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2014年1月

2014年1月25日 (土)

(439) 端々に特徴が出ている人

発達障害の中で、代表格(?)は自閉症なのでしょうけど、それ以外にもさまざまなバリエーションはあります。最近思いを強くしていることではありますが、実は障害とまでは認識されていないものの、日々の生活の端々で「ちょっと変だな?」と思われるような行動をされる方って決して少なくはないですし、それらの方々の中に発達障害の萌芽が存在する可能性は十分あると思っています。

こういうタイプは、大抵の部分でいわゆる「普通の生活」ができるため、まず障害とは気付かれないという現実があって、それが良くも悪くも本人の生き易さに影響を与えています。これは即ち、障害だと認識された方が生きやすいという面と、認識されることの反作用として生きにくさにつながる面の両方が有り得るということです。ここで「生きにくさ」というのは、結局周囲の偏見と本人の障害の受容という、二つの変数の掛け合わせによるものになるだろうと感じています。

かなり辛い毎日を送っている人にとって、障害という切り口は率直に目からウロコでしょう。長年の不具合原因がわかるわけですから、納得感は大きなものがあると思います。

でも、一方で、これを受容するとともにカミングアウトすることって、かなりのハードルになることは容易に想像できます。

残念ながら、どんなことでもできないよりはできた方が良い、と感じるのは普通の感情です。いつかできるようになるかも知れない、という淡い期待が、自分にはより達成困難な課題であると分かるのは、やはり事実としてしんどいことです。

そして、「できないこと」は弱みでもあります。ここは社会全体で助け合う雰囲気を育てていくべきだとは思うのですが、現実的には必ずしもそうなっておらず、偏見によって新たな生きにくさを招く可能性があるとしたら、カミングアウトして人に弱みをさらすのは、かなり勇気が要ります。一度してしまったら、元には戻れませんし。

端々に特徴が出ている程度の方は、「もしかして?」という疑問をそもそも感じにくく診断を受けるに至らない場合が多いですし、仮に疑問を感じ受診しても、医師から障害レベルには至っていない、と言われる可能性もありますし、仮に障害だと診断されるレベルであっても、今度は上記のハードルがあって実際に支援を受けるに至らない方も少なくない、という点で、結局生きにくい、ビハインドな状態のままとなってしまうことも多くなってしまうように感じます。

本人の感情も絡むものであり、正解ってまずないのでしょう。でも、現状がベストか? と問われたらそれだけは明確に違う、という思いは強く持っています。

2014年1月17日 (金)

(438) きょうだいのいる家庭の復原力

障害児の兄弟姉妹を「きょうだい」とひらがなで表記することについては、以前も書きました(430等)。なお、厳密にはその「きょうだい」達は健常であることが前提となることが多いようです。

ただ、きょうだい達から見て、障害のある兄弟姉妹が年上なのか年下なのかは、彼らの持つ思いにかなり影響を与えるのではなかろうか、と思います。今回は、このことについて考えて見ます。

one障害児が年上(=兄や姉)である場合

この場合、障害のある兄或いは姉が先に生まれていることから、自分が生まれ物心が付いた時には、既に障害児との生活があった、ということになります。ある程度自分が成長するまでは社会の大部分が自分の家となることから、障害児との生活は、全く普通のことだと受け止めてしまうことになりがちです。

ちなみに、それが前提となるので、自分への親のサービスレベルは、低めで安定し変化が緩やかになりがちです。この点では、波風が立ちにくい状況とも言えそうです。ただ、加齢に従い、友達との関わりが多くなり社会が広がっていく中で、段々「あれ? 何かウチはヨソと違う?」と感じることが増えていくこととなります。

two障害児が年下(=弟や妹)である場合

この場合、oneとは逆に生まれてしばらくは親の愛を一身に受けていた、と推測されます。存分に親の愛を享受できた状態から、年下の兄弟姉妹が生まれたことにより自分への親のサービスレベルが急激に低下する、という経験をしたことになります。もちろん、これは下が健常児であっても、同様のことは起こります。そして、生まれてすぐに分かるような障害でなければ、しばらくは下が健常児である場合と同じレベルの下がり方で維持されることとなります。

