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2011年11月

2011年11月27日 (日)

(297) 増える「情緒障害等」

東京都教育委員会の「東京都特別支援教育推進計画 第三次実施計画について」 (http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr101111tok.htm )の「2 計画期間の延長(1)児童・生徒数の将来推計」を見ると、増え続ける障害児の中でも「情緒障害等」の増加が突出しているのは明らかなのですが、このことについてのコメントが無いことにはちょっと意外な感じがします。H21年度と比較してH32年度の推計値が2倍近くになるのはここの区分だけなのですが。

それはさておき、一般的には仲間が増えることは良いことだとされるものの、「情緒障害等」に属する息子の仲間が増えていくという推計を前に「これは良いことなのか…?」と首をひねってしまいます。

このことについては、実は元々の数はそれほど変わらず、そのように認知される数が増えただけだ、という説と、昔の子が普通にやっていたことをやらなくなってきた結果、発達障害を持つ子が実数でも増えてきているんだ、という説などいろいろあるようですが、確たる定説はまだ無いようです。それはそれとして、何はともあれ行政側も対応を考えてくれていることはありがたいと思います。

こういう特別な配慮が行われる環境が充実するにつれて、普通学級への在籍についてもいろいろな意見が出てきます。「それならそちらの世界で頑張れば良いではないか、あえて普通学級に来なくても良いのでは?」、もっと強い言い方としては「特別扱いを求めるのなら、普通学級に来るな!」という声も聞きます。他害を受けた、授業妨害を受けたあるいはお世話係をさせられたという経験から語られると、その声は真摯に傾聴しなければならないと思います。

とはいえ、社会は一つしかありません。学校から社会まで完全に健常者とそれ以外に分かれるということは、理屈では考えられますが現実的ではありません。かつてのベルリンのように塀で囲い込んで、障害児(者)だけの町を作るということはあり得ない以上、例えそれぞれが異なる学校を経由してきたとしても、最後は一つ同じ社会の中で生きていかなければなりません。

ゆえに、私たちはどのような社会を目指すのかをもっと議論していく必要があると思っています。教育も、ある目標の社会像というものがあって、同じ社会を構成するメンバーを育成するという目的意識を持って行っていく、簡単に言えば社会でうまく生きていけるような生きる術を教えていくことが大切で、それを実現するために学級をどのように組むべきかについての検討はその次の段階に行うものだと思っています。

震災後の社会的な不安・混乱や政治の混迷の中で、あるべき社会像の議論は後回しになりがちなのが現状なのは否めません。でも、その根本が語られない限り日本の芯が固まらないように思います。

余談ですが、息子が㎗を習っていて、この部分は息子も問題なく理解できているものの、自分の経験では同じく2年生の一瞬に習って、その後35年以上生きてきて使った記憶が無いのですが、どうしていまだに教えているのでしょうか?

円周率も一時「3」で教えて物議を醸しましたけど、そもそも算数から数学に変わると「π」で表して「3」だろうが「3.14」だろうが関係なくなるように思われますし、これも日常生活ではまず使わないですよね。

見直すべきものはこのレベルからでもいくらでもあるように感じています。

2011年11月24日 (木)

(296) プラレール

息子は鉄ちゃんでプラレールで遊びます。

商店街の大きなおもちゃ屋に行くと、大きなレイアウトで子供が遊べるようになっていて、そこで遊ぶのを目当てによく連れて行かされていました。

ただ、周りの他のお子さんはせいぜい年長くらいまでで、背が高めの息子は、その中で突出して大きいんですよね。

息子にはことあるごとに「小さい子には優しくする」よう伝えているのですが、一度つかんだ電車は中々離さない⇒結果として小さい子が遊べない、ということも多くなってきており、「もう、あそこでは遊んじゃダメだよ。家にもプラレールはあるんだし」と申し伝えました。

息子は不承不承従ってくれています。

ただ・・・自分が子供の頃、プラレールって小学校低学年くらいまでは普通に遊んでいたよな、と思っていて、息子がプラレールで遊ぶのはそんなに奇異なことではないよな、じゃあ、他の子は何をやって遊んでいるんだろう? という素朴な疑問は持っています。DS等のゲーム機なんでしょうか・・・

ショッピングセンターのプレイランドもそろそろ年齢制限がかかって入れなくなってきていますし、息子の居場所が段々少なくなってきて可哀想だなあと思っています。

2011年11月20日 (日)

(295) カルタ

実は、今まで息子はほとんどカルタをやったことがありませんでした。

たまたま、ご近所から頂いたおもちゃのお古の中にカルタが入っていたので、家族でカルタをやってみることとなりました。このカルタは、ひらがなの一文字が大きく書かれた絵札を取る、というよくあるタイプです。

いざやってみたところ、やっとひらがなを書ける程度になった妹と互角なレベルであることがわかって、正直驚いています。

息子は、札が読まれる⇒該当する絵札を目で探す⇒手でその札を押さえる、という一連の流れがうまくいっていないようです。全くできないわけではないのですが、遅いんですよね。

