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2012年8月

2012年8月26日 (日)

(351) 暑さが最強

先日、息子とこちらに行ってきました。

http://bit.ly/T7JyYb'東京総合車両センター%20夏休み'

電車大好きな息子なので、行くのは大喜びでした。指折り数えて楽しみにし、前夜は興奮してなかなか寝付けないくらいだったのですけど…

当日は、天気予報で33℃の予報でしたが、会場は普段車両基地として使っている場所であり、コンクリートや敷石の照り返しがかなり強く、体感温度は更に上だったと思います。

基本屋外で、さらに屋内も断熱されていない建屋で冷房など無いのに加え、当方の予想をはるかに超えるテツ(鉄道マニア)の大群衆があちこちにいて、何をするにも行列、どこに行くのにも人をかき分けてという状況で、あっという間に息子の気持ちは萎えてしまいました。

「どうして夏は暑いの」「暑いのはいらない」等々と不平不満をつぶやきだし、電車が並んでいるところを見ても、一瞥をくれたくらいで当方が熱心に行ってみようと言わないと行こうともしませんでした。たくさんの電車があっても、気持ちが高まることは無かったようです。

やむなく食べたカキ氷には多少癒されていたようですけど…昼を食べたところで早々に退散することとなりました。

電車がどんなに好きなものであったとしても、暑さの前には霞んでしまうことが身に染みてわかりましたbearing

発達障害の子を育てるにあたって、環境調整が大事だということはよく言われますが、ここまで露骨に環境の影響が出るのは正直驚きました。療育において何かうまくいかない時には、この原点を忘れないようにしようと認識を新たにしました。

家に帰るとあっさり機嫌も戻ったことも合わせて、所期の目的とは異なり、環境の大切さと個体としての暑さ耐性の低さを学んだ一日となりました。

2012年8月21日 (火)

(350) うるさくなってから思い浮かぶことw

19日(日)、息子と娘が帰省先の妻の実家から戻ってきました。その瞬間から、あっという間に家の中がうるさくなりましたcoldsweats01

発達障害のお子さんを抱えているご家族で、第一子がその障害児であった場合、第二子を産むかについてはかなりの葛藤があるようです。私の独断で申し訳ないのですが、どう対応するかについては、障害の重さに寄る部分が大きいように感じています。

何回かお話してきていますが、当家の場合は息子の障害が診断されたのは娘が生まれてからなので、あまりそういう葛藤はありませんでした。むしろ、障害とは無関係に一般論として「下に兄弟ができると競争相手ができて、成長するよ」という言葉を素直に受け入れていた記憶があります。

でも、もし障害があると知っていたらどうだっただろう? と言う疑問が頭に浮かぶことはもちろんあって、今でもいろいろと考えることはあります。もっとも、これについては結局仮定の問いであってあまり意味がないなあ、という身も蓋も無い結論に達してしまいますけど。

ただ、その後のこれまでの越し方を見ると、良し悪しはあるものの全体としては下に兄弟がいて良かったとは思います。娘が下から目線(という表現があるのかは不明ですが)で兄である息子と関わる機会は当然のことながらとても多くありますし、その過程で息子の社会性の幅は間違いなく広がったと実感できます。子どもは子どもの中で育つ、というのは至言だと思います。

とはいえ、娘は息子の成長のための道具ではありません。独立した一個人であって、当然憲法13条で定めた幸福追求権を行使できますし、是非行使してもらいたいと強く願っています。

いわゆる「きょうだい児」が障害のある兄弟の面倒をみることの重みでつぶされてしまうようなことがあってはならないと思いますし、少なくとも自分はそのためにできるだけ長生きしなければいけないな、と感じています。

なお、全責任を負って面倒をみることはもちろん必要ないのですが、かと言って一切の関わりを断つのが良いというつもりはありません。要は普通の兄弟と同程度のつながりを保てればよく、それが負担にならないようにすることが大切だということだと理解しています。

先日、面倒を見てきた発達障害の弟に刺殺された姉の第一審判決が言い渡されて、求刑より重いことが話題となりました。殺された「お姉ちゃん」の無念は察するに余りあり、ご冥福をお祈りするばかりです。こういう「きょうだい」だけが負担を強いられてしまう今のしくみについては、やはり一方の当事者である私達が声を上げていかなければならないと改めて感じています。

2012年8月16日 (木)

(349) 静かな時に思い浮かぶこと(3)

息子の小学校入学以降、就学前と比較して月日の経つのはかなり速いというのが実感です。

もう3年生も半分が過ぎようとしている、と思うと卒業もそう遠くないなあと思っています。

この「速い」という感覚は、健常のお子さんを育てていても感じるそうなんですけど、感じる過程がちょっと異なるように感じています。

健常の子の場合、基本的に本人は友達と過ごす時間が多くなり、親の手があまりかからなくなることから、親が他のことに労力を回すことができるようになって、子どもとの時間が相対的に短くなることで早く感じる、言い換えると途中途中でヌケが発生することによって子どもと関わった時間だけを取り出すとその長さが以前よりも短くなるためだろう、と感じています。

