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2012年3月

2012年3月29日 (木)

(320) 特別支援学級・学校選択をためらわせるもの(2)

二、学校側の要因

次に、学校側の要因について考えてみます。ただ、実際には選択をして「あれ、こんなはずじゃなかった!」と親がガッカリする要因、と言った方が良いかも知れません。

  1. 先生の個体の力量に差があり過ぎる
  2. 教師間、学校・教育委員会(教育センター)との連携が良くない
  3. 普通学級の生徒との交流が無い、少ない
  4. 学校を出た後のビジョンが明確でない

1.先生の個体の力量に差があり過ぎる

まずこれが筆頭に来るかと思います。力量に差があり過ぎるという表現は、オブラートに包んだような言い方で、率直に申し上げればやる意欲と能力があるのかわからない先生が多いということです。

特別支援学級・学校の先生になるのには、本来はその方面の知識をきちんと習得した人、つまり特別支援学校教諭の免許を取得している先生が望ましいのは言うまでもありません。

しかし、「当分の間」は特別支援学校教諭の免許状が無くても特別支援学校の教員となることが出来ることとなっており(教育職員免許法附則16)、実際には普通の教員免許しか持っていない人でも、夏休み等に1~2週間講習を受ければそれでOK、となっている実態があります。もちろん、免許を持っている先生もいるわけですが。

本来、特殊な知識が必要なはずなのに、親よりも知識が少ない先生が少なくない、その先生と話して不安を覚えるという経験は、残念ながら少なくありません。

2.教師間、学校・教育委員会(教育センター)との連携が良くない

インターネット全盛のこの時代にあって、学校関係の連携の悪さは特筆に値します(これは、普通学級でも同じことですが)。

教育センターでお話したことが学校の先生に伝わっているかは、都度確認しなければならず、結構な確率で伝わっていなくて同じ説明を再度させられる、学校の先生同士の引継ぎは、まず行われていないと思っていた方が良い、というような例は、よく聞かれます。

やらないための理由を探しているかのように感じて鬱になることがあります。

3.普通学級の生徒との交流が無い、少ない

入り口のところで、普通学級の生徒との交流があることを説明され、それも考慮に入れて特別支援学級・学校に入ったのに、実際はほとんど無いに等しい、と思っている親御さんも多いです。

これについては、双方の主観の相違という面も確かにあります。でも、意地悪な見方をすれば「この子を普通学級に入れると混乱必至だから、親を説得する方便としてそう言ったのではないか?」と疑いたくなるような気持ちを抱く親御さんもおられます。具体的に週に何回・どのような交流をしているのか、まできちんと説明してもらう必要があると思います。

4.学校を出た後のビジョンが明確でない

障害の有無に関わらず、子どもは成長して大人になり社会に出て行く、という当たり前のことが意識されていないのではないか、と思われる対応を感じることがあります。

ホンネベースで言えば「今、この学校・学級にいる間だけ責任を持てば良い、と思っているんじゃないでしょうね?」「後は野となれ山となれ、等と考えていないですよね?」と思わず問いたくなるようなリアクションを感じることがあります。特に、学校関係の連携の悪さがその思いに拍車をかけることになります。

これらのような経験やその経験をした先輩親からの情報によって、特別支援学級・学校選択をためらうことになっていくんだろうなあと思っています。

2012年3月24日 (土)

(319) 特別支援学級・学校選択をためらわせるもの(1)

もうすぐ新年度が始まります。それにも多少影響を受けて、前々からまとめてみたいと思っていたこともあり、標題について考えてみました。

大きく、親側の要因、学校側の要因に分けられると思います。今回は親側の要因を取り上げます。

一、親側の要因

  1. 親の子ども時代の思い出
  2. 親の見栄(親の思いと異なる現実の受け入れが困難)
  3. その選択が子どもにとって本当に良い環境なのかがわからない
  4. 個別の学級・学校の良くない噂の存在
  5. その選択をした瞬間、子どもに障害者として生きていくことを背負わせてしまう

