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2013年5月

2013年5月25日 (土)

(403) 運動会の季節

本日は良いお天気でしたね。息子・娘の通う小学校でも、恒例の運動会が開催されました。

朝は寒いくらいだったのですが、昼頃には日差しも強くなり、暑くもなく寒くもない絶好の運動会コンディションとなりました。

今年から息子に加えて娘も一緒の運動会に出場するということで、当たり前ですが子どもトータルの出場時間が増え、その分親の方も息抜き・油断できる時間が少なくなる、というハードな状況となってしまいましたhappy01

この二人、基本的に嗜好から興味から全く合わないところ、運動面でもだいぶ到達度が違います。息子の方は発達障害にありがちな不器用さが出て運動不得意なのに対して、娘の方は、逆に人並み以上に運動能力が優れています。

ただ、両者に共通するのはノミの心臓であるところcoldsweats01。プレッシャーにすごく弱く、実力が発揮できない点だけがなぜかしっかり似てしまっているのは、両親の小心さが遺伝してしまっているのではないかと、ちょっと残念です。

何はともあれ本番を迎え、さて今年はどうなるだろうかと期待半分・不安半分で行ってきたのですが…。

息子は、団体競技と踊りと徒競走の3種目に出場。団体競技もみんなと一緒にできていましたし、踊りも昨年よりも更に上手になっていました。踊りの細かな部分についていききれずに、止まったり他の子と別の動きをしてしまうところはご愛嬌だと思いますが、8割以上はちゃんとできており、十分許容範囲だったと思います。

というか、テストで100点以外はダメだ、と言われたりはしないのに、どうして体を使うものは100点取るのが当たり前、みたいに基準が高いのでしょうか? よく考えれば不思議ですよね。

徒競走についても、遅い子の組の中で3位とまずまずの着順で終えることができ、いずれも問題なく参加できていました。

娘も、踊りに玉入れ、徒競走と3種目に出場。踊りは全く問題なかったのですが、徒競走はまさかの組で最下位despair、練習では2位だったこともあると聞いていたのですが、プレッシャーへの弱さがモロに出てしまいました。また、玉入れでは、玉を拾う方に集中して投げる方がちょっとおろそかになるという点が見られましたが、総じてよく頑張っていたと思います。

なお、子どもたちの小学校では、昼は家族で弁当を食べることになっているのですが、これまでは息子がグズグズと不平不満(暑い・疲れた・やりたくない・帰りたいetc)を言うのをなだめすかして午後につなぐこともあったのに、今回は食べるだけ食べたら、「じゃあ、戻るね」とさっさと戻っていったのにはビックリしました。ギリギリまで戻ろうとしなかった昨年までと違って、何か急に成長したような、大人になってきたような気がします。

成長する時はするんだなあと喜ぶと同時に、ちょっと拍子抜けしたというか寂しさというか、それらが混ざった空虚な気持ちも感じています。

本日が運動会だったところも多かったと思います。参加された皆様、お疲れ様でした。ゆっくりお休み下さい。

2013年5月19日 (日)

(402) 味がわかること

私が学生時代に所属していた部の部室には、大抵誰かが買ってきたビッグコミックスピリッツかモーニング(たまにヤングジャンプ)があり、部員は講義の間の空いた時間に部室でこれを読んで暇つぶしをしたりしていました。

「美味しんぼ」もこの(怠惰な学生)生活の中で知りましたが、その中の台詞はギャグとしてよく使わせもらっていました。「まったりとして、それでいて少しもくどくない」「陶然となるとはまさにこのこと」等々、よくみんなで真似したものでしたhappy01

海原雄山の「こんなものを美味いと思っているとは・・・」という台詞もよく使っていましたが、実は自分も味覚は鋭い方であり、小さい頃から母親に嫌がられていました。ちょっとした味の違いをすぐに指摘するので、緊張感を感じていたそうです。

