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2012年1月

2012年1月28日 (土)

(309) 社会で支えること

北海道で知的障害のある妹とマンションで生活していた姉が脳内血腫により病死、一人残された妹が凍死するという痛ましい事件が起こりました。⇒http://p.tl/BGHM

あまりにも悲惨で「冥福をお祈り」等と通り一遍の言葉で済ませてはいけないな、と思います。

この件では

  • 姉は失業して無職、生活費は妹の障害者年金のみだった
  • ガスを止められて暖房が使えなかった
  • 生活や介護などについて、区役所に3度にわたって相談していた
  • 生活保護を受給していなかった

という背景がありました。

また、妹は、姉が死んだ後に姉の携帯で「111」等に電話した履歴があり、何とか救いを求めようとしたようです。

障害のある子を育てている立場としては、何ともやりきれない思いを感じます。とともに、どうすれば実効ある対策ができるのだろうとも思います。

今回、生活保護が受給できて、かつガスが止められていなかったとしても、妹さんが一人で外に助けを求められない以上、凍死は免れても餓死していたかも知れません。あるいは、一酸化炭素中毒だとか火事だとかの可能性も残念ながらあります。

結局、リアルにこの姉妹を気にかけ、数日でも姿が見えなければ必ず様子を見に行くような人が周囲にいない限り、このような悲劇は繰り返されるということです。

今の、希薄な人間関係において、また業務効率化で人手の足りない行政において、その担い手を探すことはかなり困難ではないかと思われます。

ここは同病相哀れむではないですが、特別支援学校に対し、地域障害者のための教育業務に加え、卒業後もここを事務局として同じような環境の親や問題意識を共有できる方をある程度組織していくやり方が良いのではないか、と素人考えですが思います。

この場合、家族の側が障害を恥ずかしく思って外に出さないというようなことがあると、機能しなくなってしまいますけど。

最終的には、そういう家族同士でコミュニティを作っていく、というのもありかなとは思いますが、それはお金がかかり過ぎます。

しかるべき設備が少なく財政多難な折、できるだけ金を掛けずに実施できることってこれくらいかなと思います。

できることからコツコツと、でやっていければ良いと思います。

2012年1月19日 (木)

(308) 親無き後

障害児を育てている親御さんにとって、「この子を残しては死ねない」…という思いは、頭のどこかにあるものだと思っています。

しかしながら、現実は親が先に死ぬことの方が多いです。

この現実があるからこそ、「その時にはこの子も一緒に連れて行きます」等と言う人が出てきてしまうこととなるのですが、それは「やっちゃイケナイ」ことです。特に、「きょうだい」がいる家庭にとって、親無き後がどうなるのか、はシビアな問題となります。

自分の夢を諦めて障害のある兄弟の世話をする人生か、親が殺人者+兄弟が被害者になるかの2者択一しかない、等というのは悲し過ぎます。だからこそ、親無き後、障害のある子をキチッと託せる社会的な仕組みを構築する必要性を痛感しています。これは、障害のある子だけでなく、「きょうだい」達にとっても自分の人生を歩むために有益なものです。

…とここまで考えて、後者の「自分の人生を歩む」ための橋頭堡としての機能は、何も障害児に関わるものだけではないな、ということに気付きました。破産制度に近いというと語感が悪くて誤解も生みそうですが、しがらみから解き放たれる場所を必要としている人は他にもいるな、と思っています。

親も、全てが全て善人なわけではありません。子が虐待されていることもありますし、親が犯罪者となってしまうような場合もあるかと思います。こういう親を頼るどころか親に関わることによってより自分の立場が危うくなるような子にとって、しがらみリセットの場は絶対に必要だろうと思っています。

こういう子や「きょうだい」を含めた社会参加へのバックアップの仕組みと、障害のある子を託せる仕組みが作られたなら、親も安心して旅立つことができます(本当に旅立たないでくださいねhappy01)。

こういうことを考える時、私は「同病相哀れむ」という人間の性質を利用して、障害児を持つ家庭や社会貢献意欲の高い家庭で一つのコミュニティを作れないかな、と思います。そうすると、お互い様意識で妙に卑屈にならずに済みますし、相互にやっている試みが参考となります。また、親から離れる必要がある子も、そういうコミュニティの中で里子ではないですが、家庭に入って家族類似の関係を構築する、というようなこともやりやすくなると思います。

もちろん、アラアラの思いつきなので不備なところもあるとは思いますが、互助会的なメリットは結構あるんじゃないかと思っています。

2012年1月18日 (水)

(307) 共通課題と個別課題

自閉系の子と言っても同一の能力や個性を持っているわけではありません。

健常者から見たら、「あいつら変!」でくくられるかも知れませんがcoldsweats01、皆個性的です。北海道の人には申し訳ありませんが、東京から見ると函館も札幌も稚内も皆北海道でくくられて大した差が無いように思われます。でも実際に行けば、北海道は広くてそれぞれの街はかなり離れていますし、町の個性もかなり違う、これと同じようなものだと思っています。

