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2011年3月

2011年3月25日 (金)

(221) 第一学年終了

木曜日、息子の小学校は終業式を迎えました。

通知表を見ると、思ったよりもできていたようです。自閉傾向によるやむを得ない部分は別とすればですが。

1学期の学校公開でワケのわからない行動をしている息子を見た瞬間に、いかりや長介が降臨し「ダメだ、こりゃ」とつぶやいたのを確かに聞きましたが(嘘)、その後2学期、3学期と加配の先生のご指導のおかげで何とか一斉指示でも(時には)動けるようになってきています。この加配の先生を息子は好きなようで、相性って大事だなと思います。

ただ、この1年自律的に学校に通うという課題はものの見事に未達成で、時間割に合わせて持ち物を選ぶのも妻が手伝い、朝も半分はくすぐり起こし、そういう時は眠くて不機嫌で段々朝ごはん要らないと言い出すようになったりしました。毎朝妻が登校班の集合場所に連れて行くのですが、大抵一番最後となっていました。途中で寄り道したりしていたこともあったようですが、それでも一度家の外に出たら学校まで行けるようにはなっています。全部キチンとというのを期待してはいけないなあと反省しています。

来年からは通級指導を受けることとなっており、週に1回は私がついて送っていくこととなりそうです。本人がちゃんと起きてくれると良いのですが。

幸い、まだイジメにはあっておりません。ただ、これはいずれくると覚悟しており、その時にどのように学校に伝えるのが良いのか、考え中です。

2011年3月19日 (土)

(220) 非日常が日常に

この一週間、どこもかしこも地震報道で、地上波で子供たちの見る番組が殆どありませんでした。たまたま視聴していたキッズステーションのおかげで何とかなりましたが…。

娘の幼稚園は本当は来週だった修了式を繰り上げて今週で終わってしまい、朝から家に居続ける一方で、インフルエンザがはやっているせいでしょうか公園で遊ぶ子の姿が見られなくなりました。この点、娘はお友達と遊べなくてつまらないようです。

原発の件は目が離せませんが、これが収まったとしても、当分電力不足は続きそうです。また、夏になれば冷房需要も高くなるでしょうし。

こんな中で息子も何とか平常心を保って小学校に通っていますが、長丁場となるとどうなることやら。好きなポケモンパンも食べられなくなっていますし、ちょっとイライラするまでの沸点が下がっているように見受けられます。

療育機関も、思うように通えなくなっています。計画停電が通所時間にあたってしまうとどうにもなりません。こんなところに影響が出るとは予測もできませんでしたけど、被災地のお子さんと親はもっと大変だろうなと思って甘受しています。

発達障害の子は、変化に弱いと言います。近所の重度のお子さんは、パニックの頻度が増えたようです。周囲の人への関心が低いと言われますが、実際のところは世相の変化にかなり敏感なようです。

これまで普通だった日常が遠くに去り、非日常の毎日を過ごしていくこととなります。余震でも目覚めない子供たちを見て、かつて睡眠障害で深夜まで起きていた息子のことを思い出し、良くなったなと認識を新たにしています。

2011年3月12日 (土)

(219) 東日本大震災

東北沖大地震が発生した時、私は会社、妻と娘は家、息子は学校にいました。

妻は地震発生時、台所にいてリビングにいる娘のところに駆け寄ろうとしたのですが、炊飯器が落ちてきたりして揺れている間は到達できなかったそうです。とはいえ、娘は地震があっても慌てず騒がずコタツに肩まで入り込みながらテレビを見続けていたそうですが(苦笑)。

息子は小学校から集団下校してきたそうです。特段パニックにもならなかったようですが、家に入ってから余震でテレビを固定しているメタルラックが揺れた時には、「テレビが落ちてくる~!」と騒いでいたそうです(極めてノーマルな反応だったので驚きました)。今日「地震の時どうだった?」と聞いたら「うーん、別に・・・」「怖くなかった?」「・・・ちょっと怖かった」だそうです。

