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2015年5月17日 (日)

(508) これが望んだことか

こちらに来られている中で、お子さんが来年就学するという方もおられると思います。

我が家がその経験をしたのは、ちょうど6年前の就学説明会が最初でした。今から振り返って改めて考えると、就学・特別支援との関わりは、入学前から既に始まっているものなのだな、という感慨を覚えます。

できれば普通学級、と思う方も多いと思いますが、実際に普通学級に入った息子のこれまでの経過を見ていると、「普通学級で良かった~!」と手放しで喜んではいません。

息子の場合、幸いなことに、多動・離席・他害・自傷・脱走等の問題行動はありませんでした。でも、授業に積極的に参加しているのかと問われると、そういうわけでもありません。学校参観の時の様子を見ると、前の授業時に配られていたであろう補助のプリントを持っていなくて、それを探して机の中をのぞいているうちに授業が先に進んでしまったり、先生の指示によって隣の子と回答について相談する、ということもうまくできていなかったり、という面があり、授業妨害していなければそれで良いのか、という根本的な問題意識、もっと突き詰めると、今の状態が望んだものだったのだろうかという懐疑を、親として強く持つこととなっています。

それから、学校を選んだ当初にはあまり周囲に目が向かっていなかったということもありますが、周囲の子もそれなりに成長してきます。小さいうちは、純粋な関わりがあったと思うのですが、大きくなるにつれて「華麗にスルー」するスキルを発揮する子も垣間見えます。それはそれで彼らの成長だと捉えざるを得ず、我が子が子どもから学ぶ、ということも成長するにつれて一筋縄ではいかなくなっているな、と感じます。

このブログの前身のHPを読み返すと、(66)(76)(79)(82)あたりにやむを得ず普通学級を選んだ経緯が書かれていますが、やはりその時点で感じていたさまざまな不安ってやはり当たるものですね。とはいえ、じゃあ今改めて普通学級での就学をしていなければ良かったと思うか、と問われたらそれもNO!です。

5年間、曲がりなりにも何とかやってくることができ、お友達と言える子もできた。西原理恵子さんの漫画「ぼくんち」の中に出てくる私の好きな言葉「しあわせのシキイを下げ」ることって大切で、当時望んでいた理想像には届かなかったのは事実でも、できることが増えたことも事実です。更に言えば、いじめで自己評価が下がり、不登校に至ることがなかったことを踏まえれば、最悪よりはかなりマシな小学校生活を送ることができてきた、上出来だと思わざるを得ないのだろうな、と考えます。

こんなことを思ったのも、次の中学の選択時期が迫ってきたからでしょうね。同じように、どこに行き、何を利用していくのが本人のためになるのか、を考えなければなりません。多感な時期であり、健常児を育てていたとしても決して簡単ではない答えを、これから見つけなければならないのだな、と思うとちょっと憂鬱です。

…でも、やらないわけにはいきませんし。

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