…という前振りが適切かどうかはともかく、療育の本等を読んでいると、ある手法についてよく「重度の子だけではなく高機能の子にも有効」という表現をしていることがありますが、これはもう少し検討が必要だと思います。少なくとも、有効であることと最適であることは必ずしもイコールではないことはお分かりかと思います。

おそらく、最初に取り組むのは身辺自立課題(着替え・排泄・食事等)等の共通課題になると思います。これは、重度の子も高機能の子もともに取り組むものであって、やり方に多少の差はあるものの、まさにベースとなる能力の獲得であるがゆえにおそらく重度の子も高機能の子も同程度の難易度になると思っています。重度の子は親の意図を伝えるところや、途中で癇癪を起こしたりするところに工夫が必要になることが多いですが、それは課題そのものからくるものではありませんし。

これらが一通り身についた後で(又は平行して)、それぞれの子の困り感に合わせた個別課題に取り組んでいくこととなりますが、知能系の課題はやはり知能差に応じてやらせ方をアレンジしていく必要があります。この個別課題については、子供をよく見て最適なやり方を探る必要があります。療育書は、どうしても多数に適しているやり方を紹介する傾向があって、それが自分の子にとってどうなのか、有効かも知れないが最適ではないかも知れないという批判精神を持ってやっていくべきです。

何でこんなことを言うかというと、時に療育法に子を合わせようとしてしまうことがあるからです。でも、その療育法が本に書かれていなかったらどうしますか?

息子の場合「同じ道を通らないと癇癪を起こす」等ということは全く無く、むしろわざわざ遠回りをしても毎回別の道を通ろうとしていました。それはそれで結構大変だったのですが、そういう子がいることを明示してくれた本はなく、従ってその対応法を書いた本もありませんでした。最初は説得したり、無理やり手を引っ張ってまっすぐ行こうとしたりしましたがうまくいかず、その後は徹底的に付き合い、その代わり疲れて求められても絶対に抱っこしない、という対応をしました。これが最適であったかはわかりません。ただ、今では普通に歩いてくれています。

個体差があるそれぞれの子に対し、常に最適な療育法が示されているわけではありません。最後は創意工夫が必要になることもあります。より適した解決法は何か、常に最適を志向しつつ、少なくともbetterとなるよう考えてやっていくしかないんだろう。このように割り切っています。

2012年1月14日 (土)

(306) 良くない言葉

学校も始まり、また登校しぶりを始めた息子を説得して何とか行かせる日が復活しています。

「なぜ、行きたくないのか?」と問うたところ、「勉強があるから」というベタな回答だったので、イジメがある等の深刻なことがない以上、まずは通わせるというスタンスを取っています。幸いにして、一度学校に行ったら途中で抜けて帰ってくるというようなことは発生していませんし。

一応説得に当たっては「お父さんもお母さんもいつまでも一緒に生活できるわけではないよ」「大人になったら、ひとりで生きていけるようにならないといけないよ」「お父さんも、好きで会社に行っているわけではないよ」「働かないとお金がもらえないんだよ」「お金がもらえないとご飯も食べられないし、お菓子も買えないし、プラレールも買えないんだよ」「お勉強しないと、働きたくても働ける場所が少なくなるよ」等かなりシビアなことも含めて伝えています。何もそこまで…と思われるかも知れませんが、こういうことは先延ばしせずに言い続けるしかないなと思っています。診断前の様子見同様、時間が経てば何とかなることではありませんし。

息子は、頭では分かっているようですが、気持ちがついていかないんですね。これは、特性として理解して受け止めるしかありませんが、理解はするもののひいてはいけないところだと思っています。

一方で、息子は妹に対しては「お前、うるさいんだよ」「あっちいけよ」「邪魔すんな」等とかなり粗野な物言いをするようになってきています。家庭内でそういう言葉を使っていないので、恐らく学校でそういう言い方をする友達の言葉の口まねをするようになっているんでしょうね。

一般的にはこういう良くない言葉を遣うことは誉められたことではありませんが、それは健常の子も含め成長過程では必要なことなんだろうなと思っていますし、息子という個体に注目すれば、周囲の発言に注意が向いていて、かつそれをまねしようと思うようになったことであって、これもまた成長の一つだなと受け止めています。

ゆえに、度を越えたなと思う時には「もうヤメなさい!」と言うものの多少は見逃すようにしています。イラッとすることもあるのですが、何でもかんでも品行方正にさせることはできませんし、親が強権を発動し続けることはそれでそれで弊害も大きいでしょうし…この辺の加減は、それぞれの親の育った環境も関係する正解のない問題だと思いますが…。

