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2011年4月

2011年4月29日 (金)

(229) 社会性を伸ばすこと

テレビ朝日系のドラマ「ハガネの女」でアスペルガーの子が取り上げられていたようです。twitterで見た情報だと、問題行動を起こすその子がクラスに残っていても良いかを投票で決めたようなのですが・・・。

ひと言で言えば、馬鹿げています。「学校で学ぶことは社会に出た時に役立つ。だから、しっかり勉強しなければならないんだ」ということを前提とすると、社会に出てコマッタちゃんがいた時に、みんなで集まって出ていってもらうかについて話し合い、投票するなんてことはあり得ないし、親だってそんなことをやっていない。わかりやすく言えば、頭にヤの付く自由業の方にそのようなことをする方はおられないわけです。

逆に言えば、大人になった時に、自分とソリの合わない人と関わらなければならないことなど山のようにあります。で、その人たちを排除しようとしか考えられないのは、子どもはしょうがないとしても、大人としては「社会に出た時に役立つ」ように、自分も相手も得になるような解決策を考えようと提案し、一緒に考えるべきだと考えます。実際、その方が賢いやり方ではないでしょうか。

学校で社会性を伸ばすのは、健常児も同じです。言い換えると、健常児だって完成された円満な人格者ではないのですから、合わない人間を好きになれとか、みんな友達などというお題目を唱えるつもりもありません。お互いに尊重し、近寄らないようにして軋轢を最小限にする、というのもアリで、そういう指導が「現実的な」社会性を伸ばすことにつながると思います。

そういえば、昨年8月にこんなニュースがあったことを思い出しました。

山口市の市立小学校で、5年生の学級担任の女性教諭(44)が、クラスの男子児童(11)について「改めてほしいところ」を尋ねるアンケートを同級生約30人に行い、結果を文書にして男児に渡していたことがわかった。

「きたないことをやめて」「話し方に気を付けて」などの文言が並んでおり、男児はその後、別の小学校に転校した。市教委は教諭を文書訓告処分とした。

 市教委によると、6月9~11日に、この学級が山口県内で宿泊教室をする直前、複数の児童が「男児が時折、暴力をふるう」などとして「一緒に泊まるのが不安」と教諭に申し出たという。教諭は同4日、男児以外の児童に、男児の改めてほしい生活態度などについてアンケートを行った。教諭は同7日、「鼻水を手でかまないで」「えんぴつをかじらないで」など約50項目を個条書きにした文書を、読み上げながら男児に渡した。男児の保護者が文書を見つけ、発覚した。

 市教委は保護者に謝罪し、「児童に多大な精神的負担を与えた」として、7月7日付で教諭を文書訓告とした。教諭は市教委に対し、「男児に悪いところを直してもらい、クラスの子と仲良くしてほしいと思った。配慮に欠けていた」と話しているという。

(2010年8月25日07時50分 読売新聞)


このようなやり方をする教諭に社会性を教えられたくないなと思いますし、この教諭だからこそ児童の問題行動を改善できずにいたんだろうなあと思うと悲しくなります。

2011年4月27日 (水)

(228) 朝礼というセレモニー

息子は朝礼が苦手です。皆が整列しているのに歩き出したり「帰りたい」とつぶやいたりしているようですorz。
発達障害児の親の立場としては、まあそうだろうなあと理解できます。

そもそも、朝礼って
①全員が揃って並ぶまで待たされる。
②校長先生の話が面白くなく興味が持てない。
③しかも、それが長いことが多い。
④なおかつジッとして聞いていなければならない。
⑤その他の事務連絡も行われたりして、いつまで続くのか見通しが持てない(これ、重要)。

集団行動を取れるようになることも、学校生活で学ぶことの1つとよく言われますが、正直なところこれが後々社会に出て役立つ経験だったと思うようなことはありません。

会社でもミーティングをやったりするじゃないかと言われるかも知れませんが、例えば私の会社の週一の課内ミーティングは、①ほぼ時間通りに始まり、②業務に直結することが殆どで課のメンバーであれば仕事の遂行に必要な情報が多く、③できるだけ簡潔明確に話すことが要求され、④メモを取ったり資料を見たりと単純にジッとしていることはないですし、⑤話が長くなるような個別の案件については、別途本当の関係者だけで集まる機会を作りますから、学校よりも会社の方がずっと定形的であり構造化されているように思います。

