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2012年2月 4日 (土)

(310) 国力と福祉

私たちは普段、「国力」というものにあまり意を払っていないと思います。

「国力」などと言うと前時代的だと思われるかも知れませんcoldsweats01。でも、人間が個人の力で生きていければそれに越したことはないのですが、ほとんどは地域・社会で生きていくしかありません。その地域・社会も国に依存せざるを得ない部分があるのは事実で、寄って立つ国の力は大事だと思っています。

今の日本はいろいろと問題はあるし、多少軽めに見られてしまっていることは残念ですが、それでも未だ先進国の一角を占めていて、そのことによってメリットを受けていることは、もう少し意識しなければならないと思います。

結局国力がモノを言うのが国際社会の常識です。ゆえに国力を高めていかなければなりません。

ちょっと大上段に振りかぶり過ぎかな? と思いつつも国力を高めるという視点で福祉を考えると、福祉とは究極的には支援の枠組みであり、支援をできる側とされる側の比率をできるだけ「できる側」に寄せる方が良いことは自明だと思います。

だからこそ全くできないことを少しはできるようにし、少しできることならばもっとできるようにし、よくできることがあるならば更にほかの部分でできることを増やしていく、という発想が大切だと思います。

もちろん、ステップバイステップでやっていくことは大切で、そこを勘違いして一足飛びに全部をやらせようとしてはなりませんし、本人の意欲を損なわない適度の提案(変な言い方ですが)が必要で、結局はその見極めが大切なのだろうと思います。これは、一人一人個体によって異なるだろうと思います。

その見極めをすることをせず、最重度であるが故に、最初から諦めてしまっている方も散見します。「多少のことができるようになっても、結局この子は福祉でお世話になって生きていくしかないんだ」と言われたら、完全に自立はできないだろうことは認めざるを得ないと思います(ここで、逆に「やればできる」と言うのも無理がありますし)。

とはいえ、下がりつつある国力を考えると、福祉が向上する可能性はあまりないと考えた方が現実的であること、また福祉を度外視して、どんな子であってもできないことができるようになれば嬉しいと感じるはずで、このできる喜びを教える努力はすべきだと考えることから、どうしても見ていて歯がゆい思いを感じています。

最初から諦めるのもやればできると言うのもこの場面では極論であり、中庸をどのあたりに取るかの問題なのでしょうけど。

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