一方、障害児の場合は、子どもの引き起こすさまざまな不適合・問題行動への対処を考えたり相談したり療育として取り組んだりしている中で、気がついたら時間が過ぎてしまっているためだろう、と感じています。

同じ「速い」という言葉でも、その質がかなり違うわけですね。

とは言え、明日がみんなに平等にめぐってくるように、時間は本来同じ速さで流れて行きます。4年生になったら、その先の中学はどうしようか? 受験するのか公立で行くのか? 公立の場合、中学での通級指導はどのようになっているのかについても情報収集が必要になる、というようなことを念頭に置きつつ、健常の子でもぶつかる10歳の壁(文章題から何を問われているかを的確に捉えて答えることができるか、という壁)をまずは越えていけるようにする必要があると思っています。

その昔、七五三教育という言葉がありました(今もあるのでしょうか?)。小学校で7割、中学で5割、高校で3割の子しか授業内容を理解できていないということを表す言葉で、何をやっているのかわからない状態でただ黙って座っている訓練をするだけでは子どももさぞつまらないだろうと思うのです。

もちろん、授業内容や学校での教え方に問題がないとは思いませんが、それを批判してもすぐに変わらないと達観しており、当面は授業内容を理解できるよう親としてできる限りの「抵抗」を試みていきたいと思います。

特に、今はゆとり教育でなくなり、日々の授業に追われるようになっている状況ですので、健常児であっても決して楽じゃないそうですし。

もうすぐ、妻子が帰省先から戻ってきます。娘はもちろん、息子も妻の父母や遊びに来る従兄弟達とも大過なく過ごしているようであり、その成長を寿ぎつつ2学期を前にやるべきことを整理して対応していきたいと思います。

2012年8月12日 (日)

(348) 静かな時に思い浮かぶこと(2)

今から振り返ると、4歳になった頃が一番きつかったかな、と思います。かなり激しい癇癪を起こすことがあり、この後どうなるんだろう? と不安になっていました。

この親の先々への不安の存在を認めて、これにどのように対処するかについてはもう少し重く捉えて国レベルで検討し、当面は児童相談所や小児発達センター等の公的機関でしっかりと親のケアを対応してもらいたいところです。

障害を持つ子が大きくなり親の手を離れても何とかやっていける施設なり制度なりが整備され、そういうものがあるから心配御無用と言ってくれれば良いのですが、まだそういう施設も制度もできておらず、そうも言えないのが現実だと認識しています。

自分が息子の障害を告知された時に、ハッキリ分かったことがあります。それは、新聞の三面記事にたまに親子の無理心中事件記事が掲載されることがあり、その末尾に「○○さんは子供の教育で悩んでいた」と書かれていたりすることがままあって、正直何でだろう?と思っていましたが、そういう親は実は将来が見通せなくて煮詰まってしまったのだな、ということが実感として理解できました。ただし、これは何とかしなければならず、何とか回避できる悲劇だとも思います。

「お受験」に失敗して鉄路にしゃがみこんだ例を寡聞にして知りません。「教育」というひとことでは語りつくせない不安と無念の思いをもっと汲んで欲しいと切に思います。

私の場合は、癇癪を起こされてもそう思い詰めることはありませんでした。自分の子供は可愛いという単純ながらも強い気持ちもありましたし、できる限りのことをやって行けるところまで行ってみようという良い意味での好奇心もありました。そして、どうにもならなくなったら、その時に考えようという妙な開き直りもありました。

死んでしまおうかというネガティブな気持ち、あるいは不安にさいなまれる気持ちというのは、やることが無いからムクムクと湧き上がってくるのであって、子供の障害を知って動揺する親に対しては、当面どこで何をすれば良いのかをきちんと伝えることが大切であり、その役割を児童相談所や小児発達センターで担って頂きたいと思います。

自分は、たまたま古い友人が大学で心理学を専攻しており、率直に相談できる間柄であったことから、ABAというものがあること、つみきの会というところでABAを学べることを教えてもらい、それに取り組むという中で心の平衡を保つことができましたけど、子のために取り組むべきことを明示されなければ、良からぬ妄念の堂々巡りに疲れ果てて鬱を発症ということもあり得たかな、と思います。

将来の施設や制度の充実を行い不安を払拭していくとともに、当面やるべきことを過不足無く伝える。この2つのアプローチをきちんとやることができれば、この手の三面記事は劇的に減るだろうと思います。

なお、最悪の時期はそう長くありません。顔を上げてやるべきことをやっているうちに子は必ず成長しますし、できることも増えていきます。それを実感できれば、楽しみも増えていきます。

頑張りましょう、あとちょっと。

2012年8月 8日 (水)

(347) 静かな時に思い浮かぶこと(1)

