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2012年1月19日 (木)

(308) 親無き後

障害児を育てている親御さんにとって、「この子を残しては死ねない」…という思いは、頭のどこかにあるものだと思っています。

しかしながら、現実は親が先に死ぬことの方が多いです。

この現実があるからこそ、「その時にはこの子も一緒に連れて行きます」等と言う人が出てきてしまうこととなるのですが、それは「やっちゃイケナイ」ことです。特に、「きょうだい」がいる家庭にとって、親無き後がどうなるのか、はシビアな問題となります。

自分の夢を諦めて障害のある兄弟の世話をする人生か、親が殺人者+兄弟が被害者になるかの2者択一しかない、等というのは悲し過ぎます。だからこそ、親無き後、障害のある子をキチッと託せる社会的な仕組みを構築する必要性を痛感しています。これは、障害のある子だけでなく、「きょうだい」達にとっても自分の人生を歩むために有益なものです。

…とここまで考えて、後者の「自分の人生を歩む」ための橋頭堡としての機能は、何も障害児に関わるものだけではないな、ということに気付きました。破産制度に近いというと語感が悪くて誤解も生みそうですが、しがらみから解き放たれる場所を必要としている人は他にもいるな、と思っています。

親も、全てが全て善人なわけではありません。子が虐待されていることもありますし、親が犯罪者となってしまうような場合もあるかと思います。こういう親を頼るどころか親に関わることによってより自分の立場が危うくなるような子にとって、しがらみリセットの場は絶対に必要だろうと思っています。

こういう子や「きょうだい」を含めた社会参加へのバックアップの仕組みと、障害のある子を託せる仕組みが作られたなら、親も安心して旅立つことができます(本当に旅立たないでくださいねhappy01)。

こういうことを考える時、私は「同病相哀れむ」という人間の性質を利用して、障害児を持つ家庭や社会貢献意欲の高い家庭で一つのコミュニティを作れないかな、と思います。そうすると、お互い様意識で妙に卑屈にならずに済みますし、相互にやっている試みが参考となります。また、親から離れる必要がある子も、そういうコミュニティの中で里子ではないですが、家庭に入って家族類似の関係を構築する、というようなこともやりやすくなると思います。

もちろん、アラアラの思いつきなので不備なところもあるとは思いますが、互助会的なメリットは結構あるんじゃないかと思っています。

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