« (367) る・られる | トップページ | (369) 健常男子を預かった後で考えたこと »

2012年12月 1日 (土)

(368) 健常男子を預かって

ご近所に住む方のお子さんの行事ごとがあり、その弟(2歳3ヶ月)を我が家で一時預かるということになりました。

私の見方は、恐らく普通の親とはかなり違うんだろうなあと思いつつ、気付いたことを書いてみます。

家に入ってきて私の顔を見た時、かなり怯えたような顔をしていました。それで、私が動くたびに私の様子を伺う素振りを見せます。最初は警戒モードびんびんでした。

しばらくすると、少し慣れたのか家にあるおもちゃで遊び始めました。そうこうするうちに私の存在を警戒しなくても良いものだと判断したのか、段々と近づいてくるようになりました。

よくよく聞いていると、まだ滑舌も良くはないのですが「風船ほしい」と2語文も発しており、「ほう、やっぱり話すんだなあ」と感心しました。

やがて、すっかり打ち解けてしまったのか、ブロックを少し積んでは、私のところに持ってきます。もう怯えているわけではなく、ニッコリしながら私の顔を見てきます。また、戻って積む時も私の顔を見てきます。もう警戒ではなく承認を求めるような表情です。チラチラと見てくる視線が痛いです

指差しもするということが分かりましたし、うちの息子(の2歳頃の様子)とは明らかに違う。他の誰が何と言おうと「ああ、この子は間違いなく健常だ」と思いましたし、やっぱり違うんだな、と再認識しました。

こうやって見比べる(と言っても、リアルタイムではないですけど)と、健常児は親が見ていることそれ自体が自分の存在を承認してもらえる安心感が感じられることであって、親に見られていることが分かれば、それによってさらに人と関わろうという意欲が増すという好循環が生まれ、結果として人とのコミュニケーション能力が育つのだろうと思います。

発達障害の子は、このような自ら人と関わろうという意欲が弱いあるいは無いことから、その点で幼い頃からの上述の関わりも乏しくなって、結果として人との円滑なコミュニケーションが行いにくくなる、即ち俗に言われる「自閉症の3つ組」の一つとして顕現してくるのだろうということが、実感として受け止められました。

このように考えると、せっかく子供の側からの働きかけがあるのに、自らのこと(やむを得ない場合はともかく、不必要に携帯電話をいじっている、等)に熱中して目を向けようとしない親は、その行為自体で子供の成長にあまり良い影響を与えないだろうと思いますし、回りまわって自分が損をするのではないかと考えます。

可愛い盛りの子供の仕草を楽しむ余裕のない世相の問題も含めて考えると、人との関わり問題が増えてきた理由の一端が現れているのではないか、と思います。

« (367) る・られる | トップページ | (369) 健常男子を預かった後で考えたこと »

発達障害」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (368) 健常男子を預かって:

« (367) る・られる | トップページ | (369) 健常男子を預かった後で考えたこと »

2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