« (393)発達障害の根本 | トップページ | (395) 入学式に思う »

2013年4月 6日 (土)

(394) 息の長い持久戦

春休みを利用して、息子の主治医と面談してきました。

でも、相談しても回答に曖昧な表現が多くて、今いちピンときません。入学前の頃と比較すると、膝を叩きたくなるようなアドバイスが減っているように感じました。ただ、これはしょうがないのかなあと諦めています。

(331) 療育機関の課題でも書きましたが、幼児期は、まずやらなければならないことが単純かつ明確で、それに向けた療育方法もある程度確立しており(代表的なものとして、ABAによる介入)、それを子に施すことで実際に改善していって、その度合いもある程度即効性を以て感じられる(言い方を変えれば、まさに「目に見える」)状況となります。

やったなりの効果を感じられることは、実は療育をする側にとって達成感という満足を得られる「強化子」になっているという側面があります。ゆえに、幼児期の療育はこのやりがいの実感によって、親も医師も療育機関も熱心に取り組むことにつながりやすくなります。

しかしながら、ある程度成果が出て成長してくると、段々個性が立ってきて、課題も人によって異なってくるようになります。このために、個別の対応が必要となる一方、その対応ノウハウは手探りとならざるを得ません。医師も療育機関も、豊富な経験を有していたとしても、万能の対処法を持っているわけではないのです。ゆえに「これだ!」という決定打も中々見出しにくく、何となく成果があがりにくい、或いはあがらないと感じられるようになってしまいます。

でも、これって引いて考えればむしろ当たり前のことなのではないでしょうか。健常児に一つの育児法しかないかを考えれば自明で、まさに「個性を尊重し、伸ばす育児」が求められることとなったのに過ぎません。

とはいえ、何とかならないかなあという思いはあります。発達障害児の個性は健常児と異なっており、社会性に欠ける部分を補っていく必要があります。この補うための方法を考えることこそが、発達障害児育児の「醍醐味」ではあります。

しかしながら、次々と生じてくる課題、少なからぬ軋轢に対して立ち向かい、解決していくという大仕事を、当事者親子だけで引き受け、こなしていけるとはとても思えないのです。医師や療育機関の助言は、やはり必要になります。

幼児期を何とか踏み越えたとしても、少年期以降にいじめや不適応によって不登校や自傷・他害等の問題が生じてくる原因の一つには、この問題解決の担い手が減ってしまう現実があると思います。

当たり前ですが、発達障害児は、突然出現して、しばらく経ったら消えてなくなるような存在ではありません。発達障害については、ここのところブームになっている感があり、特に最近は大人の発達障害がマスコミにも取り上げられ注目されるようになってきていますが、発達障害児は乳児期、幼児期を過ぎた後、少年期、思春期、青年期を経て大人になるのであって、それこそスペクトラムではないですが連続して存在するわけです。一方で、その少年期から青年期にかけての対応が手薄であることが、課題であると思っているのです。

実際のところ、幼児期は課題と対応が明確であり、また大人になればある程度自分を客観視できるようになって、自分がやるべき課題を自分で認識できるという状態である一方、少年期から青年期にかけては、周囲も本人も問題解決に向けての能力が育っていないのが現実です。

人間、何の解決も無い状態では不安になるだけであり、まさかとは思うのですが、少年期から青年期にかけての発達障害については、マスコミも番組構成上不都合であるがゆえに取り上げないのではないか、番組で取り上げやすい順に幼児期、大人を取り上げているのではないか、と勘ぐってしまいます。

その谷間を埋める一つの方法として、親同士のつながりや相互アドバイスがあるとは思います。ただ、そのアドバイスは個別の経験に基づくものであり、当然万能ではありません。また、検証がなされておらず客観性がない、という問題があります。

子育ては、大勝を得るのが難しい息の長い持久戦のようなものだと思っており、負けないことが大切だと考えています。ゆえに、他に手段がない以上、この問題点をきちんと認識した上で、頂いたアドバイスを基に自分なりの知見を加え、慎重な試行を繰り返して反応を見ながら対応していくしかないのかな、と覚悟を決めつつあります。

« (393)発達障害の根本 | トップページ | (395) 入学式に思う »

教育制度・環境」カテゴリの記事

療育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514748/57111990

この記事へのトラックバック一覧です: (394) 息の長い持久戦:

« (393)発達障害の根本 | トップページ | (395) 入学式に思う »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