とりあえず4日間ですが、きちんと通うことができました。3学期は短いので何とかこのままでも乗り越えられたら良いなと思っています。

2012年1月 8日 (日)

(305) 電話の応対

そう言えば、先日所用があって会社から家に電話をしたことがありました。もちろん、妻が出ることを想定していたのですが、出たのは何と息子でした。

私「もしもし、あ、お母さんいますか?」

息子「お母さんは、妹ちゃんと出かけててまだ帰ってきていません」

私「あ、そう。お留守番しているんだ」

息子「そう」

私「またかけるね」

息子「はい、わかりました」

…というような感じで、かなり丁寧な(というか、他人行儀の)応対振りでしたが、ちゃんと会話になっていました。

結局、急に打ち合わせが始まって、私が家に電話することはなく、帰宅後に妻に「家に電話したら息子が出た」ことを伝えたところ「あ、聞いたわよ。『お父さんから電話があった』って」という返事があり、留守番としてちゃんと役に立っていたことがわかりました。

今回私が驚いたのは、上に書いたような会話だったので、私は自分について何ら話をしていません。しかも電話を通しての声は多少変わることもあるのに、よく私からの電話だとわかったな、ということです。他人行儀の応対だったので、私だとわかっていないんだな、と思っていたのですが、認識が違っていたようです。

おそらくSSTでの電話の応対練習通りにやらなければならないと思っていたのでしょう。そういうところに特性があることはわかりましたが、思ったよりできることが多くて嬉しく思いました。

2012年1月 7日 (土)

(304) 年末年始(後半)

息子は、前日の夕方~夕食後にかけて「明日はどこへ行くの?」と聞いてくるようになりました。

その際、「別に考えていない」と言えば「えー!」となるし「○○(息子が所望していない場所)」と答えると「他には?」と聞いてくるし・・・結構面倒ですbearing 自分で行きたいところを提案できるように促してはいるのですけどね、まだまだです。

元日は、昨日までスキーで過ごしていたこともあって「どこも行かないよ」と行ったところ、「えー! やだ!!」ということになり、退屈した息子と娘が兄弟げんかを始めたこともあって、近所の神社に初詣に行きました。せいぜいオール込みで40分程度だったんですけどね、これで満足したようです。

2日は、息子と私で鉄道博物館、娘と妻で遊び場の併設されたショッピングセンターに出かけました。この提案に息子は「いいねぇ!」とにっこり。実際、普段だと寝坊するような時間に寝たのに、朝は学校に行く時間程度には早起きしてイソイソと着替えたりして、目的意識があるとこうも違うのか、と改めて感じさせてくれました。

なお、何度か息子に付き合って「てっぱく」に行くうちに気付いたこととして、明らかに息子と同系統のお子さんの率が高いように思います。独り言を言う子も多いし、それも自分の世界の中に入り込んだ独り言が多いのでそう思うのですけど・・・。それはさておき、3階の展望スペースからはリアルにはやぶさも見られたしミニ電車運転もできて、終始ご満悦でした。

昔に比べると息子と出かけるのもかなり楽になりました。安物の腕時計を渡して時間と場所を決めたら、それまでは私も自由に動けます(正確には、ベンチで本を読んだりしているので「動かない」わけですけどhappy01)。こういう時の息子は、かなり時間厳守できちんと戻ってきてくれるので、本当に助かります(「電車の運転手は時間に正確なんだよ」と好きな電車にかこつけて吹き込んで強化している、というのもありますけど)。

3日目はネタ切れなんですが、相変わらず息子が「どこに行くの?」と聞いてきたので、とりあえず買い物に行くことになりました。翌日から仕事始めで私がいなくなることもありましたしね。

午前中の買い物を終えて、お昼を食べようということになり、「何が食べたいの?」と聞いたら、この時は「お寿司!」と即答してきました。これ自体は良いのですが、実は31日にスキーから帰宅後、用意するのも面倒だったので寿司を買って食べていたという事情もあり、そのことを息子にも伝えて別のものでも良いこととなりました(結局、妹の意見もふまえてマックになりましたけど)。こういう時に、こだわり⇒癇癪に繋がらないところは息子の良いところではあります。

ただ、一度言い出したことは、それが思いつきであったとしても結構忘れていないことが多いので注意が必要です。

例えば、夕飯を食べる時、「ご飯だよ」と声をかけると「ちょっと待って!」と言うのが彼の最近の行動パターンとなっています。「じゃあいつまで?」「6:40まで!」と答えると、その後は絶対に6:40まで食べようとしません。そのくせ、おかずが冷たくなると「冷たい!」と文句を言うのですがcatface。それでも、許容できる範囲は許容しようと思っています。

