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2011年6月26日 (日)

(249) 偏見って(続)

偏見ということを突き詰めて考えれば、親もやはり偏った見方をしていると前回書きました。
ネット辞書の大辞泉によれば偏見は「かたよった見方・考え方。ある集団や個人に対して、客観的な根拠なしにいだかれる非好意的な先入観や判断。」だそうです。この言葉には単純な偏りだけを言う場合とそれに伴う「非好意的な先入観や判断」を言う場合とがあり、大抵は後者の部分について親が過敏に反応してしまうのでしょう。

ある状況になるとパニックを起こすことが多い子に対して、あらかじめそういう状況にならないように配慮をすることは偏った見方ではありますが、非好意的な判断をしていませんので偏見ではありません。また、発達検査の時に、普段ならできていることができずにいるのを目の当たりにして、「今日は調子が悪いんです。いつもならできているんです」と言いたくなるようなこともよくあるかと思いますが、そのような抗弁で検査者が点数を甘くすることはまずありません。検査者は「そういうことも含めての能力ですから」と取り合わないでしょう。これは親と検査者の立ち位置の違いであって、そもそもどちらも偏ってはいないのです。

言葉遊びのように受け取られるかも知れませんが、親の側でも「好意的」という自身の都合のよさで判断して偏見だと言ってしまっていることは、常に頭の片隅に留めておく必要があると思います。

「世の中には社会常識というものがあって、それは守るべきものであり、逸脱しているものは非難される」という社会常識がある以上、ここを変えるエネルギーが莫大に必要になるだろうと思われること、他の逸脱者に対しても仲間意識を持てるのか自信がないこと、加えてこの社会常識によって非難されるにしても一定レベルに抑えられているというパラドキシカルな一面があることを考えると、私はなかなか偏見と戦う決意を固められません。

このあたりが、「斜に構えて」しまうところなのでしょうが。

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