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2012年1月18日 (水)

(307) 共通課題と個別課題

自閉系の子と言っても同一の能力や個性を持っているわけではありません。

健常者から見たら、「あいつら変!」でくくられるかも知れませんが、皆個性的です。北海道の人には申し訳ありませんが、東京から見ると函館も札幌も稚内も皆北海道でくくられて大した差が無いように思われます。でも実際に行けば、北海道は広くてそれぞれの街はかなり離れていますし、町の個性もかなり違う、これと同じようなものだと思っています。

…という前振りが適切かどうかはともかく、療育の本等を読んでいると、ある手法についてよく「重度の子だけではなく高機能の子にも有効」という表現をしていることがありますが、これはもう少し検討が必要だと思います。少なくとも、有効であることと最適であることは必ずしもイコールではないことはお分かりかと思います。

おそらく、最初に取り組むのは身辺自立課題(着替え・排泄・食事等)等の共通課題になると思います。これは、重度の子も高機能の子もともに取り組むものであって、やり方に多少の差はあるものの、まさにベースとなる能力の獲得であるがゆえにおそらく重度の子も高機能の子も同程度の難易度になると思っています。重度の子は親の意図を伝えるところや、途中で癇癪を起こしたりするところに工夫が必要になることが多いですが、それは課題そのものからくるものではありませんし。

これらが一通り身についた後で(又は平行して)、それぞれの子の困り感に合わせた個別課題に取り組んでいくこととなりますが、知能系の課題はやはり知能差に応じてやらせ方をアレンジしていく必要があります。この個別課題については、子供をよく見て最適なやり方を探る必要があります。療育書は、どうしても多数に適しているやり方を紹介する傾向があって、それが自分の子にとってどうなのか、有効かも知れないが最適ではないかも知れないという批判精神を持ってやっていくべきです。

何でこんなことを言うかというと、時に療育法に子を合わせようとしてしまうことがあるからです。でも、その療育法が本に書かれていなかったらどうしますか?

息子の場合「同じ道を通らないと癇癪を起こす」等ということは全く無く、むしろわざわざ遠回りをしても毎回別の道を通ろうとしていました。それはそれで結構大変だったのですが、そういう子がいることを明示してくれた本はなく、従ってその対応法を書いた本もありませんでした。最初は説得したり、無理やり手を引っ張ってまっすぐ行こうとしたりしましたがうまくいかず、その後は徹底的に付き合い、その代わり疲れて求められても絶対に抱っこしない、という対応をしました。これが最適であったかはわかりません。ただ、今では普通に歩いてくれています。

個体差があるそれぞれの子に対し、常に最適な療育法が示されているわけではありません。最後は創意工夫が必要になることもあります。より適した解決法は何か、常に最適を志向しつつ、少なくともbetterとなるよう考えてやっていくしかないんだろう。このように割り切っています。

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