一日おいて5日は、一つ前の記事((303) 年末年始(前半) )で書いた友達が親御さんと一緒に我が家に遊びにきました(私は会社にいましたけど)。息子がものごごろついてから、初めて自分で約束して友達が家に遊びに来た経験になります。どうなることやらと多少不安ではあったのですが、幸いプラレールで仲良く遊んだそうです。妻に言わせるとちゃんと遊びになっていて、昔みたいに一緒に同じ場所にいるだけで実はやっていることはバラバラで…ということはなかったようです。

来る前からソワソワして楽しみにしていた様子が伺えたらしく、そういう友達が来るのが嬉しい、という感覚を持っていることにも感動しましたが、驚いたのは、鉄道のカードをコレクションしている息子が友達が来るのを待っている間に「これとこれは(友達に)あげよう」と言い出したこと。プレゼントをもらったら喜ぶという相手の気持ちを予測した行動を取れるんだなあということがわかり、成長を感じました。

こんな感じで長い冬休みもあと3日となりました。さて、またちゃんと学校に行ってくれるかしら・・・?

2012年1月 1日 (日)

(303) 年末年始(前半)

明けましておめでとうございます。新年の年頭にあたり、こちらにお立ち寄り頂いている皆様のご多幸・ご健勝・ご発展を祈念申し上げます。本年もよろしくお願いします。

拙いブログで更新頻度もそこそこなのに、コンスタントに来られる方がいて下さることに感謝しております。

さて、冬休みに入っておりますが、息子はその直前にお友達の家に遊びに行く約束をしていたようです。普段、一人遊びしかしない息子が、こういう約束をしてきたのは初めてのことで、「あら?」と思うとともにちょっと喜んだりもしたのですが、当人同士がよくても昔と違って先方の親の同意も必要な風潮であるし、何よりも息子一人で行かせて大丈夫か? という不安もあってお電話したところ「お見せできるような家でもありませんし…」と言われてしまいました。

ただ、一緒に遊ばせることについては全く反対されなかったので協議の結果、正月三が日過ぎに逆にうちに来て頂くことになりました。うちもお見せできるような家ではないんですけどねcoldsweats01 前日は正月早々大掃除となりそうです。

それから、仕事納め後の3日間、家族でスキーに行ってきました。我が家で(曲がりなりにも)スキーができるのは私一人なので、息子はもちろん妻も娘も未経験です。何か一つは娯楽になることを教えてやろうという発想で、今回行ってきました。

一般的な教室だと息子の特性から考えて無理だと判断し、割高にはなるものの家族でのレッスンもあったことからこちらで申し込みをしたところ、最初に道具の使い方(ストックの持ち方やスキー靴の板への着脱等)等で時間を取られて飽きちゃった息子は、かなりやる気が失せてしまいました。この点、娘の方が熱心にやっていました。

おまけに、感覚過敏のある息子は、普段かぶらない帽子がムレて「頭がカユイ」、同様に手袋でも「手がムズムズする」、しまいにはゴーグルが「曇って見えない」等と言い出して、そのたびにレッスンが中断することとなり、そうこうするうちに終わってしまいましたbearing 娘はそれで放置されることが多くて、退屈してスキーが楽しくない思い出になってしまうという悪い相互作用を生むことに・・・。

ということで、「きょうだい」のおられる方でスキーをやらせようと思うならば、「きょうだい」は一般の同年輩の子のいるクラスに入れて、本人だけをプライベートレッスンにした方が良いと思います。

このままではいけない、と思い息子には翌日に改めて私が滑り方を教え、直滑降なら下りられるようにはなりました(ハの字の足はとてもできませんでしたし)。最初は怖がって体重が後ろにかかって倒れてしまい、またブツブツ言い出したのですが、周りに同じように練習している子が結構いて、そういうのを指し示して見せながら「ほら、みんな練習しているよ。最初からできる人はいないんだよ。やっているうちに少しずつうまくなるんだから、がんばろうね」と励ましつつ何度かやらせているうちに何とかそこまでできるようになりました。

この点、娘も息子同様に体重が後ろにかかって倒れてしまうので、同じように励ましていたのですが、結局やる気を失ってリタイアしてしまいました。この点、もう一度やらせないとスキーがトラウマになってしまうので、今シーズン中にリベンジの機会を設けたいと思います。

なお、一般的な生活状況では、冬休みに入って夜更かしすることはあるものの、その割にはまあまあの時間に起きてきます。宿題のプリントとパソコンとプラレールで過半の時間を過ごし、飽きてくると「どこか行かないの?」と言い出します。買い物に行ったり、ちょっと大きな公園まで行ったりして過ごしていますが、段々ネタが無くなって困ってきています。

人に「どこか」と聞くだけじゃなく自分でやりたいことや行きたいところを言うようになって欲しいと思うのですけどね、それがなかなかできておりません。仕方なく親が提案することになるのですが、それが気に入らないと「他には?」と言い出すので閉口しております。

とりあえず、こんな日々を過ごしております。

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