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2015年1月

2015年1月31日 (土)

(493) 友達を連れて来る

昨今では、お互いのプライバシーへの配慮からか、昔ほど子ども同士がお互いの家に遊びにいくことも少なくなっている印象を受けます。

大人になってから知ったこととしてはcoldsweats01、誰かを家に呼ぶ際にはそれなりに部屋を片付ける必要があったり、お茶やお菓子を用意したりするのがマナーであり、そういう準備にはそれなりに手間がかかる、という事情もありますしね。

なお、私の幼少期にはそういうことをやった記憶が無いのですけれど、遊びにくる子が何か一品お菓子を持ってくることも多くあります。そうやって、お互いに負担をかけないように配慮する、悪く言えば貸し借りを作らないように気を付ける、風潮になってきていることを感じます。

前置きが長くなりました。我が家の場合、息子と妹が、たまにそれぞれの友人を家に呼ぶことがあります。

娘に対しては、特段このようなことを考えはしないのですけど、息子の方は障害特性もありますし、幼少期には「友達が家に遊びに来るなんて、そんな日が来ることがあるのかなあ」とかなり疑問と悲観を持って、療育に勤しんでおりました。それでも、小学校に入ってしばらく経つと、お友達の名前もポツリポツリと聞くことがでてきました。そして、なぜか変わった子と遊びたがる子や面倒見が良い子って一定の割合にはいるようで、ついにそういう日がやってきて、夫婦で「こんなことが起こるなんて…」と驚きと喜びを感じることとなりました。

でも、親としてはまた後でガッカリしたくないという気持ちが先に立つため、「まあ、そう長くは続かないよね…」「きっと、物足りなくて寄らなくなっちゃうよね…」といつまでもそういう交流が続くわけでもないだろう、また一人になってしまうのだろう、という予想を立てて、心のバリアを張りつつ日々を過ごしてきました。

…でも、不思議なことに、途切れずに現在に至っています。妻とは「どこが良いんだろうねえ?」「他に遊ぶ子がいないのかな~?」と思いながらも、複数の子が遊びに来てくれているので、ありがたい限りです。

細くても良いから、できるだけ長くこの交流が続くことを願っています。

息子の友達が遊びに来て何をやっているのかと言うと、Wiiで遊ぶことが多いようです。そして、特段トラブルもなく遊べているので、まあ今はこれで良いかと思っています。敢えてトラブルを一つあげるならば、やたらと妹がその中に加わろうとするところですかねcatface。これは、息子から止められてスゴスゴ戻る、を何回か繰り返すようですconfident。この妹のチャレンジは、自身の少年期の状況を振り返ってみても、やはり無理だろうと思います。

妹も、そういうことに触発されて「じゃあ、今度は私の友達を家に呼びたい」と言って、連れて来るようになりました。これには、もう一つの要因があります。実は、こういうことって女の子が通る道だと(勝手に)思っていますが、近所の友達と段々合わなくなって遊ばなくなってきている、ということも関係しています。

妹達もゲームで遊ぶのですが、この時には(当たり前ですが)息子はその中に入ろうとはしません。この点、息子のソーシャルスキルが高いのか、単純に人との交わりが苦手なのかは謎ですけど。ただ、「もう5時だぞ」と暗に帰宅を勧めるようなことを言ったりするあたり、若干仲良く遊んでいることへの嫉妬心が垣間見られるように思っています。

子ども達も、成長するにつれて他者との関わりが増えてきました。その分、親の関わる部分が確実に減ってきていることを実感します。子の親離れが、少しずつ着実に進んでいきますね。喜ぶべきことであるのでしょうけれど、寂しくも感じます。

2015年1月24日 (土)

(492) 勝ち負けへのこだわりに対する変化球

勝ち負けにこだわるのも、発達障害児によくある性質だとされてます。

もちろん、発達障害児「だけ」の特質ではありませんけれど。

小さい頃から、「勝負ごとをやれば自分が勝つこともあるし、負けることもある。負けを受け入れることも大切だ」ということを繰り返し教える関わり方をしてきたこともあり、息子は「理屈では」このことはわかっています。

けれども、時々感情が追いつかないことがあるのですよねdespair

特に、日ごろ張り合う妹に対しては、より負けたくない思いを持つからか、その傾向が強くなります。

実は、今日の夕食後のデザートについて、息子は妹とジャンケンをして負けてしまい、所望でない方を選ばざるを得なくなってしまいました。このことで、かなり不快感を露わにしてブツブツ文句を言い出したので、私は今回、こう言ってみました。

「ジャンケンに負けたのだから、しょうがないでしょう。でも、どうしてもイヤだというのなら、わかった。今から自分で買いに行きなさい。お金は渡す。コンビニだったらやっているよ。外は暗いし寒いけど」。