カルタ遊びって、音による情報を脳内で視覚情報に置き換える⇒脳内の視覚情報に該当する視覚情報を持つ絵札を探す⇒探し当てた絵札を取るための運動を行う、という多様な能力の組み合わせでできていることを認識しました。

この能力の組み合わせ訓練にうってつけのカルタを遊びの中に取り入れた昔の人は、知らず知らずのうちにそれぞれの能力とそれらを総合する能力が高められていったのだろう、ということに思い至るとともに、現代のゲーム機依存状態ってやっぱり良くないなあ、と痛感することとなりました。古い遊びには意味があるんですね。

映画「レインマン」で、自閉症である主人公の兄が一瞬で見たもののすべてを暗記でき、その能力を元にカジノで大稼ぎ、というシーンがあるのですが、もし彼がカルタをやったら音声情報の視覚情報への変換部分と最後の絵札を取る運動部分に問題がなければすごいんだろうな、と想像します。すべての絵札の位置はわかっているわけですから。

なお、息子がカルタが上手でないのは、広汎性発達障害に多いとされる「全体を見渡すよりも細部に視点が集中する」傾向の影響もあるだろう、とは認識しています。視野が狭くなって、全体を見渡せない⇒物理的に視界に入るカードの数が限定されてその外のカードに目が向かない、ということはあり得ますので。

息子がやる気があることを幸い、冬休みは家族でカルタ大会かな、と思っています。

2011年11月16日 (水)

(294) 気圧ですか?

ここのところ、息子の調子がイマイチなので、妻がかかりつけ医に相談したところ、「低気圧が近づくと不機嫌になったりする子はいるんだよ」と意外なcoldsweats01答えを頂きました。

まあ、確かに今月に入ってから天気が良くない日が多くなっていますし、結果として気圧が低い日も多くなっているんだろうとは思うものの、「気圧ですか?」という疑念がどうしても頭をもたげてしまいます。滲出性中耳炎の対応で鼓膜を切開してチューブを入れているので、耳が痛いというようなことは無いはずなのですが・・・

とりあえず、妻は状態観察をしないとわからないということで、息子が不機嫌な日と天気の関係をしばらく観察してみることにしたそうです。

どんな結果になるでしょうか…?

2011年11月12日 (土)

(293) ご相談を受ける

妻が、近所のお母さんから相談を受けました。

そのお母さんのお子さんが来年就学するのだそうですが、「言葉の発音がきれいにできないんだけど、どうしたら良いかしら?」ということでした。

そのお子さんは、少なくとも息子のような自閉系のお子さんではないのは明らかで、そちらの心配はしなくても良さそうなのですけど…。

聞けば、今通っている幼稚園の先生からは近所の発達センター(息子が昔お世話になりました)を紹介されたものの、そちらに問い合わせたら言葉の指導はやっていないと言われ、就学予定の小学校に問い合わせたら、就学後じゃないと対応できないと言われ…

結局、「小学校に入ってから改めて相談する」というような結論になったようです。

このことを聞いて、何もしないよりは言語聴覚士さんのいる大きな病院を探して聞いてみるだけ聞いてみたら良いのでは…とは思いましたが、まあ何を言っているかが全然わからないわけでもなく、滑舌があまりよろしくないという程度であれば、それもアリかなと思います。

構音障害は、大人になってからでも訓練で改善できるようですし。

それにしても、なぜうちに相談したんだろう? という新たな疑問は湧きました。恐らくは、息子がかなり「風変わり」であり、そのためにどこかに通っているようだ、というようなことはご近所でもうわさになっているんだろうと思われます。

特段カミングアウトしているわけではありませんが、やっぱりそういう目で見られているんだなということは再認識しました。

これも痛しかゆしの面、すなわち偏見を持たれてしまう面と息子が多少変わった行動をしていてもまあしょうがないと流してもらえる面と、二つあるなあと感じています。

地域の理解を得てきていることを実感しています。

2011年11月 9日 (水)

(292) あいさつ運動

息子がまた、「学校に行きたくない」「具合が悪い」と言い出しました。

熱を計って平熱だったこともあり「どうして行きたくないの?」と問うたところ

「待ち伏せされるから」

との返事でした。

イジメでも始まったのかと思ってよくよく聞くと、待ち伏せしているのは「校長先生」だとのこと。

「ハァ?」と思ってしまったsadのですが、今度は「お母さんと一緒に行く!」と言い出したので、これはまあ呑んであげようということで、妻が一緒に校門が見えるところまでついて行きました。

どうも、(周囲に聞くと、うちの学校だけじゃなく今多くの学校で行われているようですが…)あいさつ運動で校長先生以下数名が校門に立って登校する生徒に「おはようございます」と声をかけて下さっていて、それが息子にとって苦痛に思えるようです。

推測ですが、多くの人に一斉に声をかけられると、どう反応して良いかが解からず苦手に感じているのだろうと思います。

訥々とした説明から、最初は校門でいじめっ子が待ち伏せしてボコにでもされているのか? 等と心配したので、事情がわかってちょっと力が抜けましたけど、本人の新たな特性の一端が図らずも垣間見えて、こんな苦労もあるのかとちょっとかわいそうに感じました。

