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2014年5月

2014年5月25日 (日)

(456) 運動会終了

息子・娘が通う小学校の運動会も、無事に終了しました。

そもそも運動自体が不得手なことに加え、集団の一斉指示に従うことも、次の出番の結構前から長く待たされることも、何度もいつ終わるかハッキリしない練習をさせられることも、暑い日差しに照り付けられることも、大勢の前で何かをすることも、息子から見るとみんな苦手でイヤなことなのですが、何とか乗り切れました。

むしろ、小成功くらいだと思います(「小成功って何やねん?」と言われそうですけど)。

相変わらず、家ではヤダヤダ言っていましたけれど、それも具体的にどういうところがなぜイヤなのかを(完全にでは無いですが)説明できるようになっていました。ここが、今までと大きく変わったところだと思います。話すことによって、本人の気持ちが多少は収まるところがあり、加えて私たちも意識的にそれをキチンと聞いてあげるようにしたことで、本人の承認欲求が満たされることにつながったのではないかと思います。

更に、練習中の様子も先生からお伺いし、大崩れすることもなくやれていることを確認していたこともあり、今回はかつて参観するたびにハラハラドキドキだった昔に比べると、8:2でまあ大丈夫でしょうという予想(楽観)を持てるようになりました。

当日の先生方のフォローも的確で、本人の成長とともに先生方のスキルも上がってきたことも勝因だったと感じています。本当にありがたいことだと思っています。

ただ、勝つことへの執着は多少残っていて、午前中でどうやら自分の属するチームが負けそうになっていることを感じて、昼食時に「反対側に回りたい」とつぶやいていました。言っちゃ悪いですけれど、クレしんの「ぶりぶりざえもんか?!」と突っ込みを入れたくなりましたcoldsweats01

一方で、これも先の見通しがつくようになったと捉えることもできて、それはそれで成長の一つだったと感じています。

考えてみれば、小学校の運動会もあと1回なんだなあと思うと、ちょっと感慨深いものがあります。

このブログを訪れて来られる読者の少なからぬ方が、憂鬱になりため息をつく運動会。我が家もそうでしたけれど、まだマシな状況はやがて訪れるものだと実感しております。気長に、あまり思いつめずに子供との日々を過ごして頂くことを願っております。

2014年5月17日 (土)

(455) 家庭の平穏を維持すること

私は管理職のサラリーマンであり、立場上業務とは直接関係のないお話に接することがあります。

それらは種々雑多な内容であり、それらへの対応も含めて私の仕事だと言われたらそれまでですが、この中で、家庭の事情や家族関係に関わるものも少なからずあります。

直接・間接に見聞きした中で、例えば会社では遅くまで仕事に打ち込んで素晴らしい業績をあげている人が、実は家族と折り合いが悪く、家に帰るのがイヤで仕事に打ち込んでいた、という話もありますし、率先して飲み会の幹事を引き受ける気配り上手のムードメーカーが、ある日「離婚することとなりまして」と報告してきて、そのギャップに驚いた…というようなこともあったりします。

この手の話を聞くと、私は二つの観点で驚くのです。一つは、どうして会社で頑張れる人が、家でうまくいかないのか? ということ。こちらは皆さんも感じることだと思います。

もう一つは、そもそもどうして家庭を大事にしないのだろう? ということで、私はこちらの方により根源的な疑問を感じてしまいます。

ワークライフバランスという概念もだいぶ人口に膾炙するようになってきていますが、私は、この点かなりライフに重きを置いていて、ワーク(仕事)はライフ(生活)のための手段だと考えています。これに加えて障害児育児に取り組むようになって、ますます家庭の平穏の維持に力を注ぐようになっています。少なくとも、世間一般のサラリーマンよりも、格段に意を払ってきたという自負はあります。

障害児育児をしていく中では、自らの心の平衡を保つことは勿論、どうしても外との対応が私よりも多くなる妻の負担が重くなり過ぎないように、適宜私が代わりに出たりする一方で、娘のケアができるだけおろそかにならないように、時には妻と二人だけでの時間を過ごせるようにと配慮もしつつ、一人が重い負担を背負わないように、できればより楽しく過ごせるように、と努めてきたつもりです。

それでも満点ではないだろうと言われたら反論できませんが、まだマシな状況になるよう常に志向してきてはいます。これは義務感というよりも自然な発意としてそうあるべきだと思って取り組んできたことから考えると、自分達よりはその実現が遥かに容易な環境にいる人が、家庭の平穏の維持に対してあまりにも意を払っていないかのように振る舞うことが、どうにも理解できないのです。

端的に言えば、「なぜ」「何を期待して」結婚したんだろう? とすら考えてしまうのですね。

昔と違い、結婚しないという選択をしても、それほど奇異な目で見られなくなってきていますから、余計にその思いが強くなります。

家庭だけではなく仕事もダメ、というのは論外ですが、少なくとも段取りを組んで仕事をこなせているのであれば、家庭の平穏を維持することも、恐らくは意欲を多少高めるだけでできるんじゃないかな? と思うだけに、その手の話を聞くたびに残念に思います。