まともに受けずに、ちょっと変化球を投げてみた感じです。さて、どうなったと思いますかbleah

最初は、かなり戸惑っていました。「暗いし、道に迷うかも…」とかなりトーンダウン。

ここで「いや、近くのコンビニだったら5分もかからないし、何度も行っているから迷わないでしょ。どうしても我慢できないのなら、自分で何とかするしかないじゃない。行って来たら?」とたたみかけたら

「うーん、まあいいや。一日くらいデザート食べなくても…」と言い出して、機嫌も元に戻りました。

このような対応が本当に良かったのかは、実はわかりません。取りようによっては、ゴネれば親が言うことを聞くと誤学習させてしまう危険があるのではないか、という批判もあるとは思っています。それを完全に否定できないとは思っています。

けれども、当方も無条件でゴネを受け入れたわけではありません。本人が目的を達成するためには自分で解決に向けた努力をすること、それも本来なら食後の寛いでいる時間にわざわざ暗く寒い道を買いに行くという、ストレスフルな状況を乗り越えるなら、という条件を暗につけて提案したことになります。

もちろん、私も一応親なので、息子も理屈ではわかっているんだろうなあという確信と、本人に選択させるプロセスを踏めば、感情を抑えられるようになるだろうという読みはあり、今回は、それが当たったことになります。「当たった」と表現しているように、僥倖に支えられている部分があることは自覚しており、「このような時には、こうすれば良い」と一般化するつもりは毛頭ありません。

その後、風呂も終わって、それぞれがそれぞれの時間を楽しんでいる時に、息子がポツッと一言。

「今日、ジャンケンに負けたな~、どうしても勝ちたかった…」だそうです。ただ、もう、落ち着いた口調でした。

…日々、いろいろなことが起こります。

2015年1月17日 (土)

(491) できないこと

あなたは、何かができない時にどうしますか。

どうしてもやる必要があって、放っておく、諦めるという選択肢が選べない場合、人の手を借りてでもやろうとしませんか(場合によっては、幾ばくかの負担を負うか(お金を払う、等)はともかくとして、です)。

社会生活を営む上で、「できることは自分でやる」「できることを増やそうと努力する」までは望ましいことであり特段異論は無いように思うのですが、どうしてもできないことについては、どうでしょうか。「できないと諦めるのは甘えである」「できると信じて、本人にできるようになるまで取り組ませる」というのは、少なくとも療育の分野においてはいかがなものかと思うのです。

そもそも、できないこと・不得手なことがあるからこそ障害があると診断されているのですよね。私は、努力で何とか克服できるものは障害特性ではないと考えていますし、実際人によってはどうしてもできないことというのはあると思うのです。

世の中で、絶対にその個人が独力でやらなければならないことってあまりないと考えており、誰かに頼むことができて、かつその頼まれた人がそれほど負担に感じないようなことであるならば、素直に頼んでやってもらった方が合理的ではないかと考えています。

ただ、どうも療育で効果が出ていると、次もイケるだろうと思い込んでしまって、実は能力を超えた負担を子に強いてしまう可能性が高くなります。せっかくできたのに、更にハードルが上がる一方であれば、いずれ疲れて息切れしてしまうことも十分にあり得ると思うのです。

このリスクを負うのは誰か。結論から言えば親では無く子であることを考えれば、もう少し慎重になるべきだと思うのですが、意外にそういうことは意識されにくいようです。確かに、たまたまうまくいってしまう場合というのは世の中に一定の割合であって、かつ成功談はウケが良いですから、これはやむを得ないことではあります。

ただ、やはり潜在的なリスクというのはあることを認識し、うまくいった人が声高に「為せば成る」と言っていても、安易に飛びついてしまうことは避けるべきだと思います。もちろん、よくよく考えて、過去実績を踏まえてこれくらいならできそうという内容であり、かつ万が一リスクが発現した時の対処まで考えているならば、この限りではありませんが…。

素直に人に頼めるということも、大切なスキルです。人に頭を下げることの価値を、過小評価してはいけません。それで、後に大きな失敗につながったりするよりは、遥かに良いことでしょうし。意地とプライドのために失うものは多いと思いますが、いかがでしょうか。

2015年1月12日 (月)

(490) 兄妹ゲンカへの対処

冬休みが終わって、第一週を何とか乗り越えて迎えた3連休。明日からまた学校が始まりますね。

学校が始まってホッとする理由としては、家での兄妹ゲンカが減るという極めて世俗的な事情があります。coldsweats01

息子は、「自分は兄であり、年長者である」という自覚と思いを持つのは社会的な立ち位置を自覚できているということを示しており、甚だ結構なことだと思いますが、その分妹の自分への態度が気に入らなくなっているというマイナス面を伴ってしまっています。また、妹は妹で、いわゆる女の子的な身過ぎ世過ぎが身に付きつつあるせいか、口が達者でうまく立ち回ろうとします。