ただ、いずれ障害が明らかになった時、更に自分へのサービスレベルが下がる、という幼少時には辛い経験をすることになりますし、かなり自尊感情を傷つけられるような思いを感じることになりがちです。兄弟との年の差にも寄りますが、親を独り占めできていた頃の記憶があれば、なおさら不満を感じるのは当然の成り行きと言えます。

oneは元々親の愛の供給が少なめ、twoは親の愛の供給が激減という経験をすることになりいます。この両者は、語弊はあるかも知れませんが、「貧乏は辛くないけれど、落ちぶれるのは辛い」という感覚に近いものがあると考えており、twoの方がより心の負荷が大きいと感じます。そして、このことにより、同じ「きょうだい」という言葉でくくるのには適さないであろう「異なる感情」を障害のある兄弟姉妹に持っている、と思っています。

但し、oneは逆に加齢に連れて、自分は何で生まれてきたんだろう、端的には「もしかしたら、親は一生お世話係要員が必要だから私を生んだのか?」という疑念を持つリスクがあります。加えて、普通は、年上が年下の面倒をみるものなのに、なぜ年下の自分が我慢をし、面倒をみなければならないのだろう? という思いも出てくるでしょう。これはこれでoneとは異質ではあるものの、決して簡単に割り切れないものだと思います。

親は、このようなことを踏まえて子供たちに接しなければならないと思います。単純にこうすれば良い、というような答が出るものではありませんが、一つ言えるのは船舶のように家庭を営むことが必要だということです。

船舶には復原力というものがあり、ある程度までは傾いても元に戻すことができます。でも、これを超えたらどうなるか? 簡単です、転覆してしまいます。

率直に言えば、残念ながら障害のある子の方に重心を掛けざるを得ない状態は否めないかも知れないとは思います。でも、それをやるにも限度があって、親が例え少なくてもきょうだい達にもキチンと目を向けて、かつ時間を作って彼らの思いに応え、欲求を満たしていく必要があるし、そうすることで家庭の復原力を維持していく努力をしなければならないだろうと考えています。

もちろん、言葉で言うのは簡単ですが、楽なことではありません。でも、船舶が転覆しかける前に、もうちょっとだけ汗をかく努力をしてゆきましょう。長い航海をし続けていくために。

2014年1月10日 (金)

(437) どちらの由来か

「発達障害児」という言葉。この言葉を見た時に、普通は「発達障害」に目が行きがちとなります。それはナチュラルな反応でしょう。でも、ここで「児」という一文字、すなわち子供である、ということは忘れられがちであり、このことにはきちんと留意しなければならないな、と思っています。

健常であっても「児」即ち子供は、結構いろいろとやらかしてくれますよね。自らの越し方を振り返れば、失礼ながら、大抵の読者にも身に覚えがあると思うのですがsmile

だから、目の前の子供のちょっと変わった行動が、「発達障害」に由来するのか「子供であること」に由来するのかについては、ついついイラッときて脊髄反射してしまう前に、しっかり見定める必要があります。そして、それができるような心の修練もcoldsweats01

いざやるとなると、難しいと感じられるかも知れません。でも、少なくとも、良くない言動について全てを発達障害に由来するものだ、と短絡的に結論付けてしまうことは避けなければなりません。子供は子供なりの感性があってやっているんだ、という認識の下で鷹揚な態度で接することも、忘れてはならない大切なことだと感じています。

そのように子供を見ていかないと、子供が成長過程で(誰もが)通る道筋やそのことへの評価を見誤る恐れがあります。近視眼的にならず「健常児はどうなんだろう?」とちょっと引いた目線を持つこと、これは時に、自分が我が子にやって欲しいと思っていることは、実は健常児でも結構難しいことだと気付いたりすることに役立ったりもします。