もっとも、私の場合は妻とも共通の目標を持てているということが、逆に家族の絆を強めているのも事実であり、この点は多少割り引かなければならないという自覚もありますけれど。

2014年5月10日 (土)

(454) 活字で表現できない

先日、息子より年長(一番上は高校生)のASDの子向けのとある集まり(少々ボヤかさせて頂きます)に参加する機会を得ました。

そこでの彼らの言動を見ていての私の印象をひとことで率直に言わせてもらうと、「濃い」ということになります。

その集まりでは、高機能の子が多かったせいもあり、ある課題に対してみんな熱心にかつ理路整然と自分の考えていることを話しています。

客観的には、年齢相応以上に立派に話し合いができているとしか評価できないのですけれど、聞いていてどうにも話が重い。これをどのように例えれば伝わるのか、正直活字で表現しづらいなあと感じつつも例えるとするならば、「日本人は子音だけの発音に不慣れな結果、英語を話す時でも子音だけの発音ではなく、すべて子音+母音で話してしまう。ネイティブからすれば、すごく聞き取りづらくなるような感じ」と言えば伝わるでしょうか。

或いは、「全ての言葉に深い意味を込めているような感じで、抜けたところが無いために緊張感を強いられ続ける結果、段々と聞いているのが辛くなる、「アメリカ人のスピーチでは1分間に2回は笑いを取れ」と言われている中、そういう間合いが一切無いような感じ」と言えば伝わるでしょうか。

語調も、自分の意見を伝える部分と相手の意思を確認する部分で(少なくとも私の場合は)言い方が変わると思うのですが、そのあたりも全然変わらなかったりします。例えば、「僕は、・・・・と思っている。理由は○○だから」と言いながら、次に「あなたはどう思うか?」と問う時には、もしかしたら自分の考えを否定されるかも知れないという恐れの気持ちもあって、予防的に「勿論いろいろな見方もあるとは思うけれど」と付け加えたり、ちょっと笑ってみたり、というようなことをするものではなかろうかと思うのですが、彼らの会話の中にこういう「ブレーキの遊び」的なものが少ないように感じられました。

健常児が、普通に生活する中で身につけるこれらのソーシャルスキルを、別途トレーニングとして学んだとしても、埋めにくい差がどうしても残るのだな、と感じました。こういう文字で表現しにくい雰囲気を、私も上述のように例え話で伝えようと必死になったわけですがcoldsweats01、文字による表現で伝えられることには限界があると感じています。

彼らを見ていて、恐らくこれまで社会適応のためにかなりの努力してきたことが伺えますし、これ以上の努力を彼らの側だけに求めるのは酷であり、むしろ、ここから先は、社会の側の意識がより寛容になっていくということが、どうしても必要になってくるのではなかろうか、と感じました。

社会性って、教えて教えきれるものではないことを再認識した次第です。

2014年5月 4日 (日)

(453) 『沈黙』と寄り添い

いきなりで恐縮ですが、自分は遠藤周作の小説の代表作は、やはり『沈黙』だと思っています。あらすじは、wikipediaをご参照下さい( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E9%BB%99_(%E9%81%A0%E8%97%A4%E5%91%A8%E4%BD%9C)#.E3.81.82.E3.82.89.E3.81.99.E3.81.98 )。

唐突に何を言い出すのか? と思われるかも知れません。でも、自分は発達障害というものに向き合うこととなって以降、幾多の葛藤を抱えた時に、この小説を思い出すことが多いのです。

私はクリスチャンではありません。また、この小説は熱心なクリスチャンの方から見れば「神を冒涜している」と言い出しかねない内容でもあります。この小説に登場する神は、信仰のために迫害に負けず死すら恐れない強い者に祝福の光を与える気高い存在ではなく、弱者の心の痛みを分かつために生まれてきたと語り、弱い者に寄り添い、その弱い者のために自らの顔を踏めとまで言います。その姿勢が、葛藤時の心の琴線に触れるのです。

発達障害児の育児において、親が矢面に立たなければならなくなること、親に対応を求められることは決して少なくありません。あれもこれもとのしかかってくることが多く、それをやっとのことでこなしても、報われることが多いわけではありません。下手をすると、更なる対応が必要になることもあります。

新たな判断を求められたり、疲れ、心が下向きになりそうな時にこの小説を思い出すのは、人に寄り添って生きていくとはこのようなことなのだ、と再確認したくなっているからかも知れません。それとも知らず知らずのうちに自分の取り組みに対する承認を求めたくなっている部分があるのかも、と思ったりもしますが。

昔、まだ障害の告知からそれほど日が経っていない頃、ある施設で一緒になった親子がいて、その子は重度の知的障害を抱えていました。たまたまその親が何かで不在だった時に、その子が風船をふくらませようと努力してできず、私の前に風船を黙って差し出してきました。唾液にまみれたその風船を見て、以前ならとてもできなかったと思うのですが、その時にこの小説を思い出し、風船をふくらませてあげました。

その子は、ニコリともせずに受け取り、その後こちらを見ることもなくそのまま離れて行きました。人に寄り添うことの覚悟が固まった瞬間だったと思います。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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