実際、健常だと思っている自分自身、朝礼で楽しかった思い出はない(少なくとも素晴らしいお話に随喜の涙を流した記憶はない)わけで、セレモニーをやること自体が目的化していないか、あるいはやる側の自己満足になっていないかをチェックすべきではないかと考えています。

式次第とタイムスケジュールの明示をするだけでもだいぶ変わるのになあと思いますし、それがいやなら出たい人だけ出る、ということでも良いのではないかと思います。それで出たくない人が多くなるようであれば、このセレモニーの進め方に改善すべき問題があるということではないでしょうか。

出ることに意味がある、というのであれば、それはどういう意味なのかを更に問われることになります。教育的意味というのでは、トートロジー(同語反復)、要は同じことを別の言葉で言い換えているだけでしかありません。○○ができるようになる、という具体的な目標が無いと努力しにくいものです。

朝礼の目的が、全員への情報の伝達なら各担任がお話しするか或いは紙で配ればよく、全員で集まる必要性があることってよほどのことになると思います。全員を集める側にもその必要性について説明できないのであれば、それはやる必要が無いということです。

2011年4月24日 (日)

(227) 個人面談の準備

近々息子の本校での個人面談が行われる予定です。

通級に通うようになって初めての面談なので、それなりに思っていることを伝えたいなと(実際には妻に頼むのですが)。

通級だけでなく、(207)で書いた本校での個別授業も継続されており、結果的にクラスの外に出て過ごす時間が長くなってしまっています。このことをどのように捉えて評価していくのかについて、先生と率直にお話したいと思っています。端的には、わざわざ個別に取り出して指導する理由と目的に対する認識を相互に詰める必要があるということです。

発達障害の特性から、健常の子と同じアプローチでは理解が難しいがゆえに、発達障害やその疑いのある子を集めて特性に合わせた個別の授業を行う必要がある、というのは趣旨も明快で良いと思うのです。でも、SSTのためというのであれば、練習は個別授業で行うにしても、実技を試す場所と機会が必要になることから、少しずつでもクラスにいる時間を長くしていくようにする必要が出てくるはずだと考えています。個別指導を行う前提として、そういう長期的な視点に立ったアプローチを考えているのかを確かめたいと考えています。

「この一年を何とかすれば・・・」というような近視眼的な対応は本人のためにならないのは明らかで、将来社会の一員としてやっていくという究極の目的達成のために今できることを考えるというスタンスが大事だと思っています。だからこそ学校の先生の思いとズレが出る前に確認することは大切だと認識しています。幸い個別授業の先生も話に加わっていただけると聞いており、実りのあるものにできたらと思っています。

2011年4月19日 (火)

(226) 通級開始

通級指導教室が始まりました。

前回記載したとおり、通級指導教室は息子の小学校とは別の小学校に設置されているので、ルールとして親が送り迎えに付き添うことになっています。通級先の小学校は、位置的にも当家から通うには交通量の多い大きな通りを渡らなければならないので、1人では行かせられないなあとも思いますし。

なお、通級指導教室に通うことについて、本人には、「君には苦手なことがあるよね。だから苦手なところを別の学校でこっそり練習してできるようになって、みんなをビックリさせよう」とお話してみたところ、通うことに納得してくれました。このあたりの言い方は、各ご家庭で差が出ると思います。当家の場合、あまりボヤかすと、そもそも本人が何を言われているか理解できないことに加え、本人が大きくなった時に納得性が損なわれるので、ある程度率直にお話をしつつも「障害があるから」とは言わないようにと考えた結果、このような言い方になりました。

記念すべき第1回目は、妹の幼稚園の入園式と重なり幼稚園が休みだったことから、妻が家に残り、私が連れて行くこととなりました。本来の小学校は、徒歩7~8分なのですが、通級先の小学校はその3倍くらいの時間がかかることとなります。途中から息子がダレ始めたりもしましたが、何とか時間前にたどりつくことができました。