実は、この傾向を息子は受け継いでいて、やはり味にはうるさいです。前にも書きましたが、ヤクルト「風」のドリンクは受け付けませんし、無いからそれで我慢するということができません。「ヤクルトが無いなら要らない」と言い出して飲みません。まあ、それで暴れたりしないので、問題あるかと言われたらそれまでですが。

昨日、久々にステーキを焼いてみました。日本では、良い肉というと必ずサシが入ります。それはもちろん美味しいのですが、息子の口には合わなかったようで「この肉、油が多い。もう要らない」としっかり指摘してきました。

昔は、「子供なんだから、出されたものを黙って食え!」と叱られたものだと思います。でも私は、この特性は特性として尊重してあげないといけないなあと考えています。実はこのリアクションは多少予想していたこともあって、息子用には別途サシの入っていない「安い」肉を購入してはいました。

最初に、大人用に買っていた肉を切り分けて試しに食べさせたところ、前述のようなリアクションがあったことから(もし無かったら、大人がサシ無しの肉を食べようと覚悟してcoldsweats01いました)、サシ無しの肉を焼いて食べさせたところ、こちらは「美味しい」と言って奇麗に食べてくれました。

値段だけから考えると、「安物」の方を美味いと言っていることになります。実は、私たちが食べたサシ入り肉も、半分位食べると段々飽きてきたのも正直なところであって、味覚として捉えた場合、息子が一概に味がわからないということにはならない、と思っています。

そもそも、美味しんぼでは、味がわからないのが残念だ、不幸せだ、と見下されることが 多いですけど、現実的には何でも美味しいと食べられる方が幸せの敷居が低くなって満足度が高い人生が送れるようになるのではなかろうか、と思います。

この点で、息子は食生活において満足を感じることが少なくなりがちで大変だなあと思いつつも、一方で今回のように安くても美味いと感じられることもあるわけで、要は本人が美味しいと思うものにより多く出会えるような人生を送ってもらいたいなあと感じています。

2013年5月14日 (火)

(401) GWの帰省

GWは、恒例となっていますが私の実家へ帰省してきました。

往路は、6時前には家を出るという目標を立て、それまでに子供たちが目覚めてくれなければそのまま抱きかかえて車に連れ込むことも考えていたのですが、意外とすぐに起きて着替えてくれました。このあたり、前々から予定をインプットしておくことの大切さを改めて感じました。

もっとも、息子の方は小心者なので、帰省という行事前に緊張して眠りが浅かったという事情もあったようですが…coldsweats01

首尾よく家を出ましたが、東京ICからいきなり渋滞につかまり(家を出る直前に道路交通情報センターのHPで見た時点では、横浜町田ICからのはずだったのですが)前途多難な旅立ちとなりました。

ただ、通信販売で2万円を切るカーナビを購入して取り付けてあったこともあり、息子はその操作や渋滞情報の表示のたびにラジオのスイッチを入れる等を喜々として行っており、渋滞に対して今までほど文句を言いませんでした。少し耐性が出たのかな、と嬉しく思いました。

なお、発達障害の子は、そういうデジ物や機械が大好きなこともあって、その操作で不満をそらすという対応は、有効だと感じました。

結構ノロノロ運転が続きましたが、交通集中による自然渋滞ということもあり、徐々に速度が出るようになって厚木ICあたりからはほぼ速度も回復、やがて普通に走れるようになり新東名に入って静岡SAで昼食を取りました。

幸い、ちょっと早めに入ったことから座席は簡単に確保でき、息子はラーメンを食べました。ここのラーメンは息子の口に合ったようで、今でも「美味しかった」と言っています(回し者ではありませんので念のため)。

更に進んで音羽蒲郡近辺でまた渋滞に捕まるというアクシデントもありましたが、結局8時間かかってやっと実家にたどり着くことができました。普通に走れば所要時間は半分ちょっとなんですけどねbearing

息子は、1年ぶりに会った祖父母に対し「おじゃまします、お世話になります」とご挨拶したそうで、これは合格だと思います。

父母宅には姉家族も合流し、息子や娘の従姉妹も来たのですが、従姉妹と遊ぶのはもっぱら娘の方でした。まあ女の子同士で年齢も近いことから、これはしょうがないと思います。