とは言え、かく言う自分もそれなりに留意しているつもりですが、もちろん完全ではありません。ただ、たまたま当家には娘がいるので、比較対象があるぶん多少はやりやすくなっているのかな? とは思っていますけれど。

二つのどちらに由来するのかを考えることは、最初は大変かも知れませんが意外と楽しいことであったりもします。まず、子供を正しく理解するのに役立ちますし、もちろん子供の成長の把握にもつながります。そして何より、そのことで子供を肯定的に見られるようになって、子供との関係もより良い方向に進むことが期待できますから、やってみる価値はあると思います。

2014年1月 4日 (土)

(436) 長い休みに思うこと

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

細々と書いてきたこのブログ(最初はHP)も、もうすぐ6年になろうとしています。ネタ切れ気味ですので、更新頻度は今後多少下がるかも知れません。その点はご容赦を願います。逆に、何か希望があれば、当ブログのコメントやtwitterのメンション等でお寄せ頂ければ幸いです。

さて、今回の年末年始は見事に平日と重なった結果、9日間連続でお休みになった方も多かったと思います。

ちなみに私の会社では、夏休みも1週間連続で取得するよう奨励してはいますが、中々取れないこと、他の方は普通に働いている(私の勤務先の場合)こと、休んでいても何かあった時には立場上電話がかかってくる環境であること等から、今回のように職場のみんなが一斉に休みを取り、自分も気がねなく休めるという経験は極めて久し振りで、お休みを満喫させて頂きました。

長い休みになると、会社のことがあまり頭に浮かばず、私事に没頭できる環境を得ることとなりますが、このような普段背負っているものを降ろした感覚ってそう言えば昔もあったな、と考えてみると、実は息子の障害を告知された時であったことに思い至りました。

ここに来られている方のうち、障害児を育てている方も少なくないと思うのですが、子供に障害があると告知されて、その後それまでの生き方と全く変わらなかった方ってかなりマレだと思うのです。大抵は自分のこれまでの生き方を省みて、ある部分は継続、ある部分は断念あるいは中断、ある部分は新規着手、と力の入れ先のポートフォリオが変わることになったと思うのですが、いかがでしょうか?

自分の場合、少なくとも家庭の持続可能性について、それまでと比較して格段に留意するようになりました。そして、会社での自己実現という比重が下がり、会社で働くことは家庭の持続可能性を担保するための手段であるとの認識を明確に持つようになりました。

ひとことで言えば、会社の仕事は私ではなくても誰かが代替できるけれど、家庭を守れるのは私だけである、という悟りのような意識を持つに至ったということです。この悟りによって、私はそれまで背負っていた「会社業務による自己実現」という荷物をかなり降ろし、荷物が軽くなったことによって得た余力を、障害や療育手法の知識習得やさまざまな情報収集にあてることとしました。

書いてしまえば簡単なことのように思えますが、これまでの生き方のパラダイムシフトを伴う大転換点であり、当然人間としての葛藤はありました。理屈で考えればこれしかないな、とは思うものの、理屈に感情が追いつき納得できるようになるまでにはかなりの時間を要することとなりました。そして、ようやく気持ちの整理がついて落ち着いた時には、自身の世の中の見方が変わっていることに気付きました。

東日本大震災の時に、「障害児の親は意外と冷静に現実を受け止めている」というような趣旨のメンションをtwitterで見かけたことがありますが、これも一度背負っていた荷物の棚卸しを実施し、行くべき道筋を見定めるという経験をされた方が多いからこそ、ちょっとやそっとのことでは動揺しないようになったことによるのではないかと感じています。

なお、当たり前ですが子供の障害を理由にするべき仕事まで放棄するようなことをしてはならないと認識しており、そこは後ろ指を指されないようにやってきたつもりです。ただ、ここが男の踏ん張りどころだと家庭を顧みずに仕事に没頭するようなことはできないし、上を目指す方には「お先にどうぞ」とバイバイハンドでお送りするしかないな、と達観しています。

もうすぐ長い休みも終わります。どのような年になるかはわかりませんが、これからもできる範囲で頑張っていきたいと思います。

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