« (405) 余計なお世話 | トップページ | (407) 高機能であること(1) »

2013年6月15日 (土)

(406) 将来の自立

息子も4年生ということもあり、私はたまに息子に対し「将来、何か成りたいものはないの?」と聞くことがあります。

この問いに対して息子は、残念ながら明確な答えを返してくれることはありません。しばらく、考えるのですが「…わからない!」とそこで思考が停止してしまうようです。

まあしょうがないことだよな、と今はあまり深追いしないようにしています。健常児であっても、まだ働くことのイメージがイマイチつかめていないでしょうし、せいぜい何となく「警察官」「サッカー選手」「ケーキ屋さん」とちょっと良いかと思える職業を言うようなレベルだろうと思われます。そういう彼らも、大多数はその職に就くためには○○の資格を持っていなければならなくて、その取得のために今から計画的に勉強をしている、ということはまずないでしょうし。

ただ、何かになりたいという目標があると、本人はその達成に向けて努力するポイントがより明確になりますし、こちらが課題の実施を促す際にもそれが一つの強化子になってやりやすくなる、というメリットはあります。とは言え、まだその時期ではないということなのでしょう。

親としては、息子に何になってもらいたい、という願望はありません。世間様から指弾されないような仕事であれば何でも良いと思っています。むしろ、何を職業に選ぶにしても、自立した生活が送れるようになるかの方が、より大きな関心事となっています。

将来の自立を考える際に、レベル感をどのように考えるかは人により差が出てくるであろうところです。基本的には、私は以下の4つくらいに分けて考えるのがわかりやすいかな、と考えています。

A…家族と共同生活を営むとともに、いざと言うときに親のサポートができるレベル。

B…家族だけならなんとか生活できるレベル。

C…家族を持つには至らないが、自分一人なら何とか生活できるレベル。

D…自分一人でもやっていけないレベル。

私としては、Aレベルまではとても期待できず、Bレベルもチャレンジ目標ということで、基本的にはCレベルまで行けば御の字だと考えています。また、もしDレベルになるとすると、親はいつまでも生きていられない以上、福祉の仕組み・制度を学びその後の生活を託せる施設を探さなければなりません。これからの10年でほぼ方向性が固まって見えてくるでしょうし、少しずつ準備はしておかないとなあ、と考えています。

もっとも、健常児であってもDレベルになることが決して珍しくない世の中です。そんな世の中であっても、子供たちは生きていかなければなりません。我よしではなく、普通の努力で皆が普通の幸せをつかめるような世の中になるよう、親世代としてももう少し真剣に考え、できることはやっていかないといけないな、と思います。

« (405) 余計なお世話 | トップページ | (407) 高機能であること(1) »

学校・幼稚園での様子」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (406) 将来の自立:

« (405) 余計なお世話 | トップページ | (407) 高機能であること(1) »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