翌日は、ちょっと遠くの公園に行きましたが、よく晴れて気温が上がったことから暑さでとたんに不機嫌になった息子は、「つまらない」等と言い出して、娘たちと分かれて木陰のベンチで休んでしまいました。こういうちょっと不満を感じ始めると、その感情を抑えきれなくなってしまうのは改善点だなあと感じました。

最終日は、仲良く遊ぶ娘と従姉妹を家に残して、息子と土産を買いに行ったり、ちょっと電車を見に行ったりして、それなりに楽しく過ごすことができました。

夕食を食べて祖父母宅を出る時に、息子は「おばあちゃん、ご飯とっても美味しかった。」「長生きしてね。」「さようなら。」「また来るね。」と言って出てきたのは、正直驚きました。そんなことは、私も妻も全く教えていません。彼が自発的にそのような発言をできたのは、素晴らしいと思いました。

前々から書いているように、息子の障害について私は父母にカミングアウトしておりません。「でも」と言うべきか「だから」と言うべきか、母からは「この子はかなり変わっている」と指摘され続けてきました。しかしながら今回は、「ちょっと変わっているけどね。もう少し落ち着きがあればねえ」程度に評価が上がっていました。心の中で、ガッツポーズをしたのは言うまでもありません。

帰路は、厚木ICを先頭に渋滞30kmという表示が、近づいても縮まなかったので、手前のサービスエリアで2時間半ほど休む(眠る)ことにし、目覚めた時には渋滞も解消していたので、そのまま深夜に帰宅を果たすことができました。娘ははるか手前であっさり眠ったのですが、息子は気が高ぶってしまったのか、ほとんど寝られませんでした(その分、家に着いて安心したのか、寝た後は昼近くまで起きられませんでしたけど)。

今回の帰省は、改善点はあるものの成長が感じられて嬉しいものとなりました。

2013年5月10日 (金)

(400) 孫の顔2

実際、私自身も、息子に子ども(=私に孫)ができた時に、手放しで喜べるかと問われたら、明確にNo!です。

というのは、まず一度徹底的に打ちのめされた経験からのトラウマがあって、この孫がまた息子と同じタイプではないという確信が持てないこと、そしてその確率は世間一般の水準よりは高いであろうと予想されることからすると、何の不安も持たずにいることはなかなかできません。

それに、そもそも息子が人並みの育児能力を発揮できるかは謎です。恐らく、孫が健常の場合であってもそれなりに手助けが必要になるでしょうし、発達障害であった場合にはまず対応できないことが予想されます。発達障害がある者同士で心が通じ合う、あるいは理解し合える、等というのは幻想だと思っていますし。

このようなことから、もしも孫が現実に生まれたらと考えると、私や妻が老骨にムチを打って前に出て行かざるを得なくなるのではないかな、と考えてしまいます。確かに、初めての経験ではなく慣れはあるとは思います。でも、その障害の出方が個体によって千差万別であるのが発達障害であり、その育児に携わるとなればやはりかなりのエネルギーが必要とされることでしょう。その頃には私も老いており、その気力が残っているかについても自信がありません。

つらつらと考えてみると、正直なところ孫の顔は見たいと思うものの、それにはかなりの覚悟が必要になるということが明確になってしまいますね。

もちろん、話を最初に戻してみれば、息子が子どもを持つことについて現実感を持てるようにはなっておらず、これが取り越し苦労に終わる確率は、依然として高いと思ってはいるのですけど…。

私が息子の療育環境を整えるにあたっては、決して障害を克服して「普通」になってもらいたいとの思いではなく、あくまでも本人がより生きやすくなるようにと願ってやってきました。ここで「生きやすい」とは即ち、自己の意思による決定機会が多い状態を言うのだと私は思うのです。療育により、少しずつ自分でできることが増えてきたことで、間違いなくその願いはかなってきたことになりますが、一方でそうなってきた先に新たな懸念が生じてしまう状態は、皮肉としか言いようがありません。