子どもが帰省でいなくなっており、静かな時間を満喫しておりますhappy01

とはいえ、じゃあ何をやっているのかというと、身の回りの雑事と、やはり子どものことを考えてしまいますね。親の性なのでしょう。

今回の帰省では、私も妻子とともに妻の実家まで行って、1泊して帰ってきました。早い話が単なるポーター兼運転手だったわけですが(笑)。

久々に訪れた妻の実家には、当家分も含めた孫の写真がたくさん飾られています。

その中には、まだヨチヨチ歩きだった頃の息子の写真もあって、それを見た時、あの頃には今のような未来が待っているとは思いもしなかったなあ、と遠い目をしてしまいました。

当時は全くわかりませんでしたが、今にして思えば、1歳半から2歳にかけて、退行していたのではないか、いわゆる折れ線発達だったのではないかと。

赤ちゃんから幼児になっていく発達の過程で、脳細胞シナプスの結合と不要部分の刈り込みを繰り返していきます。それは、順を追って行われるもので最初から一気に完成形に向かって行くものではありません。かなり単純化して言うと、最初の基本OSの上にメインOSが載って、更にそれぞれのソフトが載るようなイメージを持っています。

重度の子は最初の脳細胞シナプスの結合からうまく行かず、基本OSレベルでうまく機能しない部分がある、軽度の子は次のメインOS構築時に不具合箇所が発生したか、一度構築はできたのに何らかの要因で必要な部分の一部の結合が切れてしまうといった事態が発生し、その結果としてその上に載せたそれぞれのソフトも起動できなかったり起動しても十分な機能を発揮できなかったりする、というように考えています。

そして、息子はメインOS構築時にうまくいかない部分があったのだろう、と思っています。もちろん、PCと人間を単純に比較できないとは思いますけどね。

このようなことを考えるのは、子どもに障害があるとわかってからになってしまう点は否めませんし、障害についての知識も、どうしても後追い・泥縄になってしまうこととなります。今の自分のように、ある程度時間が経たないと、こういう「振り返り」もできるものではありません。

よって、障害が分かった後の対応が後手後手に回ってしまうことは、障害を持つ子を持った親の宿業のようなものだと割り切って、「もっと早く気付いていれば」とか「もっと○○をやってあげていれば」と自分を責めるようなことは、あまり意味が無いことだと思います。キツイ言い方をすれば、後出しのアリバイ作りでしかありません。

人間は、必要が無ければ努力もしないという「効率的」な生き物であり、これまで無縁であった特殊な概念や用語を自分のものとできるまで真剣に勉強しようというのは、自分の子に障害があると分かるまではどの道無理だったと考える方が素直だと思います。

なお、そういう思いを持ち続けているうちは、どうしても子どもの障害を何とかしようという思いが強くなり、一発逆転の誘惑に弱くなります。定説である「発達障害は、脳の器質的障害であり、治らない」を否定し、何のエビデンスもない療法に手を染めることにも繋がりやすくなります。

その気持ちはわからないでもありません。でも、ちょっとやってみるかぐらいならともかく、のめり込んで通常の療育をおろそかにしてしまった時、その責任は誰が負うのでしょうか? 親が負う、等というのは世迷言でしかありません。その療法をやるという決定に何ら加わっていない子に、結果が全て降り掛かります。親が負いきれるものではないのです。

バイブル商法という言葉があることを、最近知りました。そういうものにひっかからないようにしたいと、過去を振り返りながら再認識した次第です。

2012年8月 3日 (金)

(346) 子ども会イベント

先日の夕方遅く、子ども会のイベントが実施されました。

こういうイベント、息子はトコトン苦手です。みんなで何かをするとなると、待つ・誰かと協働するということが必ずついて回るから、しょうがないんでしょうけどね。この点、みんなで何かをするのが大好きな妹とは見事な好対照です。妹は、早く始まらないかな、とワクワクしていましたし…。

でも、今年は息子もこれまでと違って、最後までみんなと一緒に参加することができました。途中でフラフラ動き回ったり(止めるところは止めましたけど、他の人に影響がないところは放置w)、よく意味のわからない独り言をつぶやいたりすることはあったものの、それもひどい状態ではなく、イベントで行われた肝試しやスイカ割り等も、途中で飽きて「僕、帰る!」と言い出して帰宅するようなこともなく、最後までいられました。

正直「今年も最後までは無理かな」と思っていたので、嬉しいできごとでした。

戻ってきた息子に聞くと「楽しかった」そうなので、去年までとは一味違う面を見せてくれたことを嬉しく思いましたし、そういうイベントに参加することを楽しいと思えるようになった点で、かなりの成長を感じました。

何より、常に最悪のケースも想定に入れるクセがついている親を、良い意味で裏切ってくれることが多くなった息子を、素直に誉めたいと思います。

明日からは九州の妻の里に帰省します。飛行機に乗るのが楽しみでしょうがないようで、何回かそのことを私に確認に来ます。

更に楽しい夏休みになるといいなと思っています。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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