担当の先生方からは型通りのご挨拶の後、「何か変わったことはありましたか」「本人は通級についてどう受け止めていますか」と聞かれたりしました。特に変わったこともなく、前向きに受け止めていることからそのままお伝えしました。この担当の先生方は、私とそういうやり取りをしつつも、息子に対してさすがと思えるような対応をしてくれます。何をどこに置くかの指示も的確で、かつせかすこともなく本人が納得して行動を確認できるよう配慮してくれていました。いろいろな療育施設を巡り、ある意味悲しいことですが目が肥えてしまっている私も納得です(療育グルメって何だかな~と思いますが)。

この後、通級指導教室で実際何をやっているのかも見られると良いのですが、私もサラリーマンなのでcoldsweats01そのまま置いて行くこととなりました。その時も、息子はパニックもなく落ち着いていました。

お迎えは当然妻となります。妻から聞く限り、本人は「楽しかった」と言っており、先生からも「集中して課題に取り組んでいた」と言われたそうで、初日としては上出来だったと思います。特に、特別支援学級の定員が8人で教員1人(+介助員1人)なのに比べても、週に1回とはいえ手厚く指導頂けることは素直にありがたいと思います。

追々その指導の効果が現れることを期待しつつ、いきなり拒否に遭わずに済んで良かったと胸をなでおろしています。いつまでそう言えるかは、わかりませんが。

2011年4月13日 (水)

(225) 通級説明会

先週某日、息子が今年度から週1で通う通級指導教室の事前説明会があり、妻が出席しました。これは、通級指導教室の設置されている小学校(≠息子の小学校)で行われたもので、私の住んでいる自治体では1校で周辺の5校分くらいをカバーしているようです。

内容は校長の挨拶から始まって、通級指導を担当する先生方が年間スケジュールや日々のタイムスケジュール、通級でのルール、昨年度の指導の成果等を説明し、その後は個別に別れて、息子を実際に担当する先生から息子についての簡単なヒアリングを受けて終わったようです。

妻の受け止めは、担当の先生は結構やる気が感じられて好印象だったそうです。また、この説明会は2年生~6年生までの親が一堂に会することから、結構な人数がいて、これだけの「仲間」がいるんだなあと思ったとも。

ちょっと気になったのは、ある親御さんが「うちの小学校で通級を希望していた子が他にもいたんだけど、審査でダメだったみたい」とおっしゃっていたとのことで、希望者が全員通級に通えるようになるわけではなく、WISCの出来もその判断の重要な要素になっているようです。この点については、皆さんの受け止め方もそれぞれだろうと思いますが、行政が知的な面で切り分けようとしていることに効率主義を感じる一方、あまりかけ離れているとお互いに辛いのも確かだ、と私は思っています。ハッキリしませんが。

これとは全く別の話ですが、学校間での連絡や情報共有は相変わらずよろしくないようで、息子は通級先で給食を食べるということになっているので、必然的に本来の通学先の給食は食べないことになるのですが、これも親が改めて申し入れなければならないようです。通級に行くことは前々から伝えてあるので、ちょっと考えればわかると思うのですけどねえ。

何はともあれ、もうすぐ実際の通級が始まります。まずは期待しています。

2011年4月10日 (日)

(224) とりあえずの3日間

4月6日(水)は始業式及び入学式がありました。息子は2年生なので、始業式に引き続き行われた一年生の入学式では、ホスト側として歓迎セレモニーを仰せつかっていたそうで、1年の3学期の後半はもっぱらそういう練習も行われていたとのことです。

歓迎メッセージと歌と合奏で構成された歓迎セレモニーで、息子は歌と合奏を担当しました(厳密には、歓迎メッセージはメンバー限定で、歌と合奏は全員でという構成。その他大勢の方が安心、という珍しい親の立場に心中は複雑ですが・・・)。なお、2年生なので、当然私たちはそのセレモニーの様子を見に行っておりません。学校から特段の連絡もなく、実際帰ってきて本人は「ちゃんとやった」とのことだったのですが、近所に住む今年入学したお嬢さんのいる方によると「合奏は、指揮者がいないせいなんだろうけど、段々みんなの音がバラバラになってきて、最後の方は聞いているのが辛かった」と言われてしまいましたorz。