しかしながら、もうそこは自分にとってアンコントローラブルな領域であるとして、考えないようにするしかないのかな、と思います。少なくとも、息子の可能性を増やす取り組みをしなければ良かった、などという結論は有り得ない以上、親として子どもにできるだけのことはやってきたわけですし、その延長上に起こってくるできごとについては、冷静に受け止めて発生する都度対応していくしかありませんよね。

実は、イタズラの度が過ぎて叱られる妹を見て「あまり怒るの、良くない」と私をたしなめるようになった息子の内面の成長を見て、「もしかして、ひょっとして」と考えるようになったのが今回の記事の発端です。さて、どうなるでしょうね…?

2013年5月 6日 (月)

(399) 孫の顔1

今回のタイトルを見て、どのような内容を予想されたでしょうかwink ?

一般に「孫の顔」と言った時、息子を基準とし、その祖父母(つまり、私や妻の父母)の持つ、孫の成長や様子を見たいという願望についての内容だと思われる確率が高そうだと想像するのですが、今回はそうではなく、私自身が孫の顔を見ることについての思いを書いてみたいと思います。

えらい先の話だと思われるかも知れません。私も、一面ではその通りだと思います。しかしながら、既に息子も最後の一桁年齢であって、生まれてからこれまでに経過したのと同じ年月が経てば、もう高校を卒業していることになります。全く視野に入らない程先の話でもないと感じています。

ここで、そもそも結婚すること、あるいは子どもを持つことが必ずしも人の幸せに結びつくものではない、というご意見があることは認識しています。周囲からの「結婚しないの?」や「子ども、まだ?」がセクハラになる時代でもありますし…。更に結婚や子育てについて、親の意向にそのまま従う必要はないこともまた然りだと思います。ただ、今回はこういう点については深入りしないこととします。

今更書くまでもなく、息子は広汎性発達障害と診断されており、この子が将来結婚して家庭を持ち、更に子どもを育てていく、ということが本当に起こるのだろうか? を考えると、あまり現実感がないなあと思ってしまう気持ちがあります。

でも、その昔に息子が生まれ、幸多かれと願った時点に立ち戻ると、その時には目の前でホヤホヤと小さな泣き声(後に比べてです)を上げる息子に対し、当然のように成長し、いずれこの子も一家を構え子を持つだろうと、漠然と思っていました。

孫の顔が見たい、という思い。それは、先が短くなった自分の生きた証を受け継ぐ存在が欲しいということではないかと感じています。それは、生物としての自然の感情だと思います。

ところが、息子の障害を知り、一度はそういう未来が来ることはまずないだろう、との喪失感を味わうこととなりました。

その後、本人の持って生まれたものに加えて療育を行いそれなりに効果もあって、何とか普通学級に入れる状態(の下限coldsweats01)に達し、途中で複数回つまづきながらも送ってきた小学校生活も半分が過ぎました。取りあえず、小学校の間は何とかこのままでいけるだろうとの感触を得つつも、じゃあこのまま普通学級で進むということは、どのような将来を迎えることとなるのか? という大きな課題をどうしても考えなければならなくなりつつあります。

正直なところ、これまでは目先の課題への対応で手一杯でした。しかしながら、それが何とかクリアできてきたとなれば、どうしても「健常者っぽく」生きていくことが期待されます。そのために、まずは中学、そして高校でどのような支援が必要になるのか、また本人が将来にどのような展望を持っていて、その展望に合わせてさらに大学への進学をどうするか、そして最終的な自立に向けた準備をどのように進めるか、といったさまざまな課題を視野に入れ、時間とともに具体化してくるものへ対処していくこととなります。

このように考えると、私が孫の顔を見るというのは、息子が何とか社会に巣立った最後の集大成である一方、そこに至るまでにはものすごくたくさんのハードルが並んでいることになりますね。

なお、障害者が障害者として子を持つということについて、私はもちろん否定するつもりはありません。ただ、その場合の育児をどうするかということについても、理想論ではなく具体的に考えておく必要があると考えています(続きます)。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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