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2015年3月29日 (日)

(501) 5年生も終わり

昨日から、一気に桜の開花が始まっています。

先週24日を以て、めでたく息子の第5学年も修了致しました。

正直なところ、やっとという思いと、よくぞここまでという思いが入り混じっています。

取りあえず、ここまで不登校にならずにこれたのは、私も何度か登校を渋る息子に対して説得をし続けるなど、折れたりブレたりせずに対応したこともありますが、本人の最後の頑張りと学校と連絡を密に取り続け不安要因を早めに排除するよう対処し続けた妻の努力、そして最後は運によるところが大きいと思います。実際、先生方にも恵まれてきたと感じており、これは運としか言えません。

逆に言えば、これらのうちどれか一つが欠けていたとしたら、どうなっていたのかということでもあります。

発達障害を持つ子どもにとって、学校というのは居心地が良いところではありません。そもそもマイペースなので、学校時に合わせて行動すること自体が苦手、更に規則として決まっていること以外にも、自分には認識・理解できないルールがたくさんあって、それに従わないと非難される、時には人と違う行動を取りがちなことでイジメられる、学校生活の大半を占める授業に集中できない、といったことが複合されて、学校に行きたくないという気持ちが芽生え、育ちやすくなることはやむを得ないことだと思います。

ここから先は、親御さんの考え方にかかってきます。もちろん、親は学校に行ってもらいたいという気持ちがあるのでしょうけれど、「そんなに嫌ならば行かなくても良い」という方もおられるようです。私は、その空いた時間を他の本人にとってタメになるであろうことに振り向けることができるのであれば、それもアリだろうとは思います。一方で、漫然とテレビ・漫画・ゲームをして生活リズムを崩すだけ、というのは論外でしょう。親が軋轢を避けたいだけで学校に行かないという選択をさせるのには、賛同できません。

少なくとも我が家においては、本人の得意分野がまだわかっていないこともあり、「他の本人にとってタメになるであろうこと」がハッキリしない以上、この選択は取れないと考えてきました。

もちろん、心を病むほどであるならば「是非に及ばず」でしょうけれど、このあたりの見極めをキチンとしながら、できる限り休まないようにする、ということが大切なのではないかと思います。

我が子が学校に登校しない間も当然授業は進みますし、その内容がわからないと、進級した時の授業の理解のしやすさに支障が出ることもあり得ます。そうなると、今度は学校の授業についていけなくなってつまらない⇒行きたくないという、あまり望ましくないループができてしまいます。そう考えると、不登校は最後の手段だと考えざるを得ません。

さて、残る1年がどのような年となるのかはわかりませんが、まずはこの方向性を継続し、後は出たとこ勝負となってしまいつつも頑張っていきたいと思います。

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