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2013年4月

2013年4月28日 (日)

(398) 学校公開行事に参加して

27日は、息子・娘の通う小学校で、学校公開(昔で言う「授業参観」)行事が行われたので、参加してきました。

どうもこの時期は全国的に学校公開が行われるようで、遠くに住む姉のところでも同じように実施されたと聞きます。

息子は、実はかなり登校を嫌がりました。親が学校に見に来ることを嫌がっているというわけではなく、何で土曜日に学校に行くのかという思いがベースにあるところに、なぜ代わりの休みが無いのか、という彼の不満が原因となったようです(普段は、大抵翌月曜日がお休みになるんですけどね。学校側で元々連休で月曜日がお休みだから良いや、ということにしたのでしょうか?)。

彼のこの疑問は、ある意味では正しいと言えると思います。よく学校は社会に出るための準備期間だと言われますが、社会で一方的に休日を一日削られるようなことは、「建前では」まず無いわけですし。

何とかなだめすかして時間ギリギリに登校させた後、妻と学校に向かうことにしました。

さて、まずは息子です。

息子は、席に座って静かにしてはいました。よく発達障害の子にありがちだとされる立ち歩きや抜け出し、奇声というような問題行動は全く起こしていませんでした。

それは良いものの、授業とは全く関係ないページを開いて読んでいて、先生のお話を全く話を聞いていませんbearing。みんなが先生の質問に対して反応したり、答えようと手を挙げたり、指示に従って課題をやろうとしたりしているのに無反応で、率直にまだまだだなあと感じました。

一方、気を取り直して娘の教室に行ってみると、こちらは熱心に取り組んでいました。安心して見ていられますhappy01。こちらの姿を認めると、ニヤッとしながら手を振ってきたりと余裕も感じられます。

ただ、課題に熱心になるあまり、先生から「はい、ここで一旦手を止めて!」と言われてもそのまま続行したり、ひらがなの練習で何が気に入らないのか何度も「書いては消し」を繰り返して時間が終わってしまったりと、気持ちの切り替えがまだ不得意だな、と感じる部分もありました。

とは言え、入学して1ヶ月も経っていませんし、まあこれはご愛嬌かな、と思うことにしています。

ちなみに、娘の隣の席の子は、とても優秀だと思われる子で、娘も決して不出来ではない方だとは思うのですが、一枚(かそれ以上に)上手です。帰宅後に妻から聞くと、娘はその子に無謀にもアドバイスをしようと試みてうるさがられることもあると聞き及び、これから学校社会で揉まれていくんだろうなあと、応援と諦念の入り混じった複雑な思いが胸中に沸き起こってきました。

4月はあれこれと行事もあって、息子だけでなく娘も結構疲れているようです。GWに入ることとなり、少しでも英気を養って以後の夏に向けての日々を過ごしてもらえたらと感じています。

2013年4月25日 (木)

(397) 日欧の障害受容を考えてみました

日本は、障害者に対する社会の意識や理解度が低く、障害者支援のための法制度も不十分である、とよく言われます。

何でこうなったのかについて、自分なりに感じていることを書いてみます(当然全くの私見であって、学問的な価値は皆無であることを申し上げておきます)。

日本は、神話の頃から障害者に厳しいのではなかろうか、と感じることがあります。その根拠は古事記で、イザナギ・イザナミの間に生まれた子(水蛭子)に障害があり、「葦の舟に乗せて流した」と書かれています。障害児は「水に流して」無かったことにしようと考えられる存在だったのかと受け取ってしまうのですが、じゃあヨーロッパではどうだったのか? を考えると、障害児は悪魔の申し子であると考えられていた時期もあり、この点ではやはり排除の対象となっていました。

日本は、更に仏教が広まったことで、輪廻転生と善因善果悪因悪果の思想が根付くこととなりました。本来、仏教にも慈悲の思想はあり、仏教に篤く帰依した光明皇后が病人の膿まで吸った伝説は有名です。しかしながら、庶民は苦しい生活が続いて他者を救う余裕が無い中で、障害も前世の業による報いだと捉えられるようになりました。ちなみに、「業が深い」子がお寺に預けられることもあったようで、一つ目小僧、三つ目入道が僧職の装いであるのは象徴的だと感じています。