ちなみに、私の職場では、書類を入れる自立式キャビネットが倒れたフロアもあり、そこでは下敷きになったプリンターが壊れてしまいましたが、家ではパソコンデスクの上にあったプリンターが畳の床に落下したり、台所の調味料ケースが落ちたりしておりました。しょうゆが撒き散らされることとなりましたが、それ以外に被害はありませんでした。プリンターはテストしたらちゃんと使えましたし。

昨日の帰宅は、普段は使わないのですが早めに復旧したと聞いた大江戸線を利用することを選択し、大江戸線の駅の中では一番家に近い駅まで移動して、後は歩くか、と思って乗ったところ、一駅ごとに数分以上停車するようになって閉口しました。そうこうするうちに日付が変わってしまったのですが、車内放送で普段自分の利用している地下鉄が終夜運転することになったと聞いたことから、辛抱強く大江戸線にしがみつき、乗り換えに近いと思われる駅で降りてテクテクと歩き無事乗り継ぎに成功、普段の3倍の時間はかかったものの帰宅できました。

個人的にはエライ目に遭ったと思っていましたが、拡大していく被害の大きさに驚くとともに自分よりはるかに辛く悲しい目に遭われた方々の心情に思いを致すと本当にかける言葉も見つかりません。まだまだ余震が続いていますが、早く安寧を取り戻されますようお祈り申し上げます。

今日になって、息子は普段は見ようともしないテレビニュースをやたら見ています。発達障害の子は視覚優位だから映像からの刺激が強いので見せない方が良いというツイートを見て、本人が見たがる場合はどうしたらいいのかなと悩みました。幸い、ひとしきり見たら普段通りにプラレールで遊びだしたので、その検討は沙汰止みになってしまいましたが。

今後電力が不足することが予想されます。節電に加え、時間差炊飯に協力していきたいと思います。

2011年3月 9日 (水)

(218) 妹の兄への関わり

息子(兄)は、ちょっとプライドが高いところがあるもののおっとりとしており線の細いひょうきん者です。

これに対して妹は、何でも器用にこなせちゃうし要求も率直に言ってくるのですが、内弁慶でいざとなると小心になってしまいます。

妹は、家では息子にやたらと話しかけるのですが、それが全て息子にとって楽しいことではありません。

息子には、「何かいやなことがあったらお父さんやお母さんに言いなさい」、と伝えてあります。これは、学校を想定し、いやなことがあって他害行為に及ぶことを防ぐとともに逆にイジメられたりしていたら早めに教えてもらい対応を考えることを狙っていたのですが、ここのところ息子は「妹ちゃんが、イヤなことを言う」と言いに来るようになってしまっていますorz。

人がイヤだと思うようなことを言うことの原因が、ASだからなのか健常だからなのかって中々判別がつかないなあと思っています。よく、発達障害関係の掲示板を見ると、ASの子が人が傷つくことなどお構いなしに言いたいことを言って困ると相談されている例を見ます。一方で、健常だからこそ人が嫌がってマゴつく様子に優越感を感じる(ひとことで言えば、からかう)ためにわざとその種のことを言う、ということも経験しています。

妹の場合、息子が「やめて」と言っているのに言い続けてしまっているところから考えると後者なのかなと思っており(ASだと「どうして言っちゃいけないの?事実でしょ?」という質問が返ると思うので)ますが、それはそれとしてあまり良いキャラではないように思います。

こういうウエットでブラックな部分を垣間見せる妹を見て、女の子は小さい時から女の子だなあと思います。

2011年3月 4日 (金)

(217) 知的能力が高くても

ここのところの浪人生による京大不正受験って、騒ぎ過ぎのような気がします。

少なくとも高機能自閉系の子を育てている親からすると、知的に問題が無くてもその他の部分でこりゃ何とかしないとアカンわ、と思うことが多々出てくるわけです。例えば、片づけができない、人とうまく関われない、自分の気持ちをキチンと伝えられない等などです。

