことを実感した今回の運動会でした。

2015年5月23日 (土)

(509) その道の「ツウ」

発達障害のある子を抱えている親御さんで、療育施設を全く利用したことがないという方は、あまりいないと思います。民間施設があまりない地方であっても、公的施設(小児発達センターや特別支援学校での未就学児向け開放講座等)を利用される方って少なくないと思いますし。

都会は、選択肢が多いと言えば聞こえが良いですが、玉石混交であるとも言えます。この点、皆さんかなりシビアに見ておられるようです。

実は我が家では、比較的最近できた新しいところに通い始めました。そうしたところ、そこで以前別の施設で顔見知りだった親御さんとバッタリお会いすることとなりました。こちらは、まだその施設を完全にやめてはいないものの、回数を減らすという対応であったところ、そう言えば、この方とは全然会わなくなっていたなあとその時に思い至りました。このように、我が子の成長を期して、皆さんしっかり療育施設でやっていることとその効果を見極めているんだな、ということを改めて感じました。

この手の動きは、表立ったものにはなり得ませんよね。個人の静かな動きでしかありませんから。けれども、皆さんモノ言わざれども確実に動いている…。決して療育施設に任せて安心…にはしていない方が多いのだな、と感じます。

正直なところ、我が家でも「うーん、ここはイマイチだな」と思ったからこそ他を探したのです。そうであれば他の方もそういう動きをされる可能性があるということは、当然予想できるわけで、特筆すべきことではないという評価もできます。この点について、むしろ私達が感じていたのと同種の不満を感じていた方が他にもいたという事実に、妙な共感意識を持ってしまうのも正直なところです。逆に言えば、自分の判断はあながち間違っていなかった、と不安を打ち消す材料にもなることですし。

療育施設って、やめるのにも勇気がいります。でも、時間とお金は有限ですし、「子供の成長は早いもの」ですから、逡巡しているわけにもいきません。エイヤーで決めざるを得ないのは不可避であり、その精神的負担感が和らぐのは素直にありがたいと思います。

この世界に入ってもうすぐ二桁年になろうとする中で、多くの療育施設と関わってきました。その経験から判断をしていることを考えると、その道の「ツウ」になってきたことが、嬉しくもあり哀しくもあり…

2015年5月17日 (日)

(508) これが望んだことか

こちらに来られている中で、お子さんが来年就学するという方もおられると思います。

我が家がその経験をしたのは、ちょうど6年前の就学説明会が最初でした。今から振り返って改めて考えると、就学・特別支援との関わりは、入学前から既に始まっているものなのだな、という感慨を覚えます。

できれば普通学級、と思う方も多いと思いますが、実際に普通学級に入った息子のこれまでの経過を見ていると、「普通学級で良かった~!」と手放しで喜んではいません。

息子の場合、幸いなことに、多動・離席・他害・自傷・脱走等の問題行動はありませんでした。でも、授業に積極的に参加しているのかと問われると、そういうわけでもありません。学校参観の時の様子を見ると、前の授業時に配られていたであろう補助のプリントを持っていなくて、それを探して机の中をのぞいているうちに授業が先に進んでしまったり、先生の指示によって隣の子と回答について相談する、ということもうまくできていなかったり、という面があり、授業妨害していなければそれで良いのか、という根本的な問題意識、もっと突き詰めると、今の状態が望んだものだったのだろうかという懐疑を、親として強く持つこととなっています。

それから、学校を選んだ当初にはあまり周囲に目が向かっていなかったということもありますが、周囲の子もそれなりに成長してきます。小さいうちは、純粋な関わりがあったと思うのですが、大きくなるにつれて「華麗にスルー」するスキルを発揮する子も垣間見えます。それはそれで彼らの成長だと捉えざるを得ず、我が子が子どもから学ぶ、ということも成長するにつれて一筋縄ではいかなくなっているな、と感じます。

このブログの前身のHPを読み返すと、(66)(76)(79)(82)あたりにやむを得ず普通学級を選んだ経緯が書かれていますが、やはりその時点で感じていたさまざまな不安ってやはり当たるものですね。とはいえ、じゃあ今改めて普通学級での就学をしていなければ良かったと思うか、と問われたらそれもNO!です。

5年間、曲がりなりにも何とかやってくることができ、お友達と言える子もできた。西原理恵子さんの漫画「ぼくんち」の中に出てくる私の好きな言葉「しあわせのシキイを下げ」ることって大切で、当時望んでいた理想像には届かなかったのは事実でも、できることが増えたことも事実です。更に言えば、いじめで自己評価が下がり、不登校に至ることがなかったことを踏まえれば、最悪よりはかなりマシな小学校生活を送ることができてきた、上出来だと思わざるを得ないのだろうな、と考えます。

こんなことを思ったのも、次の中学の選択時期が迫ってきたからでしょうね。同じように、どこに行き、何を利用していくのが本人のためになるのか、を考えなければなりません。多感な時期であり、健常児を育てていたとしても決して簡単ではない答えを、これから見つけなければならないのだな、と思うとちょっと憂鬱です。

…でも、やらないわけにはいきませんし。

2015年5月10日 (日)

(507) 学校に行きたくない人が…

息子の登校渋りについては、以前にも書きました。

最近、妹も若干その気配が漂ってきて、鬱になっていますbearing 我が家で学校に行きたくない人が、増殖していますwobbly

妹は、具体的に学校に「行くのがイヤだ」と言い出してきているわけではありません。でも、朝起床すると頭、足、お腹、背中等々体のアチコチが痛いと言い出して、学校に「行けない」という言い方をしており、広義の登校渋り、或いは登校渋りの前段だな、と判断してます。これに対し、親としてどう対応すべきなのか思案投げ首です。

