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2014年8月 9日 (土)

(467) 支援の難しさ(1)

佐世保で起こった、高校一年生の女の子による同級生殺害事件。被害者の方のご冥福をお祈り申し上げます。

事件そのものが極めてショッキングで、かつ全容が明らかになっていないこともあり、事件そのものへのコメントは、現状差し控えたいと思います。

ただ、報道を見ている限りでは、母親が死んだ直後での父親の再婚等、少なくとも私の常識に照らせば、父親の対応にいささかの疑念が無いわけではありませんが、子のよろしくない行動に対して、全く何も手を打たなかったわけでもないようです。結果として、その打った手は奏功することがありませんでした。支援というものの難しさを、改めて考えさせられます。

この事件では、精神科医の「人を殺しかねない」との児童相談所への報告もあったのに、結果としてそれが生かされなかった。つまり児童相談所は子供に対して有効なアプローチをしなかったとして、批判の声が上がっています。確かに、外形的に見る限りは主体的に何かをしたようには思われず、何かできなかったのか? という気持ちを私も抱きます。

そして、真実は不明ですが、もし内部で検討も何もしていなかったというのであれば、それは確かに非難に値すると思います。しかしながら、いろいろ検討していた結果、動くに動けないという状態であったという可能性もあります。

適切に動いていたらこんなことには…というのは、殺人という最悪の結果が明らかになっているからこそ言えることです。何も起こっていない段階で動くからには、それなりの理由が必要となります。更に、本人の同意無しに採れる手段ってかなり限られるのではないか、と思うのです。

精神保健福祉法第29条、第29条の2には「診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある」と「二人以上の指定医の診察」が一致すれば、「知事による国等の設置した精神科病院又は指定病院への措置入院」が可能、かつ「直ちに入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人を害するおそれが著しい」場合は一人の指定医でも緊急措置入院が可能と定められていますが、後者は緊急性・蓋然性が求められ、かつその入院は72時間までとされています(その間に、原則の方の措置入院にするかを別途判断をすることになるのでしょうけれど)。

これ、「その時」までは仲良く遊んでいた被害者・加害者の関係で適用できたでしょうか?

この点、警察は事件にならないと動かない、でも事件になってからでは遅い、という批判と通じるものがあります。でも、何かをしかねないから公権力が介入して自由を制限できるというのは、それはそれで危険なことでもあります。

こうすれば良い、という案は全く思いつきません。ただ言えることとしては、誰かを悪者にして自分の中で納得してしまうということは、あまり意味が無いだろうということです。時には世の中の不条理を、不条理なままで受け止めることも必要になる。残念ですが、それもやむなしだと思います。

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教育制度・環境」カテゴリの記事

コメント

『誰かを悪者にして 自分の中で納得してしまうことは・・』に同感です。スケープゴートを作り出し、トカゲのしっぽ切りで収束の形を取ったりと・・。
 不条理は不条理のままで・・にも そのままで時と場合で「不条理」の生かし方、変容もある現実社会。長いモノには巻かれろ・寄らば大樹の陰 ではなく ありのままをじっと見つめ続ける・見守り続ける姿勢も必要なのだろうなぁと感じます。

 ただ、不条理や不公正・不公平を何でもそんなものという範疇に納めてしまうのも一独立した個人としてはよろしからぬ事であろうと考えます。誰が悪い?より 何が良くないのか?システム?コミュニケーションか?思い込みか・・習慣化し過ぎたり慣れに甘んじてしまっている姿勢か?無意識の偏見か? 

 今回の事件も色々な関連での縮図として 自分自身、自分の身の回りであったらという想像・想定でとらえ続けて行くしかないと無力な自分を思いつつ、考えさせられています。哀しい、悲しい 出来事です。 

赤根さま

コメント頂きありがとうございます。

もちろん、現状を是としているわけではないのですが、周囲にいた人は何ができて、どうするべきだったのか? については、どうにも明快な解が浮かびません。

公権力の積極介入を認めるか、周囲を常に疑って生きるか、いずれも良い生き方ではないように思います。

考えることは大切ですし、考え続けなければならないとは思います。でも、考えれば結論が出るとも言いかねます。

人間の業、という一言で片づけてもいけません。ただ、そういう、懊悩を背負い続けなければならないのだろう、と思っています。

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