1.親の子ども時代の思い出

親も、生じた瞬間から親だったわけはなくて、やはり赤ちゃんとして生まれて子どもになって小学校に通った経験があります。

私の経験ですが、当時も私の通う小学校に特殊学級が併設されていました。

そこは、通常学級のある校舎から見ると職員室や校長室を挟んだ反対側にあって、健常の子がわざわざそちらに行くことはなく、何となく近寄りがたい雰囲気だったと記憶しています。

上級生になって、掃除の時間にそちらの教室の清掃も班順に行うこととなり、そちらに入るようになりました。その教室には遊具が設置されていて、その時は一人の男の子が在籍していましたが、その子は言葉を話せず、幼稚園児のように小柄でした。でも、私達より2つ下だと聞いて驚くとともに、可哀想だなと思ったりもしました。

私の関わりはこの程度です。この程度の関わりしか持つことがなかったという経験は、今の親の世代では普通だったと感じていますし、この程度で何を言うのか! とお叱りは覚悟の上で言いますが、やはり接触の少なさによるイメージの持ちにくさと逆に断片だけの記憶のかけらで全体イメージができあがってしまっているということの相乗で、何となく行きにくい開かずの間のようにベースとしての受け止めができあがっているということがあるかと思います。

2.親の見栄(親の思いと異なる現実の受け入れが困難)

1.とも関連しますが、やっぱり世間並みでありたいという親の見栄は0にはできないと思います。大多数と離れることへの怖さと裏腹になるものだとは思うものの、できれば普通学級に、という思いが湧いてくるのは否めません。

そうなると、現実を見れば普通学級でやっていくことがかなり厳しいなあと感じていたとしても、もしかしてひょっとしてできる、もうちょっとしたらできるようになる、という根拠レスな願望込みの思いにとらわれてしまうこととなります。

3.その選択が子どもにとって本当に良い環境なのかがわからない

これは、いざ特別支援学級・学校の選択も視野に入れようとした時に出てくる懐疑となります。普通学級・特別支援学級・特別支援学校と3つの選択肢を、3つもあると思うか3つしかないと思うかにつながる話だと思いますが、全く×だらけあるいは○だらけという選択は実はそうそう無いわけで、どこが適当か(悪く言えばどこがまだマシか)の見極めがつかないということになります。

4.個別の学級・学校の良くない噂の存在

特別支援学級・特別支援学校は、地域にそうそうたくさんあるわけではありません。毎日通うということを考えると、どんなに評判が良くても選択できません(人によっては、そのために引っ越すという荒業を使う人もいますが、全員ができることではありませんね)。

そうなると、事実上選択の余地がないその学校・学級に行こうと思った時に、当然情報を集めにかかることとなります。もちろん、その結果評判が良い学校ならそんなことは起こらないのですが、あの学校は先生がダメ、行っても大した指導もしない、他で評判が悪い先生が回されてきている…というような噂を耳にして、本当に入れて大丈夫かと疑問を感じてしまう事態が起こるということも現実としてあります。

5.その選択をした瞬間、子どもに障害者として生きていくことを背負わせてしまう

実は、特別支援学級・学校に行くということは、この決断をするということとニヤイコールであり、その決断は勇気がいるかと思います。

よく、できなくはないとは言うものの、実際に特別支援学級・学校から普通学級に移行するのは至難の技です。その理由は簡単で、そもそも学校の教科書を使わない授業がほとんどとなってしまっている以上、学力的なハードルが高くなってしまう、という一面からもお分かりになるかと思います。また、特別支援学級・学校は普通学級の予備校ではありませんので、社会性の獲得と身辺自立を目指した指導がメインで、普通学級に行くという視点での指導は行われていません。

こういう状況の中で、親もためらってしまうということになってしまいます。

2012年3月17日 (土)

(318) 親同士の交流

療育の教室に息子を連れて行くと、待合スペースでその前後のコマのお子さんの親とカチ合うことがあります、というよりも、その方が普通です。

療育教室では、子どもへの指導の前に親から先生に今日・あるいはここ数日の子どもの状況をお話しする、また終わった後に今度は先生から親に今日の成果を伝える、という形式で行われるのが普通なので、そのような状況になり勝ちです。