この両者が同じ場所に長くいると、物理的に衝突しやすい状況が現出してしまいます。

妹が兄に対してちょっかいを出すと言った方が良いのでしょうか、ちょっと嫌味っぽいことを言いますし、それに対して兄は、特性も相まって過剰に反応してしまいます。お互いに、それを言ったところで相手が折れて頭を下げることなどないことなどとっくの昔にわかっているはずなのですが、まだ経験から学び、自らの行動を変容するところまで至っておりません。

親として、兄に対しては、イチイチ反応せず聞き流すことを繰り返し説いていますし、妹に対しては、言わなくて良いことを言わないように、とたしなめていますけど、あまり効果が出ていません。そうすればお互いに角突き合わせずに済んで楽になることが、まだ想像できないのでしょうね。それでも、一時ほどケンカのボルテージが高くなくなっている、という印象はありますが、こういうことが頻繁だと、親としてもちょっと辛いところです。

でも、兄弟姉妹がいてケンカをしたことがないという人は、まずいないのではないでしょうか。私にも姉がいて、恥ずかしながらしょっちゅうケンカをしていたことを記憶しています。そういう姉と今会っても、ケンカになることはありません。いつかはお互いに大人になって、譲れるようになる時がやってくるのだとは分かっていつつも、何とかならないかなあという気持ちはどうしても湧き起ってきます。

療育の先生等に伺うと、「今は、お互いに譲り合いができない段階だから、一緒にいないように親が仕切って物理的に離すよう心がけるしかない」というお答えでした。確かに物理的に近くにいなければ、ケンカにもなりませんよね。

個人的に、ケンカについては、障害児・健常児で対処を変え過ぎてはならないと感じています。ありがちなこととして、健常児に我慢を強いてしまうということがありますが、これはよろしくないと思っています。これをやると、健常児のナチュラルな感情表出が阻害されてしまいますし。

もちろん、多少は配慮をしますけど、基本は是々非々であり内容や状況を考慮して理屈で説明するような対処をしています。

喧嘩両成敗という古人の考え方は、社会をうまく回すための知恵だな、と改めて感じています。

2015年1月 4日 (日)

(489) 新年を迎えて

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

年末から年始にかけて、強い寒気の影響で日本列島は冷え切っていますね。

そんな中、当方は、年末から家族旅行に出かけ、途中年始に名古屋の私の実家に立ち寄り、その後妻子のみを九州に向けてセントレアから飛行機で旅立たせ、私一人で帰宅しました。途中で渋滞に巻き込まれましたが無事に帰宅でき、現在単身生活を満喫しています。

今回、妻子を九州に送ったのは、昨年12月初頭に妻の父が倒れて入院し、現在も継続していることからそのお見舞いと、家に残る妻の母のお世話をするという目的のためです。それぞれ不慣れな状態にいて心細く、妻や孫の顔をみたいという気持ちが強くあった、特に妻の父は息子好き、という理由もあります。私は明日から仕事ということと、車を家まで運転して帰る必要もあって、今回は遠慮しました。

考えてみれば、両方の父母が80を越えていずれもまだ存命というのは、ある意味ありがたいことだと思っています。ただ、昨年は年初から私の母、5月に妻の母、そして12月に妻の父と、次々と病気療養に入ることとなっており、それぞれ生命に関わるところまでは至っていないものの、最終の着陸態勢に入りつつあることを実感してもいます。実際、この正月に年賀状を出せないかも…、とある程度覚悟を固めていたのも事実です。

療育と介護が今年の大きなテーマになるだろうと、腹を括っています。

息子は、旅行中に持病の中耳炎が再発し、痛くて寝られないという事態に陥りました。彼の場合、そういうことが起こると極めて気弱になってしまいます。「死んでしまうかも」「もう治らないのかな」等と言い始めるcoldsweats01ので、その都度「そんなことは無い」「耳が痛くて死んだ人はいない(本当はいるのかも知れませんけれど)」と言い含めることとなりました。

そんなわけで、私の実家に行ったは良いものの、実家に向かう途中で正月でもやっている耳鼻科を探して救急担当病院から情報を入手していたこともあり、妻と娘は私の実家に残し、私と息子でその病院に行って帰ってくる、というようなことになってしまいました。あまり運転が得意でない妻に、見知らぬ土地で運転させるわけにも行きませんしねdespair

父母からすれば、息子の顏は見たものの息子と接する時間がほとんど取れないまま私達が実家を退出することになり、多分残念に思っていただろうとは感じましたが、父母には息子の障害についてカミングアウトしていないこともあり、私たち夫婦としては、長く接しない方が良いかな、という計算が頭の片隅にあったりもしています。幸い、娘は同じく遊びに来ていた従姉と楽しく大騒ぎしていたようで、その点では満足していたようでもありますし。

今年は息子も6年生に上がります。その先の進路もこのまま公立で進んで良いのかまだ悩むところではありますが、取りあえず私個人は当面異動も無さそうなので、息子と向き合いながら一緒に考えていきたいと思います。

末筆になりましたが、皆様の本年のご多幸とご健勝ご活躍をお祈りしております。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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