「うちは2年生の側なので、すいませんねえ」と謝ったところ、「別にお宅の息子君の問題じゃありませんよ」と言われたので、突出して変な行動をしていたわけではないことがわかってホッとしています。

翌日から2日間は普通の授業が行われていたわけですが、先生に聞いたところ「1年の時はたまに立ち歩くということが見られましたが、この2日間はちゃんと座って聞いていられましたよ。本人に聞いたら『2年生でお兄ちゃんになったから、そういうことはしないんだ』と答えていました」とのことだそうで、その心意気に感じ入りましたcatface

今週からは本格的に授業が始まります。きちんとフォローしていきたいと思います。

2011年4月 9日 (土)

(223) とある学校法人のこと

これは、書こうかどうしようか迷ったのですが、あまり社会的に影響力のないブログなのでcoldsweats01書いてみようかと。

自閉症業界(・・・あるのか?)で名の知られた学校の父兄のブログに付随した掲示板があり、そこでせっかくご縁を得て入学したのに、やめてしまう方が複数おられるようなことが書かれておりました(かなりボヤカシております)。実際高倍率なのは当方も知っており、入学難易度は東大よりも難しいかも知れないのに、何ともモッタイナイことをするんだろうと思うのですが、結局個々のニーズに合わせることの限界と、学校側の思いと親の思いのミスマッチの問題なんだろうな、と理解しました。

もちろん、満足されておられる方もたくさんいらっしゃいます。ただ、客観的に見れば満足できた方だけが結果として辞めずに残っていて、そうでない方が静かに別の進路を歩まれていく。母集団がそれほど多くない中で、高倍率を超えて得た機会を自ら手放す方が複数出てしまうのは、続けるメリットとデメリットをそれはもう寝食を忘れるほどに考えられた結果であると思いますし、同じ系統の子を持つ親として何とも言い表しようのないモヤモヤとした思いを感じてしまいます。

実際、入学を考えて情報を集めたことがあります。その情報に加えて主治医と相談した結果、うちは合わないなと判断して受けていないのですが、どんな学校でも100%満足ということはあり得ないことも理解しています。結果として1年間普通学級に通い続けることができて、入学当初よりもまだマシになってきているからこそ、今の選択はまあ間違っていなかった、BestではないがBetterではあったと思えるわけですが、そうじゃなかったら、例えばやっぱり受けておけば良かった、あるいは知的障害学級を選んでおけば良かった、という思いを持っていたと思います。

そのやり直しのきかない状況の中で、エイヤーで決断して進んでいかざるを得ないのが実態で、それがうまく行かなかった時にどうなるんだろうという不安は相変わらず残っています。

2011年4月 2日 (土)

(222) 学校活動での息子の取り組み

妻が、学校から返却された息子の作品等を見せてくれました。

作文、絵画や工作などですが、字はすごーく読みにくいですcoldsweats01

例えば、「お」の字は右側のカーブがうまく書けないようで、「み」の右側みたいに横に突き抜けています(点の位置は普通)。「い」の字も「11」に近いですし、昔自分が外国で無理くり日本語のサービスをしようとしてひらがなとカタカナが入り混じった説明文書を読んだような印象を受けています。学校の先生も素直に大変だなあと思うのですが、ロゼッタストーンのような解析をしさえすれば、正しい日本語になっていました。助詞もほとんど間違っていませんし、作文も、文意はちゃんとしていました。

絵は、あまり上手ではありませんが、人の顔をかなり上手に(彼のレベルとしては、です)書けるようになっています。顔の認知能力も進んだようです。

工作は、他の子と比べているわけではありませんが、そこそこそん色なくできているのではないかと思います。療育を始めたばかりの頃、べたべたする普通ののりを手につけるのがイヤで、すぐにタオルに指をぬぐいつけていた頃のことを思うと、隔世の感があります。

数字の概念は、かなり理解できているようであり、むしろ先に進められそうです。

つらつら書きましたが、彼の作品を見るのって、すごく勇気が要ります。いけないいけないと思いつつも、親の望むレベルや期待感と、それを打ち砕く現物との狭間で悩むことが多くあります。こればかりは慣れませんねえ。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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