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2012年7月 1日 (日)

(340)子どもに取って良い教育とは

教育基本法の第二条は「教育の目標」について規定しています。

第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

この中で、私は2号に着目します。「個人の価値を尊重して、その能力を伸ば」す時に、今の学級制度、特に普通学級というくくりで対応できるのか、と疑っているのです。

これについては、科目ごとに習熟度によって生徒を分けてきめ細かく対応するのか、インクルージョン教育を行うのかが両極にあると思っています。現在の教育は、障害によって一緒に学ぶことが難しい子に対応した学校や学級は設置していて、そういう子はそこで学べるようにしつつ、それ以外の子はみな普通学級で学ぶという対応を採用しているように理解しています。基本は、インクルージョン教育にあってそれが難しい子を例外的に普通学級以外のところで対応するようにしているのだろう、と思っています。

両者には一長一短があります。習熟度によって分かれることは、一緒に過ごす時間が短くなるということにつながり、結果として仲間意識が減っていくというデメリットが生じる一方で、能力に応じた学習課題を与えられることによって、達成感や自己肯定感が増し学校での居心地が良くなるというメリットがあります。

逆に、インクルージョン教育だと、長く一緒に過ごす中で仲間意識は強くなることが期待できるというメリットがある一方で、教室で出される課題がどうしても標準的なものとなり、できる子もできない子もフラストレーションが溜まるというデメリットが生じるだろうと思われます。

これらのメリット・デメリットをどのように考えるか? 人によってさまざまだと思いますが、私はこれを考えるに当たり、じゃあその仲間意識って大人になっても持ち続けられるものなんだろうか? と考えてしまうのです。

自分は普通学級で過ごしてきていて、中学を卒業して高校・大学と進む中で、進路が分かれた子は少なくありません(というより、分かれた子ばかりです)し、自分が郷里を離れたこともあって、彼らと会う機会は現状ありません。もっと年を取ってリタイアして郷里に戻った時には、もしかしたらまた付き合いが復活するのかも知れませんが、現状は今の会社や地域の中での付き合いだけとなっています。

一応、普通学級の中で一緒に過ごした子であってもそうなってしまうわけで、インクルージョンによって障害のある子を含めた学級の中で育ったとしても、これは同じことになるのではないかと思います。もちろん、一緒に過ごす中で障害者に対する理解は進むというメリットは、なお残ることにはなりますが・・・。

ただ、このメリットが、習熟度別で能力を伸ばすことよりもなお価値があるかについては、やっぱり懐疑的です。

科目ごとに習熟度に分けると劣等感を植えつけることになるというご意見もあると思いますが、私は逆だと思っています。一緒のクラスにいる方が、まざまざと自分の不出来を見せ付けられることになりますし、実際できない経験が多くなるほど劣等感にさいなまれることになるのではないかと考えてしまうのですが、これは間違っているでしょうか?

特に、インクルージョン教育の中では、できる子もできない子も一緒になります。できない子は達成感も持てませんし、できる子は優越感を持ちます。達成感と優越感のどちらが人間としての成長により効果的かと考えると、私は達成感をより重視すべきと考える立場に立ちます。

さらに、学業の面だけでなく障害者への態度を学ぶということについてもこんな話を聞いたことがあります。実際に障害児を受け入れる学校に通っている父兄の方から話を伺ったのですが、障害児に対する健常児の「お世話してあげる」という上から目線意識を感じることは、残念ながら少なくないのだそうです。障害のある子にもプライドはあります。上から目線にいつまでも気付かないことはなく、段々それが苦痛になってくるようです。

こういう話を聞くにつけ、親の思惑通りには行かないものだなあと思いますし、理想はなかなか実現しにくいと感じています。

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