8割以上は子どもをお母さんが連れてきている状況であり、お父さんである私が話しかけることはなかなか難しいです。その逆もあまりないのですが、たまに妙にフレンドリーな親御さんがいたりします。きっと、赤ちゃんを見てあまり知らない人でも「あら可愛いですねえ」と話しかけることができる特殊技能を持っているんじゃなかろうかと感じていますがwink

そうすると、まあこちらも頑なに会話なんてするもんかと思っているわけではないので、お話させて頂くこととなりますが、結構地域周辺の特別支援学級・学校の評判とか、他の療育先のうわさとか、すごくよく知っていらっしゃることに驚かされます。

どこそこの支援学校の就職率はすごく高いとか、○○小学校の△△先生は指導が上手だとか、よくご存知なんですよね。素直に恐れ入ってしまいます。フレンドリーなキャラだと情報も集まるんだなあと感心しています。

一方で、どう見ても昔ヤンチャだっただろうなあという親御さんにお会いしたこともあります。でも、意外に(と言ったら失礼ですけど)熱心なんですよね。自分の親との関係があまりうまくいかなかったからこそ、育児に熱心になっているのだろう、と受け止めていますが。

考えてみると、療育先の親はたまたま自分の子どもがそういう系統の子であった、という以上のつながりは元々はなくて、そこに来るまでの足跡は千差万別なんですよね。

こういう経験って、自分が自動車の運転免許を取った合宿に似ているな、と思います。そこに集まる人はいろいろいるし、過去に何ら共通点はないけれど、一部ではあるが同じ環境を共有して同じ方向を向いて頑張っている、というものです。

こういう関係は、維持するのに少なからぬエネルギーを必要とします。気の合う仲間同士、というわけではありませんから。ちょっと例えが悪いかも知れませんが、「被害者の会」なんていうのも途中で運営がうまくいかなくなったりするのはこういうところに原因があるのではないかと感じています。

でも、同じ悩みを持つ人間同士での支え合いは絶対に有益で必要なものだと思います。むしろ、うまくいかなくて当たり前くらいの割り切りを持ちつつ、それでも少しずつ交流していこうという姿勢をお互いに取って行くことが大切なのだろうなあと思います。

同病相憐れむと言うのはネガティブ過ぎる表現ですが、そういう中で一人二人は自分に合う人はいるはずで、そういう人と末長く付き合っていけたらそれで十分だ、と考えてはいかがでしょうか。

2012年3月11日 (日)

(317) 通級指導教室での発表

先週、息子の通級指導教室で学習発表会が開催されました。

学期毎にそういう機会が設定されていますが、息子はそういう「特別な行事」に過剰反応してしまうところがあり、これまで2回は途中で参加できなくなる、というようなことが起こってきました。

普段の授業の時でもそのようなことがたまにあります。どうも、緊張が強くなって妙にハイになるタイミングがあり、そうなると集中力が下がるに従い、イヤイヤ病が復活してしまうこととなります。

そういう事象に対して、まず最初にした指導は、外に出てクールダウンしたら戻って参加する、というものです。最初は先生と一緒に外に出てクールダウンできる部屋に行き、先生はそこを離れ、しばらくして様子を見に行き良さそうなら連れて戻る、ということをやっていました。その後は、セルフサービスwを目指して一人でできる部分を増やし、今では自分で「ちょっと外に出て良いですか?」と言って自分でクールダウンして戻ってくることができるようになっています。

平行して、「イヤならやらなくても良い。ただ、黙って見ているだけでも良い。それもイヤなら見なくて良いよ。他のことを考えていても良いから座っていられるようにしよう」ということも教えてきました(実際、例えば学校での校長先生のあいさつを全員が真剣に聞いているか? と問われたらそんなことはないでしょうから)。

