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2012年9月22日 (土)

(355) 技術・美術・音楽・体育

先日、twitterにおいて @nekojitatarouさん(今、見たらもうページが無くなってしまっておられるようですが…)の「数学のテストで、ひとりずつ答案をプロジェクターか何かでクラス全員に見せながら採点したら大問題になるはず。ですが、体育ではそれが普通に行われている。算数の答案をみんなの前で採点したりしないし、そんなことをすれば問題とされるだろうに、体育ではそれに近いことが行われている」とのコメントに、ハタと膝を打ちました。

算数では、こういうふうに解くんだよ、と先生がやり方を教えてくれますし、国語では、みんなであれこれ考えて意見を述べ、そこに先生が指導をして考え方の手ほどきをしてくれるのに対して、体育の授業ではあまりそういうことってないように思います。前の子の後をただ追って順番に跳び箱を飛んだりすることはあっても、スモールステップで踏み切り・手をつく位置・飛ぶ・目線をマットの先くらいに・腰を前に・着地というような指導を受けた記憶がありません。結局、できる子はできるし、できない子は(指導もないんだから当たり前ですが)、できないってことになりますね。

今も同じ教科名なのかはわかりませんが、タイトルに書いた4つの教科においては、いわゆるコツが必要になるように感じていて、職人のようにコツは自分で見て盗めと言わんばかりのおざなりな指導が今でも横行しているように感じます。そしてできないのは個人の反復継続の努力不足のように言われてしまうのは、いかがなものかと思うのです。

きちんと指導するノウハウを確立することが大切だと思いますし、そういうノウハウが無い、或いはあっても共有できないようなものであれば、学校で教えことに慎重になるべきではないでしょうか。こういうところに、「兵隊さんに成れる人間だけを選抜し育てられれば良い」という富国強兵政策の遺物的な思想が残っていると感じてしまいますし、極論を言えば、「ただヤレ、そして不出来さを思い知れ、笑いものになれ」と言っているのとどう違うのか、もわかりません。

先日、ネットニュースで体育の家庭教師の人気が高まっているという記事を見ました。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/590642/

子どもの自尊感情を考えれば、こういうニーズが出てくるのも当然だと思いますし、指導できる人が現実にいるのであれば、ノウハウはあるということになります。

「できた!」の喜びをより多くの子どもが経験できるよう、学校での指導のあり方について真剣に検討を行うべき時期に来ていると思います。

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教育制度・環境」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。発達障害の中1の男児の母です。大変興味深い記事だったのでコメントさせていただきました。
実はうちの子はやはり書かれているような理由から発達障害のための運動教室に通わせています。こうすればできる!!ポイントが明確で流石だなと感心させられます。
学校教育はなぜ進化しないのだろうと不思議です。子供たちの性質に関係なく一律に教え、決して出来るようになる指導はなく評価する。
日本の学生は自己評価が低いのも当然な気がします。
成功体験を積めるように導いて欲しい。指導をして欲しい。というのは贅沢なのかなと学校に対しては諦めモードです。
しかし発達障害児に自己肯定感を高めることが必要と言われている一方でその真逆の学校教育に戸惑います。

岳さん、はじめまして

コメント頂きありがとうございました。
全くご指摘の通りだと思います。

「学校は勉強をするところ」とは、条件反射のように唱えられる言葉ですが、実技科目は、元々将来それを生活の糧にする人がすごく少ないという前提がまずあたて、こうすれば良い、こうすればもっとうまくできる、ということを教えないとするならば、そして、やってみようという好奇心や意欲を高めることもないとするならば、何のためにやっているんだろう? 勉強する意味がないなあと思うのです。

自分自身、美術は全く不得手だったので、その恨みも加わってgawk学校教育の変革の必要性を強く感じています。

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