« (446) 介護に役立つ療育知識 | トップページ | (448) 療育先での知り合いと再会 »

2014年3月29日 (土)

(447) STAP細胞をめぐる状況を見て

STAP細胞に関わる研究者への毀誉褒貶の凄まじさを、私は恐らくは通常の人とは異なる視点で見ています。

私たちが研究者に対して持っているイメージってどのようなものでしょうか。率直に申し上げれば、頭は良いけど社会性は今一つ(もしかしたら、今三つくらいw)、風変わりなバックトゥーザヒューチャーのドクのようなイメージではなかろうか、と思うのです。

実際のところ、研究の現場では研究者は研究への没頭が求められており、「人に気を遣うようでは大成しない」とまで言われています。

確かに、研究は非凡のものを取り扱うわけですから、普通の、少なくともサラリーマン的な取り組みではものになりそうな感じはしませんよね。

ただ、一方で今回の騒動の発端では、周到に練られたイメージ戦略があったように受け止めています。端的には、大衆にウケるパターンを踏襲していたように感じます。研究者のイメージを覆す若い女性、研究に割烹着の意外性、一度は酷評された中で再度チャレンジした苦労話、等世間が好みそうなネタにあふれていましたし。

今は、このような方面でもデビューする際にショーマンシップが求められていることが明らかになったと言えます。

加えて、やはり研究者といえども単独で研究を行う時代ではなくなってきており、一緒に研究する仲間とのコミュニケーションスキルが求められるようになっています。これが無ければ、個人としてどんなに研究に没頭しても日の目を見ることがかなり困難である、ということも分かりました。

これらのできごとを見ている限り、こだわりを持ち一芸に秀でているとされる発達障害者が研究者となって成功する確率は、世間で言われているほど高くない、と判断せざるを得ません。

言い換えると、「研究は発達障害者に適している」「研究者には発達障害が多い」という「俗説」は、確かにあります。でも、仮にそうだとしても研究者として成功するために、その性質は必要条件ではあるものの十分条件ではない、ということになります。十分条件としてそれなりのコミュニケーションスキルを身に付けていなければならない、ということが図らずも今回の騒動で詳らかになったと言えるのではないか? 少なくとも私はそのように受け止めています。

矮小化した結論で申し訳ありませんが、発達障害を持つ息子の進路候補がまた一つ消えつつあるなあ、と残念に思っています。

« (446) 介護に役立つ療育知識 | トップページ | (448) 療育先での知り合いと再会 »

教育制度・環境」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514748/59322136

この記事へのトラックバック一覧です: (447) STAP細胞をめぐる状況を見て:

« (446) 介護に役立つ療育知識 | トップページ | (448) 療育先での知り合いと再会 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