« (265) 障害のある子を持つ価値(社会生活から) | トップページ | (267) 静かな生活の中で »

2011年8月11日 (木)

(266) 通級制度で気がつかされたこと

先日、発達障害のあるお子さんを持つ父兄の方とお話する機会がありました。

通級制度に話題が及んだ時に、入りやすさ(希望したらすぐに入れるのか)については自治体ごとにそもそもの設置の考え方が異なり、結果として空き状況にも差が出ていることは元々認識していたのですが、「通級に通うことを自治体が認めているというのは、週に1日授業を抜けてもついていけるという判断をされているということなのですよ」と言われた時には、「ああ、そういう見方もできるんだ」と目からウロコでした。

実際は、別途療育先で学習の足りないところを補ってもらっていて、そちらで出されている宿題をカミさんが見て指導しているのと、小学生向けの学習ソフトをインストールしたパソコンを本人が時々やるので、今のところ何とかなっているというのが実体で、何もしていなかったとしたらちょっときついと思います。

通級に通うのって、親が必要性を認識しないと手を上げないですし、手を上げても空き状況で物理的に難しいという状況もありますし、加えて本人の能力も問われてしまう、ということでかなり狭い隙間を通っているような感じ(宇宙船が地球に戻る時の大気圏再突入可能角度を想起します)があります。通えている方からすればありがたいのですけど、これで良いのかな、という気持ちはあります。

理想を言えばキリがありませんが、通級指導を受ける時には本人が所属する普通学級を抜けなければならない、という状況を何とかできないかがキモになると思います。何度か主張していることですが、通級指導を普通学級の放課後に別途実施するということができないか、あるいは部活のような位置づけとしてできないか、と思うのですよね。これが第一要望で、もし、それは学校の枠組みではできないというのであれば、就学前まではあった発達センターでの療育を学童でもできないか、と思います。これが第二要望ですね。

発達センターは厚生労働省の管下で、文部科学省管下の学校との連携が心配されるとは思いますが、本人にとって何がより良いことかをよくよくお考えの上、前広に検討して頂けないかと思います。

こうすることによって、通級ももっと通いやすいものになるのではないかと考えます。

« (265) 障害のある子を持つ価値(社会生活から) | トップページ | (267) 静かな生活の中で »

教育制度・環境」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/514748/52446994

この記事へのトラックバック一覧です: (266) 通級制度で気がつかされたこと:

« (265) 障害のある子を持つ価値(社会生活から) | トップページ | (267) 静かな生活の中で »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

twitter

  • twitterやっています

派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ

  • 派生ブログ:障害児育児から見た世の中のしくみ
    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