このような考え方が長い封建時代によって定着し、障害者のケアは家の側の問題であって、社会の側の問題とはされにくい風潮が生まれたように受け止めています。

「障害を恥ずかしいと捉え、人に知られたくないと思う」考え方、もちろん私はこの考え方を誤りだと思うのですが、このように思ってしまう人がいる背後には、自分の家の業の重さやその家に生まれた自分もまた業が深いということになってしまい、その事実を世間に知られたくないという気持ちが紛れ込んでいないかを疑う必要があると考えています。

一方でヨーロッパの場合、いわゆる魔女狩り等の迷信がはびこった後、個人の特定の行為の責任は悪魔などの超自然の力でなく、あくまでも個人にあるという概念が生まれてきました。元々キリスト教では輪廻転生を否定していることから、障害が前世の報い等とする考えは派生せず、また「隣人を愛せよ」との教えによって、福祉やチャリティ、ボランティアの文化が発展し、障害者は社会から手を差し延べられる対象とされるようになってきました(実は、この背後には「善行をしている自分が地獄に送られるはずがない」と信じたい人間の弱さがにじんでいる、という批判もあるかと思います。でも、仮にそうであっても実際に行動に移していることは、素直に評価すべきでしょう)。

まだまだ「家」の概念が強く残る日本とは異なり、「個人の確立」度の高さも相まって、社会の意識的にも法制的にも大きな差が生じ、現在のような状況になってしまっているのだろうと考えています。

問題は、じゃあどうするかということになろうかと思いますが、社会の意識や制度が追いついていないままで抽象的な概念だけを基に「自立支援します。頑張って下さい」と言われても、言われた側は為す術もない状態となってしまうことは、論を待ちません。

意識と制度を考えた時、日本の場合は形から入ることが多いことから、まずは形である法律に裏打ちされた障害者のための制度設計をきちんと実施していくことを優先するべきだろうと思います。

本当は、意識改革も大切、というより意識改革の方がより大切だとは理解しているのですが、こちらの方は変えようと思ってもすぐに変わるものではないと思っています(残念ではありますが)。

そして、私たちも、今ある制度は(不十分でも)まずは積極的に利用して利用実績を向上させつつ、不十分さから来る不満を「うまく伝える」努力をしていかなければならないでしょう。そうする中で、改善すべき点が明らかになり、かつ改善する方向性も浮き彫りになっていきます。

もちろん、そうこうするうちにも自分の子どもも着実に成長していくわけで、子の成長に制度の拡充が間に合わないかも知れない、というリスクは当然出てきます。でも、だからといって口を開けて待っているだけでは何も変わりません。

止むに止まれぬ思いを持って、声を上げる人が少しずつではありますが出てきています。今の制度も、誰かが声を上げたから整えられてきたことに思いを致せば、私たちが取るべき行動も自ずと明らかになるのではないでしょうか。

2013年4月18日 (木)

(396) 「きょうだい」の入学

前回は娘の入学式について書きました。

早いもので、娘が息子と同じ小学校に入学して、早2週間が経とうとしています。

この二人、同じ学校に通うのに、今まで一緒に学校に向かったことはありません。現状では、娘が先に出て登校班に合流して登校班の子達と一緒に登校、息子は始業時刻ギリギリ近くになるまで家でゆっくりと過ごしています。

本当は、息子も登校班で行くべきなのですが、集団での行動が難しいという障害特性もあり、息子達の小学校では登校班が義務ではないこと(実際、高学年になる程抜けて行く)、学校がそれほど遠くではないこと、一応一人でも何とか学校にたどり着けること等を勘案し、以前から一人で行かせるようにしていて、そのまま新年度になってもそうなっている、というのが実態です。

更に補足すると、そもそも登校班はどうしても最大公約数の集団であるために、始業時刻にかなり余裕を持って出発する一方、友達と関われない息子は早く学校に着いてもやることがなく、時間を持て余してしまってそれがイヤだと感じていた、という事情もこの判断の背景にありました。

この二人、現在はかなり張り合う関係になっていることもあり、何かあるたびに兄妹ゲンカになってしまっています。とはいえ、別の小学校にするとなると(一応、私の住む地域では学校選択制になっているので、やろうと思えばできました)、学校行事が重なった時に困りますし、これはやむを得ない選択だと思っています。

まあ、自分も小さい頃に姉と仲良しだったか? と考えると残念ながらそうではないですし、こればしょうがないのかなあと思います。

今のところ学校で接触することも無いようですが、いずれ学校でもこの二人が兄妹であることは知れていくでしょうし、それに伴って何かトラブルが起こらなければ良いな、と祈るような気持ちでいます。こればっかりは、先に手を打つことはできませんし・・・

