« (356) 自罰・他罰 | トップページ | (358) 急な変化への対応 »

2012年10月 5日 (金)

(357) 特別支援の形

現在の特別支援教育制度は、特別支援学校はもちろん、特別支援学級でも通級指導教室でも普通学級と二者択一を迫られることとなっています。

ひとことで言えば、そちらを選んだら普通学級で学習する機会は失われる、ということです。一番普通学級に近い通級指導教室でも、通級指導教室に行っている時間はそのまま普通学級での授業の減となります。そういう点では二者択一となるのです。

私の勝手な思い込みかも知れませんが、特別支援教育は普通学級と相対立するものであるべきだとは思いません。あくまでも主体は個々の生徒であって、その生徒が普通学級の授業内容を個々の特性によって理解しきれない場合に、特性に沿った指導を付加して補うという形の方が望ましいと考えています。その点において、どちらが優位であるというものではなく、どちらがその子の成長に適しているのか? という親和性に関わるものだと考えています。

もちろん、明らかに本人が普通学級に適応しきれない場合は、特別支援教育側だけで対応せざるを得ないでしょう。でも、それも教育者側の「指導仕切れない」という思い・判断からなされるべきものではないと思います。あくまでも本人の「普通学級にいることが辛く、授業内容も全く分からず、できないことから自身の名誉感情を損なう恐れがある」というような場合に限っていく必要があると思いますし、その場合は逆に本人の自主選択として積極的に特別支援学校・学級を選ぶというのも「有り」だと思います。

学校の究極の目的は、個々の生徒の能力を伸ばし、日々の生活をしやすくすることであって、授業はその目的達成のための手段であるという原則に立ち返るならば、ただ普通学級に入れさえすれば何とかなるというのも、特別支援学校・学級では教科学習はしなくても良いというのも、両方ともあるべき姿ではない、端的には間違いであるということが自ずから明らかになってくると思っています。

時代の進展は目まぐるしく、ただ旧態依然として「よその子と同じにしていれば良い」という時代ではなくなりました。PTAのP(=Parents)もT(=Teacher)も積極的に目の前にいる子どもを見据え、真剣にその未来を慮り、個々の子どもに合った学習環境を取捨選択し創造していく時代だと思います。

« (356) 自罰・他罰 | トップページ | (358) 急な変化への対応 »

教育制度・環境」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514748/55775110

この記事へのトラックバック一覧です: (357) 特別支援の形:

« (356) 自罰・他罰 | トップページ | (358) 急な変化への対応 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