マンツーマンならきちんとあいさつできるのですけどね。「みんなに「おはようございます」と言われても、大きめの声で1回だけ「おはようございます」と言うだけでいいよ」とは教えました。運動期間は長くはないはずなので、もうちょっと頑張ってもらいたいです。

2011年11月 6日 (日)

(291) 親の期待と子の思い

療育は子供のできることを増やし、社会適応能力を高めることを目的に親子で取り組むものだと私は考えていますが、それに加えて普通学級に在籍し続けることまで目的にしている方もおられるようです。

これは、ともすると普通学級に居続けることが主目的になりがちとなり、多少の能力の伸び程度では親が満足できない⇒子の側は誉められない(+場合によっては、叱責される)⇒やる気を失うという流れにつながりやすく、結果としてあまり良い循環を生まないように思います。

確かに、親として普通学級に在籍しているか否かは大きな関心事ではあります。普通学級にいて、そこで踏みとどまってやっていけるのであれば社会に出て「普通」の人生を手に入れられるかも知れない。そういう期待を持ってしまいます。

でも、それが子供の思いと一致しているでしょうか。

普通学級に在籍し続けることは、広汎性発達障害を持つ子にとってかなりの精神的な負担になると思います。例えとして適切かはあると思いますが、優秀なCPUを持っている健常のお子さんが軽々とできることでも、電卓しか持っていない子だとかなりシンドイこともあると思います。

息子の様子を見ていると、普通学級に通う時に比べて明らかに通級に通う日は生き生きしています。もし固定の情緒障害学級があれば、そこに入れたのに…という思いは今でもあるのですが、無い以上次善の策として普通学級+通級指導教室という選択をしているに過ぎません。

子が普通学級に通っていても、それが自分の不出来を毎日確認するためであるかのような日々を送っているのだとしたら、恐らくその子は自己肯定感ならぬ自己否定感を強く持つようになるでしょう。普通学級に在籍することでやる気を失ってしまうようなことがあれば、それはやはり本末転倒だと私は思います。

こんなことを考えたのは、ちょっと知っていた方のお子さんがこれまで普通学級で頑張ってきたのですが、特別支援学級に転籍することを決めたと聞いたからです。結構熱心に療育に取り組まれていたのですが、お子さんがうつ状態になってしまったとのことで、「もうちょっと頑張れば・・・」の思いが裏目に出てしまったな、ととても残念に思いました。

ただ、だからといって最初から何もやらせない、という選択も取りにくく、結局常に子供の状態に細心の注意を払いながら、重過ぎずしかし軽過ぎない課題を与え、できることをやっていく、というかなりベタな結論にしかならないと受け止めています。

とはいえ、親子で取り組むとは、究極のところ子供の思いに留意しつつ能力を伸ばせる環境の調整を親が慎重に行っていく、ということに尽きるのではないでしょうか。

2011年11月 3日 (木)

(290) 不機嫌対応

ここのところ、息子の調子があまりよろしくありません。

夜遅くまで遊んでいてなかなか寝ようとしない⇒怒られる⇒結局寝付きが遅くなる⇒朝起きれない⇒たたき起こされる⇒不機嫌でグダグダになる⇒学校に行きたくないと言い出す⇒熱を計られて平熱と出る⇒家にいるなら寝てなさい、遊んではダメと言われて学校に行かされる⇒学校で先生の指示に従わない、というよろしくない状況になってきています。

今の担任の先生は結構年配なのですが、その世代の割には障害に対する知識も結構お持ちで、これまでかなり上手に飴とムチを使い分けつつ対応して下さってきたのですけど、今回はちょっと困っておられるようです。連絡帳に学校での様子を細かく書いて下さっていて、「やりなさいと言われてもなかなかやろうとしない」というような書き込みもあり、さてどうしたものかと頭を悩ませることとなりました。

幸い、立ち歩きをしたり、パニックで手がつけられないという状況ではないのですが、何か対処しないと悪循環のままになってしまうこともあり、療育の先生とも相談して、当面トークンエコノミーを導入して様子を見ようということになりました。

トークンエコノミーは結構療育の本にも登場するメジャーな方法であり、ご存知の方も多いと思います。努力を目に見える形で表現し、一定程度貯まったら本人の喜ぶものと交換するというもので、これにより正しい行動を身につけさせていこうというものです。

我が家ではベタですが家に台紙を掲示して学校でちゃんとやれたら「できたよ」シールを貼り、とりあえず5枚貯まったら、休みの日に息子の希望するところに遊びに行く、というルールにしました。

妻が、息子にルールを説明したところ「わかった」と言ってくれたそうでホッとしています。

まだ1日しかやっていませんが、その1日は学校から「ちゃんとやっていた」との報告を受けています。初日からダメダメにならずに済んで良かったです。

これまで、割となだめすかして何とかなってきたのですが、そろそろ限界のようです。

正直なところ、トークンエコノミーの知識はあるものの、やるのは初めてなのでさじ加減が難しいなと感じています。何はともあれこれでうまくいくと良いのですが。

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