本人だけでなく、「きょうだい」の平穏な学校生活にも意を払う段階になってきたことを感じます。

2013年4月11日 (木)

(395) 入学式に思う

8日は、娘の入学式でした。これに夫婦で出席しましたが、息子の時とは異なり、終始不安を感じることもなく落ち着いて見ていることができました。

もっとも、息子の入学式はどうだったかと言うと、結果的にはほとんど問題なく終えることはできていました。この点は、本人の名誉のためにキチンと申し上げておきます(その後はともかくhappy02)。ただ、事前には、そうなるだろうという確信を持てなかったことは否めません。

この時期、世間のあちこちで発せられる「ご入学おめでとうございます」という言葉。この言葉を受けて、何らためらうことなく「ありがとうございます」と返せるのは、実はとても幸せなことであって、すべての親がそういう立場に立てるわけではないということに思い至ります。

息子のように「かろうじて普通学級に在籍している」という状態だと、入学式も含めて何か行事があると常にアドベンチャーになってしまい、その都度あれこれと心配事が頭の中に沸き起こってきて、素直にめでたいと感じられなくなってしまっています。こう言っては身も蓋もありませんが、親も「いっぱいいっぱい」になってしまい、入学式で近所に住む上級生も入って行われる歓迎の言葉をしっかり聞いて楽しむ余裕も無くなってしまうのは否めません。

特別支援学級や特別支援学校への入学を決められた親御さんの場合、子供のために最善を選んだという思いと、愛する我が子がハンディキャッパーである事実に改めて正面から向き合い、受け入れるという重い決断が入り混じった複雑な感情をお持ちになることが多く、やはりなかなか素直に入学を喜べないというお話を伺います。

ただ、障害を持っていることと障害を持ちつつも成長をしていることは、やはり区別するべきであろうとは思います。障害を持っている事実は、かなりの高確率で努力でどうにかすることはできません。出産前に抱いていた夢、願い、想いがかなわないことは本当に辛いことです。「もしかして、ひょっとして」と淡い期待を持ちながら療育をしてきて、「やはり無理だったか」と無念の思いが胸の中に広がるのは、やっぱりきついですよね。

私自身、似たような思いはやはり持っていますし、それを煩悩だとあっさり切り捨てるなんて、とても難しいことだとは理解しています。でも、それでもそのことを思い悩むよりは、無理にでもその子なりの成長を寿ぐようにしていくことが、やはり大切なのではないかと思うのです。その煩悩に執着している限り、心の平穏と意欲を取り戻すことはできませんし。

…入学式に出て、このようなことを考える親って、あまりいないですよね。

2013年4月 6日 (土)

(394) 息の長い持久戦

春休みを利用して、息子の主治医と面談してきました。

でも、相談しても回答に曖昧な表現が多くて、今いちピンときません。入学前の頃と比較すると、膝を叩きたくなるようなアドバイスが減っているように感じました。ただ、これはしょうがないのかなあと諦めています。

(331) 療育機関の課題でも書きましたが、幼児期は、まずやらなければならないことが単純かつ明確で、それに向けた療育方法もある程度確立しており(代表的なものとして、ABAによる介入)、それを子に施すことで実際に改善していって、その度合いもある程度即効性を以て感じられる(言い方を変えれば、まさに「目に見える」)状況となります。

やったなりの効果を感じられることは、実は療育をする側にとって達成感という満足を得られる「強化子」になっているという側面があります。ゆえに、幼児期の療育はこのやりがいの実感によって、親も医師も療育機関も熱心に取り組むことにつながりやすくなります。

しかしながら、ある程度成果が出て成長してくると、段々個性が立ってきて、課題も人によって異なってくるようになります。このために、個別の対応が必要となる一方、その対応ノウハウは手探りとならざるを得ません。医師も療育機関も、豊富な経験を有していたとしても、万能の対処法を持っているわけではないのです。ゆえに「これだ!」という決定打も中々見出しにくく、何となく成果があがりにくい、或いはあがらないと感じられるようになってしまいます。

でも、これって引いて考えればむしろ当たり前のことなのではないでしょうか。健常児に一つの育児法しかないかを考えれば自明で、まさに「個性を尊重し、伸ばす育児」が求められることとなったのに過ぎません。

