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2014年6月 7日 (土)

(458)障害児同士の溝

療育機関では、自分の子の予約時間の前後にやってくるお子さんや、同じ時間で隣の部屋で療育を受けるお子さん等、少なからぬお子さんと出会います。

もちろん、それなりに時間を見計らって家を出てきていることもあり、大した時間が重なるわけではありません。とは言え、他面でこの重なりは、学校や他の習い事の関係等の要因で結構入れ替わりが激しいという事情もあって、結果として色々なお子さんを見させて頂いていることとなってます。

更に、療育によってある程度社会性が育ってくると、先生と生徒のマンツーマンの体制だけではなく、他の子も加えた子供同士のやり取りの機会を持つという取り組みも行われることがあって、そういう時には、もろにそれらの子の様子も見ることとなります。

ちなみに、このような複数の発達障害の子によるクラスを作るというのは、意外に調整が必要になります。上述の時間の問題に加えて、ある程度やり取りができる等両者のレベルがそろっている・或いは近いことが要件となりますので…。世間一般では、障害児は障害児と一括りにされがちですが、元々絶対数が少なく、かつよく見ればレベル感がマチマチであり、同じ療育機関に通っている中でレベルが合う子を探して組ませることって、宝くじとは言わないまでも、成立する確率がかなり低いことはご理解頂けると思います。

そういう発達レベルがまあまあそろっている子同士ても、その仲が常に良好になるとは限りません。こればかりは何故だろうと思うのですが、最初は仲良さそうだったのに、段々会話が弾まなくなったりすることも珍しくありませんし、相貌認知(顔を識別する能力)の障害も相まって、久々に会うと名前すら忘れていたりということもあったりします。

もちろん、逆にADHDの子の中で人懐っこい(人懐っこ過ぎるw)子があれこれ話しかけてくると、うまくコミュニケーションが取れたりすることもあります。ただ、全体を通じた経験では、合う子の方が珍しい状況です。

こういう経験を通じて、障害児も個性がしっかりある一方で、人との付き合いにおける許容幅が健常児よりも狭い結果、人との溝が健常児よりもできやすいということを再認識することとなります。

これが無ければ良いのですが、まさに障害特性そのものであって、無くすことはできないなあと思っています。とは言え、放置もできず、何とか世を渡るために最低限必要なレベルを模索している段階です。

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