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2012年10月17日 (水)

(359) 自分の腕一つで世を渡ることの難しさ

よく、「職人は自分の腕一つで世を渡っていける」というコメントを見聞きします。確かにそれはその通り「だった」と思います。

「だった」と過去形で書いたのは、今の世の中でそのような職人さんがどれくらいいるだろうか? と考えた時に、「世を渡っていける」レベルは昔よりもはるかに高く狭くなっていると感じるからです。

論より証拠、あなたの家の中で職人が作ったものって何がありますか? 家の中を探しても、大抵は機械生産のもので、たまにおじいちゃんの形見の筆だとか箪笥だとかがある程度ではないでしょうか? 

本物じゃないと…と言われることは確かに多いです。でも、実際にそれを真に受けて(と言ったら失礼ですけど)職人さんの手作りによるものばかりで揃えている、なんてことはまずないでしょう。多くは機械や外国で生産されたものばかりであり、結局、ものすごくハイレベルの技量がないと、これらのものに取って替わられてしまっている、ということです。

昔は良かった…その通りだと思います。でも、過去に生きることはもうできません。発達障害児にはものすごい特技があって、それでやっていけるという神話に近い誤解がありますが、大抵は世を渡れるレベルまで至らない、との現実認識が必要でしょう。そうなると、やはり苦手なことであっても、人との関わりをある程度はできるようになる必要があります。

もちろん、健常児と同等なレベル等はまず期待できないので、人との関わりという行為の中でも必要最低限に絞り込むこととなります。挨拶ができて、イライラを人にぶつけない(そもそも自分がイライラする状況を作らない、もしイライラし始めたら気分転換をする方法を見つけ実践する)だけでも、だいぶ生きやすさが違ってきます。

後は、「自分はこんな特性を持つ(変わった)ヤツなんです」ということを何らかの形で示し、納得あるいは諦めてもらえれば良いのですが、これは本人だけでは厳しくて、ジョブコーチや親が出ざるを得ないところかな、と思います。

「自分の腕一つで世を渡るんだ」と悲壮な覚悟を持って修練に励み、あるいは本当にすごい能力を身につけられるようになることもあろうかとは思います。でも、その能力が社会に出ようとした時に、まさにその時代のニーズと合っているかはわかりません。頑張って余人を以って換えがたい能力を身につけたとしても、ニーズがなければ、どんなにすごくても売れない、という悲しい現実に直面することとなります。

やはり、世の中が「社会」と言われるように、人間が社会的な生き物である以上、最低限の人との関わりを身につけておくべきですし、少なくともそうやって損はないと思います。

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