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2012年8月21日 (火)

(350) うるさくなってから思い浮かぶことw

19日(日)、息子と娘が帰省先の妻の実家から戻ってきました。その瞬間から、あっという間に家の中がうるさくなりましたcoldsweats01

発達障害のお子さんを抱えているご家族で、第一子がその障害児であった場合、第二子を産むかについてはかなりの葛藤があるようです。私の独断で申し訳ないのですが、どう対応するかについては、障害の重さに寄る部分が大きいように感じています。

何回かお話してきていますが、当家の場合は息子の障害が診断されたのは娘が生まれてからなので、あまりそういう葛藤はありませんでした。むしろ、障害とは無関係に一般論として「下に兄弟ができると競争相手ができて、成長するよ」という言葉を素直に受け入れていた記憶があります。

でも、もし障害があると知っていたらどうだっただろう? と言う疑問が頭に浮かぶことはもちろんあって、今でもいろいろと考えることはあります。もっとも、これについては結局仮定の問いであってあまり意味がないなあ、という身も蓋も無い結論に達してしまいますけど。

ただ、その後のこれまでの越し方を見ると、良し悪しはあるものの全体としては下に兄弟がいて良かったとは思います。娘が下から目線(という表現があるのかは不明ですが)で兄である息子と関わる機会は当然のことながらとても多くありますし、その過程で息子の社会性の幅は間違いなく広がったと実感できます。子どもは子どもの中で育つ、というのは至言だと思います。

とはいえ、娘は息子の成長のための道具ではありません。独立した一個人であって、当然憲法13条で定めた幸福追求権を行使できますし、是非行使してもらいたいと強く願っています。

いわゆる「きょうだい児」が障害のある兄弟の面倒をみることの重みでつぶされてしまうようなことがあってはならないと思いますし、少なくとも自分はそのためにできるだけ長生きしなければいけないな、と感じています。

なお、全責任を負って面倒をみることはもちろん必要ないのですが、かと言って一切の関わりを断つのが良いというつもりはありません。要は普通の兄弟と同程度のつながりを保てればよく、それが負担にならないようにすることが大切だということだと理解しています。

先日、面倒を見てきた発達障害の弟に刺殺された姉の第一審判決が言い渡されて、求刑より重いことが話題となりました。殺された「お姉ちゃん」の無念は察するに余りあり、ご冥福をお祈りするばかりです。こういう「きょうだい」だけが負担を強いられてしまう今のしくみについては、やはり一方の当事者である私達が声を上げていかなければならないと改めて感じています。

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