とはいえ、何とかならないかなあという思いはあります。発達障害児の個性は健常児と異なっており、社会性に欠ける部分を補っていく必要があります。この補うための方法を考えることこそが、発達障害児育児の「醍醐味」ではあります。

しかしながら、次々と生じてくる課題、少なからぬ軋轢に対して立ち向かい、解決していくという大仕事を、当事者親子だけで引き受け、こなしていけるとはとても思えないのです。医師や療育機関の助言は、やはり必要になります。

幼児期を何とか踏み越えたとしても、少年期以降にいじめや不適応によって不登校や自傷・他害等の問題が生じてくる原因の一つには、この問題解決の担い手が減ってしまう現実があると思います。

当たり前ですが、発達障害児は、突然出現して、しばらく経ったら消えてなくなるような存在ではありません。発達障害については、ここのところブームになっている感があり、特に最近は大人の発達障害がマスコミにも取り上げられ注目されるようになってきていますが、発達障害児は乳児期、幼児期を過ぎた後、少年期、思春期、青年期を経て大人になるのであって、それこそスペクトラムではないですが連続して存在するわけです。一方で、その少年期から青年期にかけての対応が手薄であることが、課題であると思っているのです。

実際のところ、幼児期は課題と対応が明確であり、また大人になればある程度自分を客観視できるようになって、自分がやるべき課題を自分で認識できるという状態である一方、少年期から青年期にかけては、周囲も本人も問題解決に向けての能力が育っていないのが現実です。

人間、何の解決も無い状態では不安になるだけであり、まさかとは思うのですが、少年期から青年期にかけての発達障害については、マスコミも番組構成上不都合であるがゆえに取り上げないのではないか、番組で取り上げやすい順に幼児期、大人を取り上げているのではないか、と勘ぐってしまいます。

その谷間を埋める一つの方法として、親同士のつながりや相互アドバイスがあるとは思います。ただ、そのアドバイスは個別の経験に基づくものであり、当然万能ではありません。また、検証がなされておらず客観性がない、という問題があります。

子育ては、大勝を得るのが難しい息の長い持久戦のようなものだと思っており、負けないことが大切だと考えています。ゆえに、他に手段がない以上、この問題点をきちんと認識した上で、頂いたアドバイスを基に自分なりの知見を加え、慎重な試行を繰り返して反応を見ながら対応していくしかないのかな、と覚悟を決めつつあります。

2013年4月 2日 (火)

(393)発達障害の根本

発達障害って結局どういうものなのかを考えた時、脳内の神経細胞の配分が健常者と異なることからくる能力の出方の違いだと理解するのが一番合理的だろうと思っています。

この配分の差が大きくなればなる程個体の差が広がってくるのは当然で、それは発達障害者と健常者の差はもちろん、健常者の中でも差が出てくることとなります。煎じ詰めれば、これが個性の一部を形作っていることにもなりますね。

その昔、とある落語家さんがつかみで「自分と郷ひろみとどこが違う? 目も鼻も口もある。ただ、多少並べ方が荒っぽいだけだ」というネタを使っておられましたが、脳の神経細胞の配分もこれに近いのかなあと思ったりします。

実際、その配分の違いで普通の人より少ない部分では、能力の限界がすぐにきてしまいやすくなります。また、体の動きがぎこちないのも、おそらく体の動きを指示する神経が少ない、例えば体の10ポイントに指示を出さなければならないところを6ポイントくらいで指示をするからだ、と思tっています。

更に、ON・OFFの切り替えが苦手なのも、人間本来は常時ONで、それに対してOFFの指令を出すことで動きを止めるというしくみになっているところ、このOFFの指令を出す神経の働きが悪いことから、気持ちの切り替えがうまくできない、ということにつながるのではないかと思います。睡眠障害も、これで説明できるのかなあと思いますし。

頭の中の神経細胞配分の差異についてあれこれ考えても、努力でどうこうできることはありませんよね? 今の医学では、脳の神経を有効に繋ぎ換えることはできませんから。

だからこそ、持って生まれた脳の神経細胞の配分を嘆くよりも、むしろその配分を活かせることってどのようなことがあるのだろうと考える方が、大事になってくるのではないかと思います。これまでは、健常者に合わせることを目的に、かなりの努力が行われてきました。

そういう定型回帰アプローチが行き詰まりを見せてきている今の時代にあって、社会的なNeedsではなく、持って生まれた脳の神経細胞の配分というSeedsからのアプローチによって今ある才能の卵を育てる試みが大切になるだろう、と強く思っています。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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