ただ、様子を見ているとどうも本当に痛いらしいので、無下に仮病だと否定するわけにもいかず、そうは言っても学校には行ってもらいたいと思っており、なだめすかして学校に行かせている、というのが実態です。

この点、まだ兄妹ともに、不登校には至っておらず、まだ余裕があると言えばありますけれど…。女の子の場合、周りのお友達も含めてそろそろ女の子らしさが出てくるお年頃でもあり、その中で「うまくやる」ことには、それなりの精神的な苦労があるのだろうと推察しています。

学校は集団生活の第一歩、とはよく言われます。でも、学校ほどの規律が本当に社会に出て必要なのかは大いに疑問です。

実際、自分が会社に入って感じることは、マイペースな人って結構同僚にもいて、「集団生活の和を大切に、集団行動を乱さないように」という学校時代の指導が、どの程度浸透しているのかについては、甚だ心もとないように感じます。また、マイペースな同僚が、もちろん会社の主導的地位にいることは少ないものの、そうかと言って会社の業務遂行の妨げになっているかと問われれば、決定的にそうなっていることもないわけで、一般的に言われているほど重要度って高くないのではなかろうか、と感じています。

集団の中でうまく振る舞うことも、本来は「できないよりはできた方が良い」という程度のもののはず。でも、気が付いたら「できなければダメだ」に置き換わってしまっています。本来個性を伸ばすべきなのに、個を殺して集団に合わせることのみに専心するようになってしまったら、本末転倒ですよね。もっとも、実際そこまで極端に行ってしまうことも少ないのでしょうけれど。

集団の中で、どこまでなら許容できるのか、どこからが行き過ぎなのか、を改めて社会が考えるべき時なのではないかと思います。また、一人で過ごすことも大切だと教える必要もあるでしょう。少なくとも、その呪縛で大学生になっても「ボッチが怖い」から便所飯、を選択してしまう風潮は、やはりおかしいですし。

2015年5月 5日 (火)

(506) GW帰省を終えて

我が家は大体毎年GWには私の実家に、夏休みには妻の実家に帰省することとしております。ただ、昨年は私の母の体調がかなり悪かったこともあり、私が一人で帰省し家族全員では行っておりませんでした。

今年は、若干回復したこともあって、昨日まで、2泊2日で私の実家へ帰省していました。

2泊2日…中途半端な印象を受けた方も多いと思います。今回の場合、1日目は着いて寝るだけ、2日目はフル滞在、3日目は10時ごろ出て、姉の家に寄って帰宅、というのが大まかなスケジュールとなったのですけれど、中途半端になるにはなるだけの理由があって、私なりに「微妙なもの」を総合的に勘案した結果となります。

そもそも、孫の顔を年に1回も見せないというのはいかがなものかという考えが、帰省の発端としてあります。そして、さすがに日帰りはできない、とも思っています。でも、静かな生活に慣れている私の親達への負荷が大きい、特に何か家にあるわけでもなく子供達もただ居るだけだと退屈する、息子の不慣れな環境に対するストレスからの不適切な行動等の発生確率が上がる、等の与条件を考慮して整理すると、まあこんな感じになるのです。

こちらで何回か書いていることですけれど、我が家は親に対して息子の障害をカミングアウトしておりません。ですから、決定的なことが起こる事態は避けたい、と常々防衛的に考えてしまう傾向があることはご容赦下さい。

今回、親達からは「子ども達に構い過ぎではないか」「我慢させるべきは、我慢させるようにすべきではないか」「子ども達に対して、総じて甘いのではないか」とのご指摘を頂きました。ここで、「子ども達」というのは、息子限定ではなく当然妹も入ります。妹は前回書いたように、チラホラ障害特性? と思われる性質はあるものの、スペクトラムという理解の中ではまだ健常側に属するだろうと判断しています。でも、親の子への関わりスタンスは息子と差をつけてはいないので、この点での評価は同じになります。

私も、今まで障害特性に配慮した対応をしてきたし、それ自体は間違っていないという自負はあるものの、そういう事情を何も知らない(それも戦前派の)親から見ると、この手の配慮は即ち厳しさがない、と映るようです。

一般的な視点から見れば、そういうことになるのだろうという理解も確かにあり、かつ、ここで新奇なものの受け入れ能力が低い親世代に対して、論争を仕掛けてもしょうがないと思うこともあって、そこは素直に聞くこととしました(聞き流した、とも言えますcoldsweats01)。

正直ムッとする気持ちもありますが、一般の人の視点を再認識させてくれたことは、ありがたいことだと受け止めないと、と思います。親だからこそ、心配して言いにくいことを言ってくれるという側面もあるわけで、発想を変えれば、普段黙っている周囲の人がどう感じているかが分かる、というのはメリットだとも考えられますし。

今回の帰省で、息子の成長を感じたエピソードを一つご紹介(後で聞いた話です)。

私の実家には、蒸気機関車の精巧な模型があります。私の父が昔に買ったもので、大変よくできています。それを息子がじーっと見つめている(というか、帰省のたびに見つめている)ことから、「それ、そんなに気に入ったのならあげようか?」と言われたところ「…本当は欲しいのだけど、それは悪い気がするので結構です」と答えたそうです。このように自分の気持ちを言葉にして、いきなり言われた内容に即応できるようになったことがわかり、加えてこのやり取りは普段接している私達の想定を超えた適切さがあって、驚きました。

さりながら、ご指摘も踏まえ、親の手の掛け方を少しずつ変えていかなければならないな、と感じています。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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