まあ、何かは起こるわな、と覚悟をしながら迎えた今回の学習発表会ですが…何ときちんと発表し、最後まで席に座っていることができたそうですhappy01

素直に嬉しいですし、気長にご指導頂いた先生と、少しずつでも確実に成長してくれた息子に感謝したいと思います。

通級指導教室は、来年もそのまま受けられるのかどうかはわかりません(希望者は少なくないと聞いておりますので)。でも、在籍している普通学級ではかなり疲れが溜まっているようで、週に1度の通級指導教室はオアシスのような存在になってきており、来年も続けられたらな、と思っています。

あと2週間、何とか無事に終えて春休みを迎えたいです。

2012年3月 7日 (水)

(316) 息子の会話能力

息子と会話していると、やはり長文は苦手であることがわかります。

息子自身も私がちょっと長めに話すと「お父さん、話長い!」と言い出します。

これは、彼の障害特性の一つなんだろうと思うので、生温かく見守ることとしたいと思います。

でも、世の中の理(ことわり)を噛み砕いて伝えようとすると、どうしても長くなるんですよ。そのまんまでお話して理解できるとは思えませんし、易しい例をあれこれ考えながら話そうとすれば、絶対にそうなります。

ちょっとひいて考えると、まだ2年生ですし健常のお子さんでもパッと聞いてパッとわかることは年齢的に考えて無理だと思います。

もうすぐ2年生も終わるということで、ちょっと過去を振り返ってしまいますが、この1年でもかなり国語能力が高くなったなあと思うことはあります。幼稚園時代には頻出したオウム返しをすることはありませんし、表出はまだまだですが受容言語はそこそこ増えているな、と感じています。

問題は、その言葉の正確な意味を認識し、行動にうつせることだと思いますが、これはこれからの課題であって、今できなければならないと思いつめているわけではありませんし。

「ぼくには数字が風景に見える」の著者のダニエル・タメットさんはアスペルガー症候群と診断されていて、数学のすごい才能があるのですが、これに加えて多くの外国語を極めて短期間にマスターできる能力があります。日本語一つで苦労している息子を見ると、エライ差があるなあと感じますが、いずれ更に成長したら、少なくとも日本語だけなら多少マシになるかも知れないと淡い期待を抱かせてもらっています。

また、そろそろキーボードで文字を打つことも教えてみたいと思います。文字を書くのは苦手で下手でも、キーボードの操作はまた別だという話を聞いたことがありますし…。

その点では、書くと話す以外にも選択肢が増えた現代は、障害者にとって生きやすさが一歩前進していると言えるなあと感じています。

2012年3月 3日 (土)

(315) 継続

幸せ多かれと思い、それなりに愛情を注いできた子が、どうも他の子と違う、いわゆるデキの悪い子であった時の親の思いはかなり複雑です。

単純にデキが悪いだけならば、まだそれほど強くは無いのですが、他の同級生と比べてしまうことによって、卑屈な思いを感じてしまいがちになります。

更に、そのことによって自分の子が他の子に蔑まれたりバカにされたりすると、胸が潰れそうな気持ちになります。

とはいえ、他の子からのその指摘は自分の人生経験から見ても正しいわけで、そのことで怒るわけにもいきません。平静を装い、やり過ごすしかありません。完全に平静でいられるようになるのには、かなりの時間がかかりますし(当たり前ですが、人間はそうそう簡単に悟りを開けませんしね)、それで怒っちゃうとわが身に帰ってきますしね。

そんな思いを持ちながら生きていくのは辛いことです。それを溜め込んではいけません。上手に発散させていく必要があります。

酸は器を溶かします。ネガティブな思いをそのままにしていくと、精神に必ず変調をきたすようになっていきます。

同じ思いをしている親と愚痴を吐きあったり、日に10分でも良いから自分の好きなことをやったり、うまいものを食べたり、何でも良いから酸を中和するものを見つけてやっていくことがすごく大切になります。

逆説めきますが、子どものために長い道のりを歩くためには、子どもから離れる時も必要だということです。

気負わず、「継続」していきましょう。

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