知的能力とその他の能力が一致しないことをこれでもかと経験していることから、テレビの出演者がしたり顔で「このような手口を考える能力があったら、勉強に生かせば良かったのに」という発言を聞くと鼻の穴が広がっちゃいます。おっしゃる通りだと思うのですが、それができない子もいるってだけの話ではないかと(これは健常・自閉を問わないと考えます)。それ以上でもそれ以下でもないのではないかと思います。

もちろん、彼がやったことは良くないことです。ただ、今回のマスコミの反応は、単なる不正を責めているようには感じられません。うがった見方かもしれませんが、健常者が常に社会の中での地位を意識する宿業を負っており敏感に反応せざるを得ない中で、京大というかなり強いストレートフラッシュ並みのステータスを不正な手段で得ようとしたことが許せず、秩序を乱す行為だ、という観点で騒いでいるように思えるのです。

わかりにくい言い方になってしまいました。端的には京都大学ではなく無名校であったら、こんな騒ぎにはならなかっただろうということです。こういう事件に対して、自閉系はルールを守らない部分にのみ着目して当否を判断するのに対し、健常者は、ルール+得ようとしたものの価値によって判断するのではないかと感じています。健常者は、これがさらに推し進められて、ルール的に合法であっても得たものの価値が大きいとそれを妬むという悪い癖があります。卒業して何年も経っていても東大出身者が何らかの犯罪を犯すと「東大出」という表現が必ずつけられますし。

社会ニュースの端々にも、健常者の行動が透けて見えるなあと思ったことでした。

2011年3月 2日 (水)

(216) コミュニケーションと知能指数の壁

最初に、ある方々をバカにしているわけではないということを申し上げておきます。

一般に知能指数が20以上異なると、会話が成り立たないと言われています。自分も会社の中枢にいる人たちの指示の意図が読み取りにくいことが少なくなく(笑)、上司に相談して「ああ、そういうことを言いたかったのか」と納得することがあります。

自閉症においても知的障害を伴うものと伴わないものがあり、伴う方が多い(7~8割)とされています。実際は、知的障害を伴わない自閉症であった場合、そうと気付かれない方もいることから、本当のこの比率は下がる方向になると思いますが、この記事では認知されていることを基としますので、そのことは考えないこととします。

知的障害があるお子さんは、特別支援学級(学校)を選択されることが多くなると思います。そうすると、知的障害を伴わない自閉症の子は、普通学級に行けばコミュニケーションの問題が生じ、特別支援学級に行くと本人の自閉的特質による会話の成り立ちにくさとは別の知的な面で会話が成り立ちにくい子達と生活をするという状況になります。本人のコミュニケーション力を伸ばすことを考えた場合、いずれも本人にとってベストだとは思えません。

学習研究社から出版されている「ギフテッド-天才の育て方」(杉山 登志郎・岡 南・小倉 正義[著])の第十章にE君という能力に凸凹がある青年の手記が掲載されています。彼はその中で「無理に、同年代の健常者(普通学級)に入れてしまう」ことに対して否定的である一方、特別支援学級(学校)に行くであろうと思われる子と「一緒に過ごすことを両親が選択していたら、私は潰れていただろう」と書いています。

こういうコミュニケーションと知能指数の壁にはさまれたニッチな需要を持つのが高機能自閉症の子であり、その需要を満たす環境について考えたのが(210) 軽度発達障害に特化した教育の記事になります。

まだ公教育ではそのような体制が整っておりませんので、できるだけそれに沿った形で来年度を迎えたいと思い、私費になりますが療育の組み合わせを行いつつあります。お金がかかるだけでなく、一つに固執することなく情報を集めたり実際に見に行ったりと労力もかかりますが、いつになるかわからない体制整備を待ってはいられません。

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    こちらの派生ブログです。 こちらが息子を中心に息子の成長の様子や成長に関わり教育や社会について考えたことを書いているのに対し、同じ発達障害絡みではあるものの、広く社会一般を理解する一方法を軽く書いています。 せっかく学んだ発達障害の知識を生かすとすれば、という視点で書いています。
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